人事のアカデミア労働・職場調査

社会変化の大きな現代こそ労働調査の重要性が増している

労働経済学者の梅崎修氏をナビゲーターに、人事の学びになる最新の研究を紹介する新連載。第1回は梅崎氏自身に、労働・職場研究の方法論である労働・職場調査の現代的な意義について語ってもらう。

多様な手法を適切に選んで初めて実態が見えてくる

企業のなかでも「現場を知る」ための各種調査が行われていますが、「なかなか有効なデータが取れない」という声もよく聞きます。それは、調査というものをあまりにも単純にとらえているからでしょう。
調査は、数値データを分析する量的調査と、数値では表せないものを定性的に分析する質的調査とに分かれます。ただし、一口に質的調査と言っても、そのなかにはインタビューや行動観察、テキスト分析などさまざまな手法があります。
まず、調査はすべてコミュニケーションであると認識すべきです。知りたいことを一方的に尋ねても、現実は見えてこない。正しく事実を把握するには、多様な調査スタイルを身に付け、目的に応じて適切な手法を選ぶべきです。
たとえば社長の肝煎りで社員のコミュニケーションスペースを新設したとき、いきなり「アンケート調査」をすれば、ほとんどの人が満足だと答えるはずです。しかし実態は、「観察法」でわかります。あまり使われていないようなら、無作為に社員を選んで「一対一」でインタビューをしてみるとよいでしょう。

実は研究者の世界でも、それほど事情は変わりません。労働は複数の学問分野にまたがる研究領域ですが、歴史学では「オーラルヒストリー」、社会学や民俗学では「エスノグラフィー」など、分野ごとに特定の調査手法に偏る傾向があります。 この閉塞感を打破するには、労働調査を1つの学問として立ち上げるくらいのことをしたほうがいいと個人的には思っています。少なくとも学際的な研究テーマとして、各分野の研究者の知見を共有し、次世代に伝えていく必要があります。

調査による新現象の発見が労働研究史をリードした

近年は理論研究に重きが置かれ、演繹的に仮説検証として調査が行われることが多い。しかし、日本の労働研究を振り返ると、労働調査によって帰納的に事実を発見し、そこから理論を導き出してきた歴史があります。労働調査が学問の発展を牽引してきたのです。
調査の時代の幕開けは、大正から昭和にかけての1920年代頃、工業化や都市化が進み、既存の枠組みで説明できない新しい社会現象が生まれた時代です。オフィスワーカーや工場労働者、農村型貧困とは異なる都市型失業・貧困など、それまで意識されなかった現象の輪郭が、調査を通じて浮かび上がりました。

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第2期は1950年代以降の高度経済成長期、会社や職場が大きく変わり、多くの調査が行われました。当時を代表する研究者の1人が、数々の実態調査を行った氏原正治郎です。1951年に氏原が京浜工業地帯で行った工場労働者の調査は、今では当たり前と思えるシンプルな分析ですが、その後の社会を代表する現象をいち早く発見した点で大きな功績を残しました。工場の働き手は流動的に入れ替わっていくものだと考えられていた時代に、大規模工場では長く安定的に働き、企業内キャリアを形成している層が生まれていることを明らかにしたのです。

このように調査によってある変化が社会現象として認識され、この新しい現象に名前がつけられると、やがて理論家が理論モデルによって精緻に説明します。氏原の発見も、その後、内部労働市場論として理論的にも実証的にも発展しました。
今も新しい社会現象は常に生まれていますが、調査によって発見されなければ認識もされず、理論に組み込まれることもありません。大切なのは、さまざまな変化が起こっているなかで、これからの社会を説明する現象を見つけること。一過性の変化や局地的な現象ではなく、将来の日本全体を代表するような事実を発見することです。もちろん簡単なことではありませんが、それこそが調査の醍醐味といえるでしょう

振り返れば調査の時代は、社会変化の大きな時代でした。これまでの理論が通用しないからこそ、人々は調査によって事実をつかもうとした。
まさに社会が大きく動いている現代、第3の調査の時代が到来するかもしれません。
企業内でも同じことです。組織が大きく変化している今、実態を正しく見るには、人事もさまざまな調査手法の使い手であるべきでしょう。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康

梅崎 修氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
Umezaki Osamu 1970 年生まれ。法政大学キャリアデザイン学部教授。大阪大学大学院博士後期課程修了( 経済学博士)。専門は労働経済学、人的資源管理論、労働史。これまで人材マネジメントや職業キャリア形成に関する数々の調査・研究を行う。
◆人事にすすめたい1 冊 『労働・職場調査ガイドブック』(梅崎修・池田心豪・藤本真編著/中央経済社)。労働・職場調査に用いる質的・量的調査の手法を網羅。各分野の専門家が、経験談を交えてコンパクトにわかりやすく解説している。