人事は映画が教えてくれる『宇宙兄弟』に学ぶ合目的的な人材選抜の考え方と手法

その仕事に必要最低限な要件を企業人事は研ぎ澄まして提示し、選抜に反映できているだろうか

w172_eiga_01.jpg【あらすじ】
南波六太(小栗 旬)と南波日々人(岡田将生)の兄弟は子どもの頃、共に宇宙飛行士になることを約束していた。弟の日々人が一足先にその夢を実現し、月へと旅立つ。一方、カーエンジニアとして働いていた六太は、上司に頭突きをして自動車会社をクビに……。途方に暮れる六太。しかし、日々人が兄に黙って応募していた宇宙飛行士選抜試験の書類選考を通過していたことで、夢への情熱が蘇る。弟との約束を果たすため、六太は難関の2次選抜、3次選抜へと挑む。

『宇宙兄弟』は、子どもの頃から宇宙飛行士になることを夢見ていた兄弟が、その夢を実現する映画です。

先に宇宙飛行士となったのは弟の南波日々人(ヒビト・岡田将生)。映画では、夢を諦めかけていた兄の六太(ムッタ・小栗旬)が弟の後を追って宇宙飛行士を目指すプロセスが描かれます。

大きな見所は六太が挑戦した宇宙飛行士選抜試験です。私はNHKスペシャルで放送された『宇宙飛行士はこうして生まれた ~密着・最終選抜試験~』も見ています。映画で描かれた選抜試験の内容は、一部、映画的な脚色もありますが、ほぼ実際の選抜試験と同様です。

試験では、書類審査・英語試験の後、3段階の選抜があり、知識面、肉体面、精神面の能力が厳密に審査されます。例えば、気圧の低下に対応できる心肺機能があるか、長期間にわたって閉鎖空間で過ごすストレスに耐えられる心理特性をもっているか、そのような環境下で仲間と良好な人間関係を維持できる対人関係形成力があるかといったことです。

映画のクライマックスは、六太を含む2次選抜合格者6人が挑む3次選抜の閉鎖環境試験です。この試験では、宇宙ステーションを模したJAXAの閉鎖環境施設で7日間の集団生活を行います。最終候補者たちは、ただでさえストレスが蓄積されていく環境で、15分刻みに出される指示に基づいて、「白いジグソーパズルを組み立てる」「チームに分かれて15年後に実現可能な月面施設の模型を作る」などのさまざまな課題に取り組みます。日常生活のすべてが監視され、体調のほか、行動や態度の変化もこと細かにチェックされます。

これらのプロセスを見ていて感じるのは、すべてが合目的的であるということです。この試験のすべての選抜過程にいえることですが、宇宙飛行士として危機的な状況に陥ったとしても冷静に命をつなぐことができる最低限の能力が過不足なく問われています。「ついでだからこれも調べておこうか」という無駄が一切ない。選抜する側が「宇宙飛行士に必要な能力」を厳密に研ぎ澄ましているからこそこれができるのでしょう。この点に関して一般の企業はどうでしょう。「この仕事に最低限必要な能力は何か」をこのように研ぎ澄まして明確にできているでしょうか。

もう1つ、宇宙飛行士選抜試験で特徴的だったのは、手を変え品を変え実にさまざまな方法で非認知能力を測るその手法です。たとえば、六太が2次選抜の面接を受けるシーン。これはあくまで試験官のその場のアイデアで行われたこととして描かれていますが、わざと候補者が座る椅子のネジを緩めておき、それに気付くかどうかを観察したのです。六太は面接中終始座面の裏側のネジを触っていました。座ったときの違和感でネジの緩みを感じ取ったのです。この微妙な違和感に気付くことができるかどうかは、宇宙空間で過ごすうえにおいて、必要不可欠な非認知能力といえるでしょう。

また、閉鎖環境試験ではリーダーシップも測られます。六太は決して強力なリーダーシップを発揮するわけではありません。しかし、ストレスフルな環境でイライラするメンバーがいるなか、六太は柔らかなコミュニケーションで諍いを収め、組織全体を円滑に動かす力を示しました。

ジョブ型採用の普及で、一般の企業でも、その仕事に必要な能力を明示する方向に変化し始めたように考える読者もいるかもしれませんが、現状では、単なる「スペック採用」にとどまっているように思えます。しかし、組織のなかで働くために必要な能力は決してスペックだけでは測ることができません。人間関係形成力などの非認知能力を含め、ゲマインシャフト(共同社会)的な組織で求められる能力も同時に測る必要があるのです。時間やコストなどの制限はありますが、たとえば、長期インターンシップなどをこうした非認知能力を測る機会として活用することもできるでしょう。その際には、宇宙飛行士選抜試験の考え方や手法を参考にすることができるはずです。

w172_eiga_main.jpg3次試験の閉鎖環境試験初日。6人の最終候補者たちは緊張した面持ちで、試験内容に関するアナウンスに耳を傾ける。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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