シニア層雇用促進、フランス企業の取り組み

2024年05月22日

73%が具体的な対策を打ち出せず

フランスではシニア雇用率の低迷が続いている。コンサルティング会社Oasys & Cie が2023年5月に公表した調査「シニア層の雇用状況(※1)」によると、73%の企業が「シニア雇用問題に関して具体的な方針を打ち出していない」と回答し、21%が年齢に関連する偏見をなくすための対策の実施を「検討」するにすぎないということが明らかになった。景気減速や競争力維持のプレッシャーにより、企業はリスクを回避し、経験よりも若さを重視する雇用を優先する傾向がある。しかし、高齢化社会の進展に伴い、シニア層が労働市場にもたらすメリットを理解する企業も増えている。フランスでは、中高年の雇用促進策がいくつか採用されており、以下でその一部を紹介する。

トレーニングに力を入れる

高齢者サービスのDomusViでは、全従業員へ平等に研修機会を提供することを目的に、公共機関と協力して1200のトレーニングコースを提供している。アップスキルとリスキル、資格取得、学位取得を目指すすべての人が対象である。DomusViでは、シニア層に対する取り組みを成功に導くためには、若年層をどのように取り込めるかも同時に考慮する必要があると考えている。

CSR(企業の社会的責任)の積極的な取り組みで知られる広告代理店The LINKSは、シニア層が新しいデジタル技術を学ぶことはできないという固定観念から完全に脱却すべきと考えている。そのためDX(デジタルトランスフォーメーション)、データ、AIなどの技術研修を提供している。The LINKSは、外部の専門家の意見を取り入れることで成功を収めており、シニア層対応に関してはDE &I(多様性、公平性、包摂性)系のスタートアップと協業している。

Orange(通信)は、充実したシニア層向けのアップスキルプログラムを提供しており、新しいデジタル技術やワークスタイルへの適応を容易にすることを目指している。また、キャリアの終盤における柔軟な働き方を支援するため、パートタイム勤務への転換なども認めている。

アンケート、憲章、PRキャンペーンなどで啓蒙活動に取り組む

AXA本社の画像

AXAは大規模な匿名社内インクルージョン調査を実施している。2022年に初めて調査を実施した結果、55歳以上の従業員が「ほかの世代よりも排除されていると感じている」という事実が明らかになった。数値的には、報酬や研修へのアクセスに顕著な問題はなかったが、原因を追求すると、この年齢層における社内でのモビリティに問題があることが判明した。

シニア層に対するステレオタイプは無意識の偏見として根付いていた。これはマネジャーだけでなく、55歳以上の当事者たちも自らを自己検閲していたことが浮かび上がった。この問題を解決するため、多数世代でのワークショップを実施し、インクルージョン政策を抜本的に改善した。さらに、ステレオタイプを打破するためのコミュニケーションキャンペーンも同時に行われ、「勇気に年齢は関係ない」というメッセージが広まった。また、50歳を超えてからキャリアを再開発したシニア層のパーソナリティが担当するポッドキャストも非常に人気を博している。

一方、The LINKSは、インクルージョン憲章を採用している。ハンディキャップ、男女の平等、多世代交流、LGBTQIA+、社会間・文化間のテーマを含む5つの領域をカバーし、包括的なアプローチを目指している。この憲章はあらゆる差別を排除し、中立的なマネージングを推進し、多世代がともに生きるための10のコミットメントを定義している。すべての従業員が日々この憲章を実践し、具体的な行動を提案することを奨励している。

メンター制度を重視する企業の取り組み

BNPパリバは、シニア層の経験や専門知識を若手社員と共有するメンター制度を含む包括的なキャリア管理政策を展開している。この取り組みにより、世代間のスキルが強化され、競争力やクリエイティビティの促進につながっている。さらに、キャリア終盤における就業方法やリタイア準備のためのワークショップも開催している。

一方、ロレアルではシニア層の豊富な経験を生かして、積極的に戦略やプロジェクトに参画している。50歳以上の従業員にはメンタリングプログラムが奨励され、新入社員のメンターとしてリーダーシップが委託されている。異なる年代の従業員同士の補完性が企業の競争力に寄与している。

ロレアルで注目すべきプログラムは、「リバース・メンタリング」である。若手従業員がシニア層に対して、知識や視点を伝授するこのプログラムは、英語に強い若手がシニア層にレッスンを施すなどの活動を通じて、ステレオタイプを打破し、年齢や役職、勤続年数などにかかわらず、すべての従業員が学び、成長し、成功を収めることができる環境を築いている。

工夫に富んださまざまなアイデア

保険サービスのGroupe VYVは、シニア層に対する無意識の偏見を取り除くために「インクルージョン・ビザ」という認証システムを導入している。研修を通じて無意識の偏見を理解し、インクルージョンの効果を高めている。この制度は競争力の向上や、紛争解決における利点が多いことが明らかになっている。

ネスレ・フランスは、報酬レベルを維持したままほかの部署への異動を可能にするプログラムを提案している。シニアとなると給与が高い水準に達することが多いが、報酬を減らしたくないため、合わなくなった仕事を無理に続ける人も多い。このプログラムにより、給与レベルの低い業種に異動しても、これまでの報酬が100%維持される。導入以降、全従業員の10%がこの制度の恩恵を受けている。

ミシュランでは、シニア層の身体的能力に合わせて職場環境を調整している。物理的な負荷を軽減し、労働条件を変更して職業生活をできるだけ長く続けられるような環境を作り上げている。

SNCF(フランス国鉄)では、ほかの部署への異動を容易にするためのアップスキル・プログラムに力を入れている。さらに、シニア層が年齢を重ねても働き続けられるように、労働負荷を希望と能力に合わせて調整している。政府支援の世代間契約(※2)は、多世代間での知識伝承を推奨するために提供されている。

シニア層を中心的に雇用する

オフィスで働くシニア男性の画像

公共事業大手のNGEグループは、経験とスキルを重視し、優秀な人材であれば年齢はまったく問わないという方針で知られている。2022年には45歳以上の人材を420人以上採用し、現在も積極的にシニア層を雇用している。キャリアの第3・4フェーズにあるシニアも多く採用しており、その経験と専門知識を生かしている。「重要なのは候補者の年齢ではなく、彼らの行動力なのです」と人事部長のパヴィ氏は断言する。

若い世代は新しいことにも躊躇せず挑戦できると一般に思われがちだが、一方、シニア層は自身のノウハウやスキルが役立つことに生きがいを感じている。また、職業によっては、瞬時の判断力が求められる場面もあるが、これには長年培った感覚に近い経験が必要である。パヴィ氏は最近の年金改革の懲罰的アプローチについて「高齢者雇用に対する制裁よりも、インセンティブや支援を導入すべきだ」との考えを示している。このような取り組みはヴァル=ド=マルヌ県の「45歳以上の雇用認証(※3)」を受けて実行している。

最後に

シニア層は雇用差別の影響を受けやすいため、政府は、企業におけるシニア層の雇用を促進するためのさまざまな措置を検討している。具体的には下記のような取り組みが行われている。

  1. シニア指数(※4)の創設:企業におけるシニア層の雇用を評価する指標を導入し、雇用促進を目指す。
  2. CDIシニア(※5)の導入:60歳以上の長期失業者の雇用を奨励する。
  3. 年金受給開始年齢の遅延:財政改善のために年金受給開始年齢を遅らせ、高齢者の経済的・社会的貢献を評価する。
  4. 高齢者の労働市場への統合と定着:年齢差別と立ち向かいながら、高齢者を労働市場に完全に統合することを目指す。

 

これらの取り組みにより、シニア層の雇用環境が改善され、雇用促進へとつながっていくのであろう。

(※1)2023年5月23日に公表されたOasys & Cieによる、200人のCEOと人事部長を対象にした調査 : https://oasys.fr/2023/06/09/emploi-des-seniors-les-entreprises-font-elles-fausse-route/
(※2)若者とシニア層の雇用を促進するための措置 : https://www.lexpress.fr/economie/emploi/emploi-des-seniors-les-entreprises-francaises-peu-mobilisees-XFSQCQXNVFD37B3MMIQUIJ4YI4/
(※3)ヴァル=ド=マルヌ県が設立した「45歳以上の雇用認証」制度とは、企業が特定の基準を満たし、45歳以上の雇用を積極的に促進していることを証明するための認証制度。この認証を取得することで、企業はシニア層の雇用に対する取り組みを強調し、社会的責任を果たしていることをアピールすることができる
(※4)年金改革の一環として政府により提案されたシニア指数は、企業のシニア層(55〜64歳)の雇用を促進するために導入が検討されている。1000人以上の従業員を抱える企業が対象
(※5)CDIシニアもしくはキャリア終了時のCDIと呼ばれる雇用契約は、60歳以上のフランス・トラバイユに登録されている求職者を対象に5年間のテスト期間が施行される。年金を受ける条件を満たした時点で、雇用主のイニシアティブによる退職手続きが可能性として検討されている : https://www.capital.fr/votre-carriere/cdi-senior-age-des-beneficiaires-date-de-fin-du-contrat-ce-que-propose-le-medef-1494000

TEXT=田中美紀(客員研究員)

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