人事は映画が教えてくれる『ドリーム』に学ぶ「キャリア自律」と「支援」の関係

組織市民行動に基づく周囲の支援があってこそキャリア自律は実現できる

【あらすじ】物語の舞台は、ソ連と激しい宇宙開発競争を繰り広げていた1961~1962年の米国。NASAのラングレー研究所で黒人女性計算手グループの1人として働いていたキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)は、数学者としての能力を買われ、宇宙特別研究本部に配属される。白人男性ばかりで構成される新しい職場は、差別が横行し、建物内に利用できるトイレもない、黒人女性にとって劣悪な環境だった。しかし、天才的な計算能力を発揮することで、キャサリンは次第に職場内での存在感を高めていく。

『ドリーム』は、1960年代初頭、人種分離主義がまだ根強かった米国南東部ヴァージニア州にあるNASAのラングレー研究所で、黒人女性たちが輝かしいキャリアをつかみ取った実話に基づく映画です。この映画は、まずは素直にダイバーシティ&インクルージョンの視点から観ることができます。
研究所では、主人公のキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)、同僚のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)、メアリー(ジャネール・モネイ)をはじめ、優秀な黒人女性が計算手として働いていましたが、白人と同じようなキャリアアップは望めない環境にありました。
しかし、研究所の白人たちは、決して明確な悪意をもって差別していたわけではありません(結果として、彼らは黒人女性の登用を受け入れますから)。「今までそうしてきたから」という理由で、慣行として差別し続けていただけなのです。
このような「無意識のバイアス」は現代の日本にもあります。たとえば「定年」。国によっては年齢差別として法で禁じられていることが、日本では慣行として定着しています。
組織は無意識のバイアスをどう乗り越えることができるのか。研究所の白人たちが気づき、変化する過程は、現代の私たちにとっても参考になるものです。
実は、この映画は、「キャリア自律と支援」という角度からも示唆を与えてくれます。
3人の黒人女性は、それぞれのやり方で、障壁を乗り越えてキャリアアップを実現していきます。なかでも私が注目したのはドロシーです。
黒人女性計算手チームで実質的リーダーを務めていたドロシーは、上司に何度拒否されても管理職への昇進を粘り強く訴え続けます。最新コンピュータIBMの導入でチームごと仕事を失う危機に見舞われた際には、その状況を逆手に取ります。周囲の白人に先んじてプログラミングを学び、チーム全体でIBMのプログラミング担当への異動を実現し、自らも管理職に昇進したのです。
「この環境ではどうせダメだ」と諦めず、そのときにできる最大限の努力と工夫を続ける。まさにキャリア自律のモデルといえる姿が描かれています。
ただし、ドロシーをはじめとする3人のキャリアアップは、決して彼女たちの強い意志や努力だけで実現されたわけではありません。そこには周囲の「支援」がありました。
たとえば、キャサリンが、自分の勤務する東館に黒人が利用できるトイレがないと訴えると、上司のハリソン(ケビン・コスナー)は、白人用トイレの標識をハンマーで壊します。エンジニアになるために必要な大学の講座を受講する権利を求めるメアリーに対し、裁判所の判事は黒人の受講を禁じる州法を曲げて特別に許可を与えます。
ハリソンや判事のこのような行動は「組織市民行動」(Organizational Citizenship Behavior : OCB)という概念で説明できます。
OCBとは、社会や組織全体をよくするために、一人ひとりが利己的ではない、正しい判断・行動をすることを意味します。短期利益だけでなく中長期利益を考える、自己利益だけでなく他者利益、とりわけ社会利益を考える。このような意思決定を誰もが実践できれば、大数の法則で組織全体が正しい方向に進んでいくという考え方です。
OCBには、「支援」「誠実」「スポーツマンシップ(不都合に忍耐強く対処する、仕事の割り当てに文句を言わない、など)」「厚意性(他者に対する自分の行動の影響を考える、など)」「市民道徳」が求められますが、一人ひとりがいかんなく能力を伸ばし、発揮できる組織文化をつくるうえで特に重要なのが「支援」です。
この映画は、主人公たちの周囲の人々の描写を通して、この支援のあり方を示した物語でもあるのです。

3人のなかでも自らのキャリア形成に強い信念を持っていたのがドロシー。チームのメンバーを従え、胸を張って新部署に向かうシーンは象徴的だ

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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