人事のアカデミア体系学

「分類」と「系統樹」を使って多様な世界を理解する

生物学に縁のない人でも、種の分類体系や進化の系統樹を、一度くらいは見たことがあるだろう。その図が何を意味しているかは、専門的な知識がなくても理解できるはずだ。実は「分類」も「系統樹」も、生物学に限った話ではなく、私たちが世界を把握するための考え方の柱なのだという。人間の頭のなかでは、世にあふれる多様な事物をどう体系化しているのか。進化生物学者として、主に系統樹の研究に携わる三中信宏氏に、「分ける」と「つなぐ」を手がかりとした世界の見方を学ぶ。

文系・理系を分ける明確な基準は存在しない

梅崎:三中先生は生物学のご出身ですが、研究の内容をうかがうと、一般的な生物学者のイメージとはかなり違いますね。

三中:おそらくそう感じる方は多いでしょう。私には表と裏の仕事があって、表の仕事は生物統計学、裏の仕事は進化生物学です。表の仕事では、農学の研究所に在籍していますが、普段、圃場(ほじょう)に出ていって育種をするわけでも、白衣を着て試験管を振っているわけでもありません。統計学の観点から生物データの解析やモデリングの研究を行っています。

梅崎:裏の仕事の進化生物学とは、ごく簡単にいうと、世の中のさまざまな生物を、進化の系譜に従って体系化するというものですね。その思考法は、人間が世界を説明する原理ともいうべきもので、大変興味深いです。生物学の枠を超えて多くの人の参考になると思います。

三中:そうですね。私自身も関心を持っているのは、多様なオブジェクトをどう整理して体系化するか、人間の思考のあり方ですから。

梅崎:ご著書を読んで、身近な話題としてまず興味を持ったのは、理系・文系という分類についてです。多くの人が当たり前のようにこの分類を受け入れ、ビジネスの世界では理系への評価も高まっています。ところが、この分類もかなり偏った見方であると気付かされました。

三中:皆さんがイメージする理系、つまり典型的な自然科学の基準を考えると、「観察可能」「実験可能」「反復可能」「予測可能」「一般化可能」という5つが挙げられるでしょう。ところが私の研究などは、この基準にほとんど当てはまらず、まったく理系らしくないですね(笑)。
たとえば何億年前の生物の進化は直接観察できないし、実験のしようもない。日頃取り組んでいるのは、データや過去の遺物をもとに、この生物の祖先はどこにいるのか、昔はどんな形をしていたのかを推論していくことで、むしろ歴史学や考古学に近いのです。

梅崎:一般的には、進化生物学は理系で、歴史学や考古学は文系に分類されます。

三中:ものを分類するときに明確な基準はないんですよ。正しい分け方があるのではなくて、これならわかりやすい、役に立つと思う分け方を人々が試行錯誤してきたのです。科学の基準ですら、一定だとはいえません。

梅崎:現在のコロナ禍においても、しばしば自然科学信仰のような態度が目につきます。なかには専門家の予測が当たればむやみに信じ、外れたら全否定してしまうような人もいる。それは、ステレオタイプな理系のイメージにひきずられて、「自然科学は予測可能だ」と思い込んでいるせいかもしれません。

三中:特に理系の研究者には、確実な真偽の判定が求められることが多い気がします。しかし、自然科学であれば、真か偽か白黒はっきりさせることができるというのは、幻想にすぎないのです。

梅崎:では、明確な基準があるわけでもないのに、なぜこのように分けてしまうのでしょうか。三中先生は「ヒトは無意識のうちにオブジェクトを分類してしまう生き物である」と書かれています。

分けて考える「分類」つないで考える「系統樹」

三中:その背景には、生来人間に備わっている「心理的本質主義」があります。我々は、物事には本質があると無意識に感じ取ってしまうのです。たとえば今日も、昨日も、一昨日も、毎日雨が降り続いたら、背後に共通の原因があるのではないかと考えます。現代に生きる私たちは低気圧が生まれたとか、前線が停滞していると思うかもしれません。近代的な気象の知識や技術を持っていなかった大昔の人も、目には見えないけれど、毎日雨を降らせる何かがあるはずだと考えることでしょう。

梅崎:それが本当にあるかどうかは別の話になりますが。

三中:そうです。あるかどうかは別として、とにかく対象となる事物、オブジェクトに何か共通した本質を発見して、それに基づいて定義をしてしまうのです。

梅崎:見出した本質に基づいて、似たようなものをグループ分けしてしまうということですね。「分類思考」は生得的に人間に埋め込まれた能力であり、逆に、分類しないと生きていけないといえるでしょうか。

三中:はい。もともと人間は、一つひとつのものを覚える能力が、それほど高くないのです。ある研究によると、個別に覚えられるのは600くらいが限界だとか。ところが現実の世界には、生物はもちろん人工物も含めて、それよりもはるかに多くのものが存在します。そこで、似ているものをグループ分けすることによって、多様なものを理解する。つまり分類は、記憶の節約と知識の整理になっているのです。

梅崎:多様な世界を体系化する考え方として、もう1つ「系統樹思考」が挙げられます。分類思考と系統樹思考は何が違うのでしょうか。

三中:同じ対象物でも、「分ける」ことで体系化するか、「つなぐ」ことで体系化するかの違いです。(図1-1)「分類思考」は、対象を観察して、似たようなものをグルーピングします。類似性の度合いによって、さまざまなグルーピングが可能となり、階層別に整理することができます。動植物の種の分類体系はこれに当たります。
一方、系統樹思考は、目の前の対象の背後にある過去の事象に着目します。系統樹とは、もともと生物の進化の道筋を描いた図のことです。親世代、祖父母世代とたどっていくと、大本の共通祖先にいきつくのではないかと考え、つながりを探していくのが系統樹思考です。

梅崎:系統樹は、時間軸をさかのぼっていくことになりますね。

三中:おっしゃる通りです。系統樹はタテの思考、分類はヨコの思考という言い方もできるでしょう。時間軸のある系統樹の、ある時空面で切り取った平面が分類という関係になります。(図1-2)
これらの思考は、もちろん生物以外にも適用できます。大ヒットしたインスタント麺の分析をするとしましょう。現在市場に出ている商品をカテゴリー分けするのが分類、袋麺からカップ麺が出てきて、さらに分岐して麺の種類が広がって……という進化の系譜をさかのぼって整理するのが系統樹です。

w169_acade_main.jpg出典:三中氏資料をもとに編集部改変

演繹、帰納に対するアブダクションを知る

梅崎:タテとヨコで考えると、非常にわかりやすいです。

三中:ただし、分類は似ているものを直感的に分けていけばよいのですが、系統樹を作るのは少し難度が上がります。末端の子孫から祖先にさかのぼって1本の樹を作っていくということは、現在の部分的な情報から、見えない全体像を復元していく作業になるので、ロジックが必要になるのです。

梅崎:系統樹思考は、より推論する力が求められるということですね。

三中:それを「アブダクション」といいます。アブダクションとは、今あるデータから最も適切な仮説を導く推論様式のことです。

梅崎:概念自体は古くからあるものですが、19世紀、プラグマティズムの哲学者として知られるチャールズ・サンダース・パースが、「演繹」「帰納」に対する第3の方法として「アブダクション」という言葉を使ったのはよく知られています。

三中:その後、20世紀に入ると、AI研究のなかで有効な推論様式としてアブダクションが注目され、さらに磨かれていきました。
アブダクションの最大の特徴は、真偽を問うものではないということです。よく誤解されるのですが、私の表の仕事で使用する統計分析は、真の結論を導くものではありません。手元にあるデータのもとで、最も当てはまりのよい仮説を選び出しているにすぎないのです。選び出した仮説が真実であることを保証するものではありません。

梅崎:AよりもB、BよりもCの仮説が妥当といっているだけだと。

三中:だから明日、新しいデータが加われば、また別の結論が出てくるかもしれない。アブダクションでは、それが延々とエンドレスで続いていきます。絶対的な真や偽といった到達点はありませんから。

梅崎:よく考えると、ビジネスの現場でも完璧な情報が揃うことはまずあり得ないし、日々データは更新されていきます。実際には、演繹や帰納よりもアブダクションのほうが使い勝手がよさそうです。アブダクションをうまく使いこなすためには何が必要になるでしょうか。

三中:最も大切なことは、真偽という縛りから自分を解放できるかです。我々はつい真実を求めたくなりますが、現実の世界では真偽がはっきりしないことのほうが多いでしょう。導き出された結果の真偽はわからないけれども、現時点ではこれがベストの選択肢なのだと納得できるかが非常に重要です。それができれば、実用的で使いやすい推論様式だと思いますよ。

梅崎:日本のお家芸のQC活動のなかでも、問題の要因をさかのぼって特定するなど、アブダクション的手法は取り入れられてきたと思います。ただし、今あるデータから時間軸でつないで、見えない全体を構想していくような系統樹思考が、自覚的に実践できていたとは言い難いですね。

三中:人間は生まれながらの分類思考なので、分類は無意識にできるけれども、系統樹思考は意識しないと難しいんですよ。分類思考と系統樹思考はまったく別物で、両方とも重要です。放っておくと、すぐに分けてしまうので、つなぐほうも意識してほしいですね。

梅崎:ぜひ意識していきたいものです。もっとも分類も、どこまできちんとできていたのかあやしいものです。グループワークをやっても、ブレストして付箋をグループ分けして、当たり障りのない名前をつけて満足してしまっていた感もあります。改めて分類思考、系統樹思考について学び、使いこなしていくことによって、新しい世界が見えてくるのではないかと期待しています。

w169_acade_02.jpg出典:編集部作成

Text=瀬戸友子 Photo = 刑部友康(梅崎氏)、本人提供(三中氏)

三中信宏氏
Minaka Nobuhiro
農業・食品産業技術総合研究機構農業環境研究部門専門員、東京農業大学客員教授。東京大学農学部卒業、同大学院農学系研究科博士課程修了(農学博士)。専門分野は進化生物学・生物統計学。

◆人事にすすめたい本
『系統樹思考の世界』『分類思考の世界』(ともに三中信宏/講談社現代新書) 多様なものを整理し、体系化する人間の思考法に迫る。
梅崎 修氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
Umezaki Osamu 大阪大学大学院博士後期課程修了(経済学博士)。専門は労働経済学、人的資源管理論、労働史。これまで人材マネジメントや職業キャリア形成に関する数々の調査・研究を行う。