人事は映画が教えてくれる『ジョジョ・ラビット』に学ぶマスヒステリーと集団浅慮

人間は今も愚かである。私たちはこの事実を強く自覚しなければならない

w164_eiga_02.jpg【あらすじ】第二次世界大戦中のドイツが舞台。少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は、イマジナリーフレンドであるヒトラー(タイカ・ワイティティ)と日々対話しながらナチスへの傾倒を深めていく。優秀な兵士となるべくヒトラーユーゲントの合宿に参加するが、自らの暴走で手榴弾を誤って爆発させてしまい、顔に傷を負うことに。そんなある日、自宅の隠し部屋にかくまわれていたユダヤ人少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)と出会い……。

『ジョジョ・ラビット』はナチス政権下のドイツで、イマジナリーフレンドとしてのヒトラーを自ら生み出すまでにナチスに傾倒する少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)を主人公とした映画です。ジョジョは母ロージー(スカーレット・ヨハンソン)が家にかくまっていたユダヤ人の少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)と出会い、交流するうちに次第にナチスの洗脳が解けていきます。作品の主題はそちらにあるのですが、今回はストーリーの前半部分、ナチスが生み出したマスヒステリーについて論じます。
アーリア人は優秀だというエリート意識の刷り込み、ユダヤ人などの“敵”の設定によって、当時のドイツ国民は集団凝集性が高まった状態にありました。このような集団は指導的立場にある個人に強い影響を受けます。指導者が極端なことを言えば言うほど、集団はなびく。ナチスの場合、その役割を果たしたのは言うまでもなくヒトラーです。
そして集団凝集性が高まると集団浅慮が起こります。はじめは嫌々従っていたことが徐々に内面化され、いつしか喜んでやるようになる。従わない場合に被る不利益が明白なとき、その傾向がさらに強くなります。そうなると常識や理性が次第に機能不全に陥り、より刺激的で危険な方向に行動がエスカレートします。これをリスキーシフトといいます。
また、戦後の心理学の実験(ミルグラム実験)によって、人は階層上位者に命令されると、自分の良心に反することでも従う傾向があることが科学的に明らかにされました。自分自身を他人の意志を代行する手段とみなすことができるのです。つまり、「命令に従っただけだ」というエクスキューズの下、どこまでも恐ろしいことができてしまうのです。
ジョジョが属していたヒトラーユーゲントの合宿ではこれらの現象が凝縮されて起こっていました。ここで重要な役割を果たしていたのは指導者であるクレンツェンドルフ大尉(サム・ロックウェル)ではありません。彼にはまだナチスに対する懐疑心が窺えました。恐ろしいのはナチスの価値観を妄信した青年メンバーたちです。彼らがジョジョに「ウサギを殺せ!」と命じ、周囲が「殺せ! 殺せ!」と盛り上がるシーンが象徴的です。まさに集団浅慮によるリスキーシフトが起こっている。青年たちは直接指示されたわけではありません。階層上位者の意志が内面化され、それを「正しいこと」として実行したにすぎないのです。
人の心理には、「社会的規範にはその理由を考えることなく従ってしまう」という特徴もあります。ナチスの思想が隅々にまで行きわたってしまえば、あとは自動的に為政者の意のままに社会は動いていきます。
このように当時のナチスは人間心理のメカニズムを踏まえ、実に合理的に末端の子どもたちに至るまで、その影響力を浸透させました。
さて、ここでマスヒステリーを仕掛ける側にも目を向けてみましょう。1930年代の実在のルイジアナ州知事をモデルにした『オール・ザ・キングスメン』という映画があります。
主人公のウィリー・スターク(ショーン・ペン)は、金持ちの政治家や企業を明確な敵として設定し、激烈な言葉で民衆を扇動します。「奴らを叩き潰せ!」とスタークが叫ぶと、聴衆も「叩き潰せ!」と声を上げる。扇動されているとき、人は高揚感を覚えます。この高揚感が高まるにつれ、人々は自分の頭で考えなくなっていくのです。
スタークのようなアジテーションは、21世紀の今も一部の為政者にとっては常套手段です。ここで私が指摘した問題は、民主主義が未成熟だった過去の話ではないのです。人間の心理は歴史的に過ちを繰り返しながらも、今に至るまで何も進歩していません。私たちは自らの愚かさを認識したうえで、歴史から学び、自分の頭で考えるよう自分を律し続けるしかないのです。

w164_eiga_01.jpgジョジョが「ウサギを殺せ」と迫られるシーン。このときジョジョには戸惑うだけの良心があったが、直後に妄想のヒトラーに煽られ、暴走を始めてしまう。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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