Global View From Singapore第4回 「会社は従業員に何ができるのか」 EVPこそ人材獲得の生命線

2022年、アジア最大級の通信会社シンガポールテレコムCEOのスピーチを聞く機会がありました。印象的だったのは、従業員への提供価値(EVP:Employee Value Proposition)について、ひときわ熱を込めて語っていたことです。自社を選んでくれた従業員に対して、これだけの価値を提供する。経営者の決意を強く感じました。

これまで企業はモチベーションやエンゲージメント形成のために、企業理念やバリューの明文化に取り組んできましたが、「会社は従業員に何ができるのか」という視点は希薄だったように思います。理念やバリューへの共感、貢献を従業員に求める一方、提供価値を明らかにする。エンゲージメントは本来、この両輪があって成立するはずです。

顧客への提供価値(CVP:Customer Value Proposition)は、顧客に価値が届き、体感してもらうことで選ばれる会社になること。EVPも同じで、従業員に届いて初めて意味を持ちます。そのためには採用メッセージや選考プロセス、入社後の研修や社内コミュニケーションまで、一貫したコンセプトで体験を設計することが必要です。

私自身、コンサルタント時代に国内大手企業のEVP策定をお手伝いしましたが、実装に至りませんでした。採用部門と人材開発部門の連携が不十分だったように思います。採用メッセージと研修内容が乖離していれば、EVPを正しく届けることはできません。

グローバルでの採用競争が激化するなか、EVPこそが企業の人材獲得の生命線となりつつあります。シンガポールの配車サービスGrabでは、経営陣と社内有志の対話を通じて、EVPを定期的にアップデートしているそうです。「なぜ私たちはここで働くのか」「どのような価値を感じているか」、従業員と共に紡いだナラティブ(物語)をリアルタイムで発信する。これが本来あるべき姿ですが、規模を拡大する組織では、まずEVPの共通言語化を優先すべきでしょう。

現在、楽天ピープル&カルチャー研究所でもEVP策定に着手しています。経営陣のインタビューや従業員調査を中心に、海外事例や競合調査を通じて、楽天だからこそ提供できる価値を言語化しています。

EVPは、いわば企業から従業員へのコミットメントです。「◯◯の価値を提供するから、我が社で一緒に仕事してほしい」。このように言語化された価値を、経営者はもちろん、従業員一人ひとりが発信できるか。それが組織の強みになります。

w180_singapore_main.jpg配車サービスのGrabでは、EVPの内容を定期的にアップデートしているという。
Photo =AFP = 時事

Text=渡辺裕子

日髙達生氏
Hidaka Tatsuo
楽天ピープル&カルチャー研究所代表。筑波大学卒業。2018年1月楽天入社。企業文化や組織開発に特化した研究機関「楽天ピープル&カルチャー研究所」を設立し、代表に就任。主にシンガポール含むアジア諸国と日本を往来しながら活動。

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