AIのお手並み拝見コミュニケーション能力

AIに接客はできるのか

最近では、AIロボットが店頭で接客する姿を見かけることも増えてきた。身近な家電にも音声アシスタントが搭載され、Amazon EchoやGoogle Homeなどの新しいデバイスも次々に登場している。実際に会話をしてみると、想像以上の気の利いた受け答えに感心することもある。
AIがこれほど賢くなった要因の1つには、ある技術革新がかかわっている。それは、大量のデータから機械が特徴を抽出して学習する技術、ディープラーニングである。人間の力を借りずに、自動的にどんどん学習を進めていけるようになったことで、AIは急速な発展を遂げた。
ところが、ディープラーニングをもってしても、人間とAIとの自由なコミュニケーションは実現できていないという。40年来、人工知能の研究に取り組んできた慶應義塾大学教授の山口高平氏はこう語る。
「AIは、言葉の意味を一切理解していません。膨大な対話のパターンから関連の深い言葉を抽出しているだけなのです。ディープラーニングによって、それが自動的に高精度でできるようになりましたが、言葉の意味がわかるようになったわけではありません」
たとえば、「お父さんが入院した」という話を聞いて、AIが「それは心配ですね」と答えたとする。一見、会話が成り立っているようだが、AIは大量のデータから「入院」という言葉と一緒に使われることが多い言葉を選び出し、最も適当と思われるセリフを言っているだけなのだ。人間にとっては当たり前の「入院=心配なこと」という概念を理解しているわけではなく、もちろん心配もしていない。

言葉の意味がわからないと「常識」も持ち得ない

このようにディープラーニングは、言葉と言葉の相関関係を見つけるのは得意だが、言葉と言葉の間にある因果関係は理解できていない。先の例でいえば、お父さんが入院して「なぜ心配なのか」はわからない。
「AIは、"Why?"という質問が苦手です。だからこそ、"Why?"にどれだけ答えられるかが、AIの知性を測る1つの目安になっています」
言葉の意味が理解できないのは、コミュニケーション上の大きな問題だ。「言葉の因果関係がわからないと、人間のように常識的な判断を下せません。たとえば、店舗など限定された場面でマニュアル通りの接客をこなすことはできるでしょう。しかし、そこで予期せぬ地震が起きたとしたら、『まずはお客さまを安心させるために落ち着いて声を掛けよう』などと、常識の範囲で柔軟に対応することは難しい。そのため、定型業務から外れた事態が発生すると、すぐにフリーズしてしまうのです」
これでは表層的な会話はできても、深い議論のようなコミュニケーションは期待できない。会話のフレキシビリティを高めていくことは、現在のAI研究の重要なテーマとなっている。そのためには、AIに言葉の意味を教えていく必要がある。

データ処理と知識の活用でフレキシビリティを高める

近年はディープラーニングばかりが注目を集めているが、これはあくまでもAIの要素技術の1つにすぎない。一口にAIといっても、ディープラーニングに代表される大量のデータを処理する「データ駆動型AI」と、IBM Watson(ワトソン)のように人間の知識を活用する「知識駆動型AI」とに大別される。
「知識駆動型AI」は、人間に教えるのと同じように知識を与えていくもので、古くから研究が進められてきた。「データ駆動型AI」のように自動的に情報を収集させるのではなく、人間の知識をデータ化し、人間の手でインプットする。仮に「豊臣秀吉」という歴史上の人物であれば、基本的なプロフィール情報だけでなく、「織田信長」「徳川家康」「天下統一」「猿」「出世」など想起される概念まで、AIが理解できる形でルール化し、教え込むといった具合だ。
現状ではまだ、技術者が手作業で知識を教え込むしかなく、時間と手間がかかり過ぎるのが課題だ。
「フレキシビリティのあるコミュニケーションを実現するには、データ駆動型か、知識駆動型かではなく、両者を統合したAIの開発が必要です。もし、手作業で与えている概念知識をディープラーニングで自動的に学習できるようになれば、一気に知性が高まるでしょう」
その実現に向けて、世界中で研究が進められている。

Text=瀬戸友子 Photo=平山 諭 Illustration=山下アキ

山口高平氏
慶應義塾大学理工学部管理工学科教授。
Yamaguchi Takahira 1957年大阪生まれ。1984年大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士後期課程修了。2004年より現職。大学時代から人工知能の研究に取り組み、現在は、人と機械が共に学び合い進化していく「知能共進化型AI」の研究を進めている。