テクノロジーの進化論における4つのフェーズ Besseyre des Horts氏

2024年07月03日

パリ経営大学院(HEC) シャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール氏 名誉教授

テレワーク普及が技術的な革命でなかったとすれば、それは、人材マネジメントにおける企業の集団的メンタリティの革命です。信頼に基づくマネジメントへの文化的転換です


グランゼコール(※1)であるパリ経営大学院の名誉教授であるシャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール氏は、フランスにおける人材マネジメントとHRテクノロジーの第一人者である。エクス・マルセイユ大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校で2つの博士号を取得後、パリ経営大学院にて、人材マネジメント、デジタル・ノマディズム、人的資本と業績の関連性などをテーマに研究・教育プログラムを30年にわたって主導してきた。

2003年9月から5年間にわたって、パリ経営大学院と東芝研究講座「ノマディズムとモバイルテクノロジー」の研究ディレクターを務めるなど、国際的な活動も活発である。ヨーロッパ、アジア、アフリカなど30カ国以上で人材マネジメント研修やコンサルティングに携わり、フランスの経営組織や研究組織でも重要な役割を担っている。フランス語圏大学人事協会(AGRH)(※2)を設立し会長職も務めた。現在は、全国企業経営教育財団(FNEGE)の非常勤企業関係ディレクター、大企業と社会科学研究者を集めたシンクタンク兼研修組織(ANVIE)の科学評議会メンバーなどを務めている。ハーバード・ビジネス・スクールによる教育理念に基づき創刊されたマネジメント誌である、ハーバード・ビジネス・レビューのコントリビューターでもある。

生成AIを含む技術の進歩は、今後さまざまな職種に大きな影響を及ぼすことが予想されている。特にHRの分野ではAIの進化がどのように働き方や人材マネジメントに影響を与えるかが注目されている。今回はフランスのオピニオンリーダーであるシャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール名誉教授に、AIがHR領域に与える影響などについてお話を伺った。

「テクノロジー進化論における4つのフェーズ」

私は約50年間、テクノロジーの進化が人と組織運営にどのように影響を与えるかを考えてきました。人材マネジメントの歴史は、同時にテクノロジーの歴史でもあります。この進化を4つの大きな「フェーズ」で説明できます。

シャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール名誉教授第1フェーズはEメールの普及です(1995年以降)。Eメールが、組織のヒエラルキーの末端にいる従業員が管理職を通さずにトップの社長にメールを送り、自身の意見を直接伝えることを可能にした最初の手段となったことは大きな歴史的転換点です。第2フェーズは、モバイル端末の普及です(2000年以降)。電線が撤廃され、パーソナルコンピューターをはじめとするモバイル端末が普及しました。これはノマディズムの最初の動きであり、ブラックベリーを使って、どこにいてもEメールを受信できるようになりました。

FacebookやLinkedInなどのSNSが登場したのはこの後です。LinkedInのユーザー数は全世界で10億人以上といわれており、個人だけでなく、企業もアカウントを持ち、重要なビジネスツールとなっています。この時期と並行して、第3フェーズとなる最初のAIテクノロジーが浮上しました。特に採用プロセスにおけるソリューションには大きな注目が集まりました。2015年、フランスでは、Lab RH というHR系スタートアップが立ち上がり、AI技術を使って人材のマッチングサービスを提供していました。また、Talk4というスタートアップはAI技術を活用した質的データ分析によって従業員のエンゲージメントを計測する、最初のソリューションでした。

3年ほど前から、メタバースの技術が注目されています。メタバースはBtoB市場で需要が高まる可能性はありますが、採用や人材マネジメントにおいては個人的にはあまり影響がないと考えています。特定の職業的なジェスチャーを学んだり、危険な場所でのトレーニングには活用できるかもしれませんが、環境問題の観点からもメタバースは未来のテクノロジーとはいえないでしょう。そして最後のフェーズとして、第4フェーズの生成AI「ChatGPT」が登場しています。ChatGPTは人間と労働の関係性や採用プロセス、HR戦略、労働市場全体に革命的な影響を与えることが期待されています。

AIを「擬人化」してはならない理由

「ChatGPT」もエネルギーを多く消費する点は指摘しなければなりません。また、AIが人間の知性を超えるなどといった意見にも賛同できず、AIを「擬人化」することに警鐘を鳴らす必要があると考えています。技術的な進歩には目を見張るものがありますが、AIは人間的な意味での真の「知性」ではないということを理解する必要があります。

AI分野の著名な専門家であるフランス人のリュック・ジュリア氏は、AIの進歩についてしばしば微妙な見解を示してきました。ジュリア氏は、現存するAIは主にデータ分析と機械的な学習に基づいて機能している点を忘れてはならないと主張しています。これらのシステムは、人間よりもはるかに速く膨大な量のデータを処理・分析することを可能とし、あるいは訓練された特定のタスクに限定されていますが、意識や感情、深い文脈の理解が不可能だからです。AIにおいて「知性」として認識(誤認)されているものの多くは、実際には複雑なアルゴリズムと高い計算能力の結果なのです。これらのシステムは、特定の分野において学習を繰り返し、適応し、パフォーマンスを最適化することを可能にしますが、人間のように直感的に理解したり、抽象的に推論したりする能力は持ち合わせていません。

要するに、AIは人間の知能のある側面をシミュレートし、印象的なタスクをこなす便利なツールですが、人間の判断力、創造力、共感力に取って代わることはできず、本当の意味での「知的」ではないのです。そもそも「人工知的」という間違った名称が大きな誤解を生む原因となってしまっているのでしょう。現在フランスでは、ジャーナリストなどの知的職業が「人工知的」に取って代わられるリスクがあるといわれ戦々恐々としています。しかし、AIによってジャーナリストの仕事の生産性は一気にアップしますが、そのせいで仕事がなくなるとは考えていません。

テレワーク:リモート・コントロール(遠隔監視)に陥らない

シャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール名誉教授パンデミック勃発によりテレワークは新たな働き方のスタンダードとなりました。当初にテレワークを導入した企業は、現在ではハイブリッドワークを導入し、フルタイムのオフィス出勤を望む従業員はほとんどいなくなりました。こうした動きについて、テレワークを未来の働き方と位置付け、一種の「労働の革命」と捉えています。しかし、テレワーク技術は25年前から存在しており、ツールも整っていました。ごく一部の企業、たとえばサノフィなどは10年以上も前からテレワークを導入していましたが、多くの企業は意図的にテレワークの可能性を無視してきたのです。

では、2020年のテレワーク普及は技術的な革命ではなかったとすれば、何が新たな発見だったのでしょうか。それは、人材マネジメントにおける企業の集団的メンタリティの変化です。ピラミッド式の経営で部下をヒエラルキーの下部に置く企業や、目の前の部下をコントロールすることがマネジメントだと考えていた企業、成果主義においても従業員の適切な評価を怠っていた企業、従業員を信頼できない理由からテレワークを否定していた企業などが、本来のマネジメントの真意を理解し始めたといえるでしょう。

私はテレワークを通じてマネジメントを再構築する重要性を強調しています。真のテレワークには、信頼に基づくマネジメントの文化的転換が欠かせません。そうでなければ、テレワークは単なる従来のヒエラルキー型の「リモート・コントロール(遠隔監視)」にすぎなくなってしまいます。この変革を成功させるためには、従業員と管理職の継続的な教育とサポートが必要であり、人事部はこの変化を促進するうえで重要な役割を果たさなければなりません。また、従業員は上司の監視下にない状態で、適切なレベルでの意思決定を自主的に行い、サブシディアリティ(補完性原理)に基づいて業務を遂行する必要があります。

テレワークについては、その利点について多く議論されていますが、「格差」についてはあまり注目されていません。この「格差」は企業や職業、個人のレベルで生じるものであり、全人口のうちでテレワークが可能な職業に就く人々は10%程度といわれています。この割合の多くはホワイトカラー職で、ブルーカラー職ではありません。さらに、テレワークの普及度は企業によって大きく異なりました。こうしたマイノリティに特化した働き方は、労働市場における不公正性を広げるリスクがあると考えられます。テレワークができない業種に従事する従業員に対して、フレキシビリティを向上させる手段として、私は週休3日制の導入を提案します。

人々が一緒に働く意味

シャルル=アンリ・ベッセール・デ・オール名誉教授1990年代にフランスで注目された「解放された企業」という概念は、伝統的なヒエラルキーを取り払い、従業員に行動の自由と責任を与えることを目指す組織形態です。「解放された企業」では、従業員は自分の働き方を構築し、目標を設定し、自律的に意思決定を行います。チームコラボレーションや、柔軟な企業文化、職場の質の向上など、イノベーションの基盤となる利点があります。ただし、この組織形態を導入するには、企業文化や経営文化を大幅に変える必要があり、すべての従業員が適応できるわけではありません。人々にはある一定の枠組みやルールが必要だと考えています。

フランスでは最近、フルテレワークや有給取り放題などの制度を導入する企業が増えています。しかし、私は人々が一緒に働くことで本当のイノベーションが生まれると考えています。PC画面を通じて仕事をすることはできますが、それは2Dの世界に留まります。一方、対面して一緒に仕事をする際は3Dの次元になりますが、感情のディメンションが加わると4Dに上昇します。感情的・社会的知性によって本当のイノベーションが生まれるのです。
フランスでは特に若年層で企業に属したくないカテゴリーの職業人(フリーランスなど)が増加しています。2023年にはフランスのフリーランサー数が320万人に達したといわれています。過去10年間のフリーランサー数の増加推移も興味深く、特に2020年5月から2021年5月の間に37.1%も増加したとのことです。Y・Z世代はデジタルスキルに長けており、独立心を求める傾向もありますが、30代ごろになると、セキュリティを重視するようになります。安定を求めて企業の従業員に戻るケースも多いです。こうしたスキルを持ち独立心の強い世代を上手に取り込むためには、社員でありながらも自主性を尊重し、フレキシビリティに富んだ働き方を提供することが必要です。フリーランスとなる理由は、伝統的なマネジメントを強いる会社で働きたくないという理由が最も多く、会社員になりたくないという意味ではないと考えられます。

シニア層を取り込む戦略人員計画

2020年、ドイツとデンマークでは55~64歳のシニア層の雇用率は71%で、スウェーデンでは77%でした。一方、フランスはシニア層に対する関心が低いようです。最近のアジア太平洋経済協力(APEC)の調査によると、「採用担当者は、年齢が高いほど給与への期待値が高まる一方で、適応能力が低く、定年退職が近いため時間的視野が狭くなると考えられている」との結果が出ています。フランスには若者至上主義があるかもしれませんが、現在のハイブリッドな仕事の文脈では、ソフトスキルを持つシニア層が重要な役割を果たしています。シニア層に対する批判は、企業がシニア層の能力開発に投資し続けることで容易に克服することができると考えられています。

企業、特に人事部門は、シニア層を最大限に活用し、組織に組み込むための戦略イニシアチブを開発することが得策です。たとえば、世代間の知識伝達を促進するメンタリングプログラムや、シニア層に対してパートタイムでの雇用を提供することで柔軟な労働時間を実現し、継続的な能力開発を支援することが考えられます。特にパンデミック後の不確実な時期において、シニア層を戦略に組み込むことは解決策の1つとなるでしょう。ただし、シニア層の雇用において最も課題となるのは報酬です。公正で柔軟な報酬体系を導入することで、企業はシニア層の雇用に対するコスト増を適切に管理できるでしょう。高齢化する労働力人口への対応は、フランスでも大きな議論となっています。

(※1)フランス独自のエリート養成高等教育機関。大学とは異なり、厳しい選抜試験などがある
(※2)会員1000人、フランス語圏20カ国が参加している

取材・TEXT田中美紀(客員研究員)、村田弘美(グローバルセンター長) 
PHOTO=小田光(photographer)

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