Global View From Policy World
第3回 気候変動が迫る労働市場の変化 日本も省庁横断の大胆な施策を
中長期目線で労働市場のメガトレンドを語る際、高齢化、DX、AIと並んで俎上に載ってくるものが気候変動だ。国際労働機関(ILO)によれば、全世界の労働者の7割以上が猛暑のなかで働き、猛暑関連の労災件数は2285万件にも上るそうだ。
高温下だと認知能力が低下し、肉体労働者は言わずもがな頭脳労働者の労働生産性も下がる。科学学術誌ネイチャーの姉妹誌であるNature Communicationsには、熱波のGDPに対する影響を算定した論文が最近掲載され、2003、2010、2015、2018年に発生した熱波によって欧州のGDPは年平均で0.3〜0.5%低下したことが示された。21世紀に入ってから同地域のGDP成長率が2%前後で推移していたことを鑑みれば、これは決して小さい数字ではない。
では、気候変動に対処するためにはいかなる労働市場政策が必要なのか。第1に、いわゆる気候レジリエンスを高めるための適応策(adaptation)だ。熱波や異常気象の発生を加味して換気や空調設備を整えるといった安全配慮義務を具体的に定め、既存の労働条件・労働安全衛生基準を更新することが必要だ。また、異常気象で業務遂行不可の場合に備えてリスク分担の仕組みを導入することもあり得る。たとえばフランスでは2024年、熱波で作業ができなくなった土木業従事者向けに失業保険のように給与補償することが決まった。
第2に、労働市場政策を通じて温室効果ガスの排出を削減する緩和策(mitigation)がある。カーボンニュートラルを実現するとなると、排出量の高い仕事からの退出を促しつつ排出削減に伴って需要増が見込まれる職種(グリーン主導型職種)への参入を促す必要がある。とはいえ、2024年7月に公開された「OECD雇用見通し2024」でも触れられている通り、非熟練労働者ほどグリーン主導型職種に就職するためのスキルギャップが大きい。そのため、オーストラリアやカナダなどでは女性、先住民族、マイノリティーの若者に対して重点的に公共職業訓練を行う取り組みが始まっている。
ところで、日本は平均的なOECD加盟国に比べてネットゼロへの移行の恩恵を受けやすい仕事が潜在的に多い一方、排出量の多い仕事に従事する労働者が少ないという比較的恵まれた状態にあることが判明した(上図参照)。このポテンシャルを最大限引き出すためにも2024年度中に策定される「GX国家戦略」ではカーボンニュートラルの実現に向けて省庁横断で大胆な労働市場政策が考案されることを期待したい。
*掲載内容は個人の見解によるものです。
Text=荒木 恵
プロフィール
荒木 恵氏
経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。
Reporter