“ありのまま”と“何者”のはざまで。若者キャリア論2020第6回 「若者が活躍できる日本」になるために。社会はどうあるべきか

21世紀の日本は「若者減少社会」でもある。そんな中で未来を担う若者がファーストキャリアをつくるために、どのような社会であるべきだろうか。これまでと大きく視点を変え、キャリアのダイナミズムやスモールステップを生み出す「若者が活躍できる日本」になるための企業や社会の方向性を提起する。

キャズム理論と若手のキャリアの奇妙な一致

今回の調査で判明したいくつかの事実の中で、筆者が最も興味深く感じたことが、マーケティングで用いられるイノベーター理論・キャズム理論(※1)との整合性であった(図表1)。

図表1:キャズム理論と若手社会人のキャリアの分布
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図表1の通り、第2回で整理したグループ分類の比率は、キャズム理論の理論値と奇妙に一致している。例えば、グループ1の割合は20.5%であったが、これはキャズム理論におけるイノベーターとアーリーアダプターの合計値16.0%に近い。グループ2は30.1%であったが、こちらもアーリーマジョリティの34.0%に近い。さらに、個人のキャリア上の行動で最も難度が高いことのひとつであろう「起業した経験がある」若手は2.9%であったが、イノベーターの2.5%に近似している。
こうした“キャズム理論的な”若手のキャリアの状況について解説をつけるとすれば、図表2のようになる。

図表2 若手社会人のキャリア分布の整理
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起業や団体創設を実際にやったすごい人であるイノベーターは少数であるが、越境などの目に見える新しい取り組みをしているアーリーアダプターを合わせれば20.5%と一定の規模となる。
キャズム理論の枠組みで考えれば、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に大きな「キャズム」があることとなる。本調査でいえばグループ1とグループ2の間となる。グループ1とグループ2の間にはキャリアの状況に大きな差があり、そしてその背景に行動量の差やスモールステップの有無があった。この結果は、まさに「若手社会人のキャリアにおけるキャズム」の発見と言えよう。

これからの若手育成のために

この「キャズム」を埋めるために若手自身の試行錯誤の要因分析を第3回で行ったが、彼らの取組を支え、前向きなキャリアへと促すために社会や企業には何ができるのだろう。新しい若手育成はどのような思考法で考えればよいのだろうか。
今回の調査や、調査に基づき実施してきた専門家との対談企画などの結果を踏まえて、ポイントを整理してみよう。

①留意すべき前提:どんな会社であっても、若手は様々
今回の調査で明らかになった、すべての企業経営者・人事が認識しなくてはならない点は、「どんな大企業であっても、若手社員のキャリア状況は混在している」ということだ。
第2回で明らかにした通り、若手のグループ分類において、企業規模や居住地、また初任給などは全く関係がなかった。つまり、“就職ランキング”などで人気がある、誰もが知る都市部の大企業であろうが、地方の中小企業であろうが、そこで働く若手には、グループ1もいれば、グループ2も、グループ3の若手もいる。
この分類ごとに、仕事への姿勢やキャリア観は全く異なるため、当然のことながら、有効な手立ても異なることに留意する必要がある。

②見守るべき若手と手をかけるべき若手を分ける
キャリア移動の要因分析で明確になったのは、キャリアの現状に応じて有効な手立てが異なることであった。グループ2やグループ1の状況にいる若手にとって重要なポイントであるスモールステップについて考えてみよう。

スモールステップは個々人が「今自分ができる一番小さな取り組み」を考えるアプローチであり、ある程度のキャリア自律性が身についてきた若手にとっては有効に機能していると言える。
特にグループ1のようなスモールステップが習慣化している若手にとって、企業の過剰な介入や、「こうあれ」というキャリアモデルの提示はむしろ逆効果であり、スモールステップの量を減退させてしまう可能性が高い。つまり、「見守るべき若手」であると言えよう。

他方で、行動量が不十分であり、スモールステップも起こせていないが起こせば変わることができる状態にあるグループ2のような若手にとっては、スモールステップを起こすことがキャズムを越えるポイントとなる。
こうした若手には、まだ動き始めていないスモールステップの機会を付与する。つまり、「手をかけるべき若手」であると言えよう。

まず、育成を考える前に少なくとも「見守るべき」と「手をかけるべき」のどちらを対象とするのか、を考える必要がある。

③見守るべき若手に対しては、「場」だけつくる
見守るべき若手に対して、企業ができることはあるだろうか。
もちろん、父権主義にならず押し付けがましい介入は避けるということが鉄則であるが、スモールステップによる好循環を促すことはできる。
例えば、スモールステップの要素(※2)に自身の今後の意欲・やってみたいことをアウトプットする「自己開示」がある。この「自己開示」について、行動している若手でも所属する会社や職場、同僚に対して行っているケースは多くない(逆に、SNSで職場の人以外に発信しているケースは散見される)。企業や職場として応援できることがあれば本業へも貢献ができる。「BBL(ランチ勉強会)(※3)」や「業務以外の活動報告会」など、若手が軽快にアウトプットできる「場」を設けることで、好循環を起こす手助けができる。
また、同期や年齢が近い若手などと“横の関係”で切磋琢磨する場を作ることも可能である(※4)。「研修生店舗」や「新人選抜プロジェクト」などの取り組みが育成目的で行われている通り、上下関係による「指導」ではなく、同期や同僚など横の関係で、若手が成長やアウトプットの場を運営できるのであれば、企業側はフォローアップや社外に出る成果物への最低限のチェックといった限定的な役割を期待されることになる。

④「手をかけるべき若手」に対しては、行動のための“言い訳”をつくる
企業はグループ2の若手には、業務の延長上にあるようなスモールステップを提供することができる。講演・イベントへの出席、研修への参加、業務割合を指定した社内での副業などがこれにあたるだろう。また、社外の人との飲み会支援として、“月々定額”を支援する企業の事例もある。こうした支援を組み合わせることで、スモールステップのきっかけを積極的に付与できる。
企業がある程度強制力を持って機会を提供する。これにより、これまで成長やキャリアアップに繋がる取り組みについて「それは“意識高い系”がすること」とどこか他人事だった若手でも、「会社のプログラムだから」「上司が行けと言ったから」という“言い訳”ができる。この“言い訳”は行動のための言い訳であり、重要なきっかけとなる潜在力がある。

なお、上司・マネージャーの業務として、育成的支援を部下への「介入」と位置付け、部下の自律性を育むジョブアサインメントとして整理することができる。この「介入」的ジョブアサインメントの中で、「一緒に振り返る」ことが効果が高いことを示唆する研究がある(※5)。つまり、スモールステップの要素であった、「内省」「振り返り」は上司が促すことができる。対象となる若手を誤らなければ、こうした“強制力”は有効であると言えよう。

キャリア形成は決して誰か特別な人のためだけのものではない。自分の小さな一歩で変えることができるのだ、という気づきを積極的に与えていくことがポイントである。

21世紀の日本が、真に豊かでわくわくする国になるために

冒頭でキャズム理論と若手社会人のキャリア分布の類似性について触れた。
この分布がキャズム理論と最も異なることは、キャズム理論で取り上げている消費性向は“時間が経っても変わらない”が、キャリア分布は時間が経つにつれ、“だんだんと「イノベーター」や「アーリーアダプター」が減少している”ということである。
現状の日本のキャリア形成においては、もしかすると就職活動の時点が最もアンテナが高く、最も行動量があるのかもしれない。だとすれば、非常に残念で、かつ社会的に極めて危険な状況である。

しかし、こう考えてみよう。
もし、グループ1と呼称しているキャリアづくりの「イノベーター」や「アーリーアダプター」の割合が、社会人となった後も、“増え続けていったら”どうだろう。
若手はSNSやメディアの過剰な情報により焦り・惑わされることなく、自分がありのままでいられるキャリアに気づき、その分野で何者かになっていくとともに、付加価値の高い仕事ができるようになっていく。同時に自身の知る世界が広がることで、分野横断的・企業組織横断的なイノベーションが活発になる。

こうした真に豊かでわくわくする社会をつくるための最初の一歩が、スモールステップであると考える。
それは、スモールステップに、「キャズムのジャンプ(ここでは、グループ2→グループ1の移動)」を促す効果が観測されているからである。

若手のスモールステップを促すためにできることは多い。
現在、行政により全国各地で副業マッチングイベントや相談会が開催されている。しかしその場に来ることができる若手は全体のほんの一部であることを忘れてはならない。スモールステップを下敷きにしたワークショップの開催などを“一歩めのプログラム”とすることで、副業などの能動的なアクションをする若手のすそ野を広げることができる。
また、こうした動きは変動の激しい産業社会におけるセーフティネットにもなる。1社で終身働くことが難しい以上、個人の職業人生を最終的に守るものは自身の自律的なキャリアである。失業による悪影響に先手を打つためには、失業してから対応策を取るのではなく、職のあるうちに自律的なサイクルを構築することが有効であることは言うまでもない。
スモールステップに立脚した循環をつくるための、企業や個人のキャリア投資に対して、社会政策として積極的なインセンティブを付与することは大きなポイントとなるだろう(※6)。

自分ができる一番小さな行動

最後になるが、筆者もスモールステップに着想を得た、若手向けのワークショップを策定しようとしている。もちろん、それが社会的に必要であろうと考えているためだが、「自分ができる一番小さな行動」として思いついたのがそれだったためだ。

この思いつきに限らず、今回の結果が、正解なき中でモヤモヤもがいている若手社会人を、ちょっとでも前に向かせることができたら、そしてちょっとした行動に繋がる気づきになったら、と思っている。
その「ちょっと」が、キャリアを劇的に変えていくのである。

(※1)新しい商品やサービスの市場への普及過程を5つに分類したイノベーター理論について、初期市場を形成するイノベーター・アーリーアダプターとその後の市場について大きな溝(キャズム)があるとし、その溝を越えることが重要であるとした理論。
(※2)スモールステップの5つの要素については第5回を参照。
(※3)BBLはBrown Bag Lunchの略で昼食を取りながらのミーティングのこと。
(※4)若手の横の関係での育成については法政大学大学院石山教授との特別対談も参照。
(※5)リクルートワークス研究所,2019,「マネージャーによるジョブアサインメント 部下の自律的な行動を促進し、チームの成果を高めるマネジメント方法」P.13
(※6)イギリスでは2000年代に、自己の能力開発などに使うための定額給付を行う「キャリア口座」政策により国民のキャリア形成を促そうとしている。しかし、現金給付を基本としていたため、不正利用が相次ぎ、政策としてはうまくいかなかった。