
子の育児・親の介護:仕事への影響は人それぞれ? 菊池信之介
現代社会において、労働者が出産・育児や家族の介護といったライフイベントに直面する際、そのキャリアにどのような影響が生じるのかは、重要な政策課題である。特に、これらのライフイベントがもたらすケア役割が個人の雇用継続やキャリア形成に与える影響は看過できない。本稿では、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」2016〜2024を用いて、子育ておよび親の介護が雇用に与える影響について、男女間の差異や、企業規模、職務内容といった要因による影響の違いを分析し、その実態と政策的示唆を考察する。
女性に顕著な「チャイルド・ペナルティ」
まず、子育てが雇用に与える影響について、男女別の分析結果から確認する。以下の図1の左図は、子どもが生まれる前後における、男女それぞれの雇用への平均的な影響を示したものである。
図1 子育てと介護の就業率への影響(男女別)
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2016~2024」のデータを基に、Callaway and Sant’Anna (2021)のイベントスタディの手法を用いて、筆者が計算
注:ウエイトバック集計を行っている(各年のクロスセクションウエイトxa)。
この図から、「チャイルド・ペナルティ」の深刻な実態が明確に読み取れる。子どもが生まれる前は、男性と女性ともに雇用への目立った影響は観察されない。しかし、子どもが生まれた年以降、女性の雇用への平均的な影響は統計的に有意に低下し、その負の影響は年数が経過するにつれてさらに拡大する傾向にある。たとえば、子どもが生まれてから3年後には、女性の雇用は約35%減少していることを示唆している。
一方、男性の雇用には、子どもの誕生による有意な変化は観察されない。この結果は、我が国において依然として育児の主要な担い手が女性であり、出産・育児が女性のキャリア継続の大きな障壁となっている現状を強く示唆するものである。女性が育児のために労働市場から離脱したり、労働時間を短縮したりすることで、その後のキャリア形成や賃金にも長期的な悪影響が及ぶ可能性が高いと考えられる。
介護が雇用に与える影響は平均では限定的
次に、家族の介護が雇用に与える影響について考察する。図1の右図は、親・義親が要介護認定される前後における男女別の雇用への平均的な影響を示したものである。
この図からは、子育ての場合とは異なり、介護が雇用に与える全体的な影響が、男女ともに明確な負の傾向を示さないことがわかる。イベントの前後で、男性も女性も雇用への平均的な影響はゼロ近傍で推移しており、統計的に有意な変化は観察されない。もっとも、就業率に明確な変化が見られなかったからといって、介護と仕事を両立することの困難さが存在しないわけではない点には注意が必要である。この分析では、そうした就業継続の苦労までは捉えきれていない。
この結果は一見すると、介護が雇用に与える影響は限定的であるように見えるが、これはあくまで平均的な影響であり、個々の状況や特定の属性をもつ労働者においては異なる影響が生じている可能性を考慮する必要がある。実際、介護離職などの問題が社会的に認識されていることから、この全体平均のデータだけでは介護のすべての影響を捉えきれない点に留意が必要である。
仕事の中身によっては、介護が離職を招く
この平均的な影響の背後にある構造を明らかにするため、次に、特定の属性に焦点を当てて、介護が女性の雇用に与える影響にどのような違いが生じるかを探る。 以下の図2は、親や義理の親が要介護認定を受ける前に、「対面業務を伴う職業」に就いていたかどうかに応じてグループを分け、それぞれのグループにおける女性の雇用への平均的な影響を示している(※)。
図2 介護の就業率への影響(女性、職務内容別)
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2016~2024」のデータをもとに、Callaway and Sant’Anna (2021)のイベントスタディの手法を用いて、筆者が計算
注:ウエイトバック集計を行っている(各年のクロスセクションウエイトxa)。
この図からは、対面業務を伴う仕事に従事している女性のほうが、介護による雇用への負の影響を受けやすい可能性が示唆される。左図を見ると、介護開始後、雇用への影響がわずかに負に振れる傾向が観察される。一方、右図を見れば、対面業務が少ない仕事では、介護による明確な負の雇用影響は観察されない。
これは、身体的な負担が大きい職務や、決められた時間・場所での労働が必須となる職務では、介護による時間的な制約や身体的・精神的な負担が、仕事の継続をより困難にさせることを示唆する。
介護が雇用に与える影響は、職務内容だけでなく、勤務先の企業規模や雇用形態といった労働者の属性によっても異なる傾向が観察される。分析の結果、親・義親の要介護認定前に、以下の属性をもつ女性には、要介護認定後に雇用への統計的に有意な負の影響が見られる。
企業規模:中小企業に勤務する女性の場合、介護による雇用への負の影響が観察されている。一方で、大企業に勤務する女性の場合、明確な負の影響は観察されていない。
テレワークのしやすさ:テレワークしづらい職業に従事する女性の場合、介護による雇用への負の影響が観察されている。しかし、テレワークしやすい職業に従事する女性の場合、雇用への負の影響は観察されていない。
雇用形態:非正規労働者である女性の場合、介護による雇用への負の影響が観察されている。正規労働者である女性の場合、雇用への負の影響は観察されていない。
これらの分析から、子育て、特に女性のキャリアにとっての「チャイルド・ペナルティ」は依然として深刻な問題であることが明らかになった。一方、介護については、全体平均では雇用への明確な影響は観察されないものの、企業規模や職務内容といった特定の条件下では、女性の雇用に負の影響を与える可能性が示唆された。
子育てや介護は、個人にとって人生の重要な一部であり、社会全体で支えるべき課題である。これらの課題に対する社会的な認識を深め、実態に即した効果的な政策や企業の取り組みを進めることで、誰もが安心して働き、自分らしいキャリアを築ける社会の実現に貢献できるだろう。
※「対面業務を伴う職業」に就いていたか否かは、日本版O-NETの各職業に対する、「仕事中、他者と身体的にどの程度近接しているか?」のスコアに基づいて分類している。
菊池 信之介 (客員研究員)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。