AIのお手並み拝見個性

AI は人の分身になれるのか

SFの世界では主人公そっくりのクローンが登場することもめずらしくないが、実際にクローンAIを作ることは可能なのか。P.A.I.(パーソナル人工知能)の実現を目指すオルツの中野誠二氏に話を聞いた。
同社が開発するP.A.I.とは、個人の人格をデジタル化したデジタルクローンのこと。その人の好みやクセ、行動パターンなどをそのまま身につけた、分身ともいうべき存在だ。
「一般的なAIはビッグデータ、すなわち大勢の人たちの膨大な情報を分析して、全体のなかでの最適解を導きます。いわば人類の経験に学んで、最も間違いの少ない神様のような存在を作り出そうとしているのです。これに対してデジタルクローンは、一人ひとりのパーソナルな情報を学習します。ほかとは異なる答えを出し、その人と同じように間違えることもある個性的な存在になります」

その人らしさは平均との違いに表れる

同社では「全人類1人1デジタルクローン」を目標に掲げ、誰もが自分のデジタルクローンを持つ世界を目指している。しかし、“分身”と呼べるまでのものを作るには、一人ひとりの会話や行動、記憶など、あらゆる分野のデータを大量に収集して、その人の個性を学習させる必要がある。ましてや世界70億人分のパーソナルデータを集めるのは、現実的にはほぼ不可能だ。
そこで1つの手段として、少量のデータからその人の特徴を抽出する独自のモデルを構築した。個性とは「平均との差分」であるという発想に基づくものだ。人間のDNAは大部分が共通しており、違いは0.1%程度といわれる。しかし、そのわずかな違いが多様な個性を生み出している。違いに着目することによって、その人らしさがより明確になるというわけだ。この手法は、特に音声合成など
の分野で高い成果を上げている。
「一般的に音声合成で本人の声を再現しようとすると、1000センテンス、約8時間分の収録音声を学習させる必要があります。しかし、たとえば30代日本人男性の平均的な音声データとパーソナルデータを比較して、違う部分だけを学習させると、少ないデータからでも個性を抽出できるのです」
現在、同社ではこの手法を使って、故人の声を再現することに成功している。ほかにもさまざまな技術を組み合わせて、話し方や考え方までまったく同じデジタルクローンを作り上げようとしている。

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デジタルクローンが人を労役から解放する

「全人類1人1デジタルクローン」が実現すれば、日常的にこなしている作業の多くは“分身”が代替してくれるようになるだろう。デジタルクローンが、従来の音声アシスタントやレコメンドエンジンと大きく異なるのは、自分の代わりに意思決定できることだ。
たとえば仕事のスケジュール調整も、単に時間を指定してスケジュール表に予定を書き込むだけではない。大切な商談の前にどれくらい準備時間が必要か、相手先まで地下鉄で移動するか、タクシーを使うのか、どれくらい時間の余裕を持ちたいかなど、自分の性格や習慣を踏まえて予定を組み立ててくれる。
買い物も任せられる。デジタルクローンは、その他大勢の購入履歴ではなく、自分自身の好みや傾向、行動履歴に基づいて商品を選択。さらにどの店で買うのか、そもそも必要なものなのか、今回は購入を見送るべきかなどの判断までしてくれる。
「自分のアイデンティティが反映されたデジタルクローンを持つことによって、その人の個性や能力をさらに発揮できるようになるはずです」
人間は、1日に1万回の意思決定をしているといわれる。そのうち、個性や創造性を発揮しなければならない重要な意思決定はごく一部にすぎない。その創造的な営みに人が専念するために、それ以外の意思決定はすべてデジタルクローンに代替させる時代がやってくるかもしれない。

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭 Illustration=山下アキ

中野誠二氏
オルツ取締役・CFO、エバンジェリスト
Nakano Seiji 1984年、東京大学卒業後、富士通に入社。エキスパートシステム、ニューラルネットワークの技術者として主に金融機関への人工知能適用を担当。プライスウォーターハウス、デロイト トウシュ トーマツを経て、SBIトランスサイエンスソリューションズ取締役、KLab取締役、ユニメディア監査役などを歴任。2017 年3 月より現職。