人事は映画が教えてくれる『アメリカン・アンダードッグ』に学ぶ 家族の支えとレディネスの重要性

w182_movie_title.jpgNFLの伝説的クォーターバック、カート・ワーナーの半生を描いた伝記映画だ。カートは子どもの頃からNFLプレーヤーに憧れていたが、運良く入団できたチームには練習に参加しただけで解雇されてしまう。それでも、スーパーマーケットで働きながら次のチャンスをうかがい、格下のアリーナリーグでの活躍を経て再びNFLに。
困難のなかでも決して夢を諦めなかったカートを支えたものは何だったのか。

「あいつは負け犬だ」と思われている人にこそ、神様はチャンスをくれる──。『アメリカン・アンダードッグ』はそんなことを感じさせる映画です。

大学アメフトの選手だったカート・ワーナー(ザカリー・リーバイ)はドラフトで選に漏れますが、運良くNFLチームとの契約に成功します。しかし練習初日、プレーに参加するよう促されたカートは、「来たばかりで、まだ作戦が理解できていません」と躊躇。その結果、コーチに「プレーする準備ができていない」と言い渡され、解雇されます。

失意のカートは、再起を願いながら地元のスーパーマーケットで働き、その後、格下のアリーナリーグのプレーヤーとなります。レベルもコートのサイズも違うアリーナリーグからNFLプレーヤーとなるのは通常であれば夢のまた夢です。しかし、アリーナリーグでプレーとマインドを一から鍛え直したカートはNFL復帰という奇跡を実現。今度こそチャンスをつかんで、クォーターバックとして大活躍し、伝説的な選手となります。

このカートの不屈のキャリアはなぜ実現できたのでしょうか。『アメリカン・アンダードッグ』では、2つの重要な柱が示されています。

1つは、「家族の支え」です。この映画はアメフト選手としてのカートを描くと同時に、シングルマザーだったブレンダ(アンナ・パキン)と出会い、家族としての絆を深めていく過程も丁寧に描いています。カートもはじめから不屈の精神を持っていたわけではありません。挫折の連続に何度も心が折れそうになっています。恋人で後に妻になるブレンダ、脳に障害があり視力も失ったブレンダの連れ子ザックなど、お互いがお互いを支え合う家族が存在していたからこそ諦めることなく夢を実現できたのです。

大切なポイントは、ブレンダの存在によってカートのマインドが変わったことです。この映画では、「自分をどう定義するか」が何度か問われます。当初、カートはプレーヤーとしての活躍や勝利の数で自分を定義していましたが、それに「何かが足りない」という虚しさも感じていました。しかし、ブレンダと出会い、家族と共に生き、成長することを大切に考え、それによって自分の定義を変化させます。このカートの考え方は今日的で、人間の本質を突いています。

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私たちはつい、仕事に専心することがよきキャリアへの近道だと考えてしまいます。しかし、家族(あるいは地域・社会などのコミュニティ)の一員としての自分を定義することによって、人は仕事においても成長する基盤を作れるのです。

もう1つの柱は、チャンスをものにするための「レディネス(準備ができていること)」です。前述のようにカートは準備不足で最初のチャンスを逃します。それだけで解雇というのは一見厳しすぎるようにも見えますが、私はそうは思いません。あの場面でのカートは、確かに準備不足でした。クォーターバックの仕事は戦略を組み立てること。チームの基本的な作戦も理解していないのでは練習すらできません。プロがその状態で仕事の場に参加してはいけないのです。

特に日本人に目立つ傾向である「謙譲の美徳」はプロにとっては美徳でもなんでもありません。プロとしてその場にいるなら、十分準備をして「できます」と主張すべきなのです。その結果、できなかったとしてもそれはありです。なぜできなかったのかを分析できれば次に活かせますから。

レディネスにおいて重要なのは、必要な知識・スキルの習得とともに、「私はできる」というセルフコンフィデンス、さらに加えれば「初動が取れる」ことです。ラムズで2度目のチャンスを得たカートはまさにこの3つができていました。緒戦で活躍し、初動を取った。その時点で後の成功は見えていたといえるでしょう。

w182_movie_main.jpgラムズで2度目のチャンスを手にしたカートは、「準備が十分できているか」を試すコーチの厳しい指導にもへこたれず、緒戦で結果を出した。「初動を取る」ことに成功したのだ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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