人事トップ30人とひもとく人事の未来デンソー 執行職 総務・人事本部副本部長 岩井一浩氏

制約を取り払い権限を分散することで0から1を生む組織に

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 御社は今、人事施策に関して、より従業員を大切にし、エンプロイーエクスペリエンス、エンプロイーサクセスを重視する方向に舵を切られたという印象があります。まずはこうした動きの背景にある経営環境の変化について現状認識を教えていただけますか。

岩井 今、当社には3つの波が同時に来ています。第1の波は、先の見通せない時代にどのように道を切り開いていくかを自分で考えていかなければならなくなっているという、世の中全体に訪れているコアな波。第2の波は、100年に一度の自動車業界の大変革、いわゆる「CASE(Connectedコネクテッド、Autonomous自動運転、Sharingシェアリング、Electrification電動化の略)」です。第3の波は、我々独自のものですが、品質の立て直しが課題になっているという点です。
今まで当社は、カーメーカーから部品やサブシステムに対する要求仕様をいただき、その要求仕様にどう応えるかを一生懸命考え、実現することで利益を生み出してきました。つまり、「WHAT」はお客さまが決めて、私たちは「HOW」を究めるというビジネスモデルでした。しかし、もはやこのビジネスモデルでは先が見通せなくなっているのです。

石原 具体的にはどのようなことが起きているのでしょうか。

岩井 そもそもクルマは右肩上がりでどんどん売れ続けるのか、という問題がありますよね。あるいは、クルマがインターネットで外部と接続する「コネクテッド」が進んでいくと、クルマそのものに求められる機能、性能も外とのつながりを前提に考えないといけなくなります。このような変化の渦中では、カーメーカーでさえも答えは見つけられていないわけです。お客さまのニーズに応えながらも、私たちが自分で答えを見つけていくことが求められる。加えて、従来品の生産・供給に関しても変化を迫られています。コネクテッドや自動運転に対応して、今までにない機能をクルマに付けるにはその分お金が余計にかかります。従来の部品をそのままの値段で買っていると、カーメーカーのコストが膨らんでしまい、最終的にはカーユーザーさまにご負担を強いることになってしまう。そのため、従来部品ももっと安くということが今まで以上に求められるようになっています。

非連続的な変化を起こせる 次世代リーダーを育てる

石原 自動車以外の分野に進出する動きもあります。

Densosama_sub1.jpg岩井 当社は、2020年に「Reborn21」という変革プランを策定しました。そのなかでは、今後当社が市場としていく分野について3つのキーワードを示しています。第1のキーワードは自動車を含む「モビリティ」。第2は「モノづくり」、第3は「ソサエティ」です。「モノづくり」とは、工場の生産性を向上させる技術の支援ですね。「ソサエティ」はもっと広く社会に貢献するような取り組みを考えていますが、特に重視しているのが農業です。例えば、ビニールハウスの温度管理などは工場の管理と通じるものがある。そこに当社が蓄積してきたテクノロジーを活かせます。また、当社が得意とするロジスティクス、ものを冷やす技術などもフードバリューチェーンに応用できると考えています。

石原 まさにビジネスモデルが大きく転換することになります。そこで人事はどのような役割を担っていくのでしょうか。

岩井 いずれも私たちにとっては大きなチャレンジです。先ほど言った通り、これまではお客さまの求める答えをいかに効率よく生み出すかが大事だったため、そこに向かって全員が一丸となるマネジメントをしてきたわけです。しかし、これから求められる非連続的な変化を生み出すには、従業員ができるだけ自由に発想することが必要です。人事はそれをサポートし、失敗が許容され、チャレンジが称賛される組織にしていかなければいけません。人を見る座標軸が効率からクリエイティビティに変わる、ともいえるでしょう。

石原 具体的にはどんな制度・仕組み作りに取り組んでいらっしゃいますか。

岩井 今、象徴的に取り組んでいることの1つは次世代のリーダーの育成です。グローバルに「この人に将来会社を引っ張っていってほしい」という人を選抜して、新しいタイプのリーダーを育てるプログラムを実施しています。プログラム修了後にはそれまでに経験のない仕事に取り組むことを条件に参加してもらいます。外部の講師に「デンソーの社員は何が強くて何が弱いですか」と聞くと、「決められた領域で効率的に仕事をするのに長けている。その意味では非常に優秀。しかし、0から1を生み出す、新しいことをやるという熱量とか力強さ、発想力は弱いかもしれない」とやはり言われてしまうのです。

石原 まさに先ほどからの問題意識の部分を、外部の専門家からも指摘されてしまった形ですね。

岩井 いわゆるオペレーショナル・エクセレンスを評価するカルチャーを変えていかなければならないわけです。そのためにはリーダー層の人たちが自ら変わり、古いカルチャーを壊すことが重要だと考えています。彼らがそういう経験をするように会社として仕掛けていけば、次第にそれが当たり前になる。プログラム受講と異動を含めた新しい仕事へのチャレンジをセットにしていることに関しては、各部門からの抵抗もありますが、そこは、社長を含めたトップの強い意思を示すことが重要です。「彼らは全社人材であって、部門のために彼らをどうしたいかではなく、会社のために彼らをどう育てるかということにプライオリティを置いてください」というメッセージを強く伝えています。

石原 部門長が部門最適を考えて優秀な人材を囲い込もうとすると、組織的には部門の縦割りやサイロ化が起きてしまう。ある部分から先の人材は、全社人材なのだと認識してもらうことが必要です。そのためには全社人材を自分の部門から輩出できたトップが評価されるというように、カルチャーを変えていかないといけませんね。

適性のない人にライン長をやらせてはいけない

岩井 また、マネジメントに進む人はもちろん、道を究める人も大切にしなければなりません。私は個人的に、プロには「束ねるプロ」と「究めるプロ」という2つのプロがあると考えていて、「究めるプロ」についても会社として認定する制度を設けています。
当社には、技師、工師というポジションがあります。技術や改善活動などを究めた人を高く処遇しようというもので、約10年前に作りました。技師はいわゆる技術のプロフェッショナルで、工師は現場の溶接やプレスなどの専門技術に長けた人を認定します。そうすることで、技術を究めた人たちにもきちんと光を当てて、活躍する個を会社として一生懸命サポートしていくというメッセージを伝えています。
日本の人事制度は、課長、部長といったライン長が厚遇され、地道に道を究めてきた人に日が当たりづらくなっていたと思うのです。それを意図的に崩して、尖った人材をちゃんと認めていこうということですね。0から1を生み出そうとすると、そういう人たちの頑張りは欠かせないですから。
それを上手に束ねてマネジメントする「束ねるプロ」の役割もますます重要になっています。丸いものをいくら束ねても丸いものしかできませんが、尖ったものをうまく束ねれば面白い形のものができますからね。その意味でも、私は、適性のない人にライン長をやらせない、ということがとても大切だと考えています。

石原 そうなると、ライン長の適性とは何かという話になってきます。年功序列を基本形とする日本の企業はそこを可視化するのも苦手なのではないでしょうか。

岩井 おっしゃる通り適性をどう測るかというのは課題です。求められるリーダー像が部門ごとに違うということもあり、人事が一律のものさしを押し付けるのは違うと考えています。最後に判断するのはやっぱり部門。人事はそれを助けるために制約条件を取り除き、判断材料を提供はしても、現場を縛ってはいけないと強く意識していますね。

石原 ここもとても難しいところだと思います。現場のトップは部門の事業を大きくするというミッションを持っていますから、革新をイメージしながら人選するには現場のトップの方々に深い見識と、全社を見る視野が必要になりますね。

岩井 その通りだと思います。まずは上に立つ人たち、つまり役員クラスの人たちが同じ認識を持って臨まないといけないというのがすべての出発点。そのため、2020年の秋に社長の指示で全役員参加のオフサイトミーティングを開催し、会社としてどうやって革新的な人と組織を作っていくのかという目線合わせを行いました。企業が生まれ変わるためには、経営戦略、人材戦略のどちらもが両輪として必要です。いくら素晴らしい経営戦略を描いても、それを実行する人と組織がなければ絵に描いた餅になってしまいますから。

今ある人的リソースを最大限に活かした変革を

石原 経営に資するという面で、人事には何が求められていると思いますか。

Densosama_sub2.jpg岩井 今までの人事は、均質的な集団を問題がないように調整するという役目だったのではないかと思います。しかし、経営に資する人事機能ということになると、人を管理・統制するのではなくて、持っているアビリティや意欲を一人ひとりが最大限に発揮できるように、いかに助けるかにシフトしていかなければいけないと考えています。一律にこれをやりなさいというのではなく、一人ひとり、あるいは部門それぞれに寄り添って考え、きめ細かく接することが大事になってきますね。当社には半導体を作っている部門もあれば、エアコンを作っている部門もある。その多種多様な業種・業態を1つの制度やルールで束ねていくことにはやはり無理がある。人事がすべての事業を一律にコントロールする時代ではないし、やってはいけない。かえって成長に蓋をするリスクがありますから。
例えば、デンソーのなかに複数の勤務ルールがあってもいいわけです。どんな事業でも共通する人事機能に関しては集中して持っておくべきですが、各事業の特性によって違っていい機能はどんどん分散していくべきだと考えています。現場にとって最適な制度、仕組み、ルールをそれぞれ独自に作っていくことが必要になるのではないかと。

石原 それではまさに今、人事の世界で注目されている「ビジネスパートナー」の役割が重要になってきますね。各事業のトップのニーズ、描いている将来像に合わせて、この事業部にはこの制度が必要でしょうと計画し、本社人事と交渉できる人材を作っていくことも、これからの人事には必要ですね。ところで、「Reborn21」を掲げて変革を仕掛けていくなかで、若手人材に関してはどんなことをお考えですか。

岩井 まず、採用では、コース別を増やし始めています。技術部門の半分くらいはポテンシャルコースですが、残り半分の人たちは電動化エンジニアコースとか半導体エンジニアコースといった事業部門で分けるコース別採用です。事務系の採用でも営業職という専門コースを設けています。そこには「会社を選ぶ」のではなく「仕事を選ぶ」人たちに来てもらいたいというメッセージを込めています。
それから、入社後の育成に関しては、できるだけ異質な世界に飛び込んでいく機会を提供していこうと考えています。例えば、試行的な取り組みとして、当社が出資・提携しているスタートアップ企業で当社の若い社員を1~2年働かせてもらうということも始めています。コンフォートゾーンから出て異質な領域での経験をすることによって、若手は大きく成長できると思いますから。

石原 今日のお話で、リーダー層から若手に至るまで、様々な施策を打つことによって、会社が変わろうとしているというメッセージを全従業員に伝えていこうとする御社の姿勢がよくわかりました。

岩井 まだまだ道半ばではありますが、私たちが目指すのは、年齢や性別、出身国にかかわらず、全従業員が総活躍できる組織作りです。それをしっかりと後押しできる人事機能でありたいというのが根本にありますね。

石原 すべての方々がポテンシャルをいかんなく発揮して最大限に活躍する、これがタレントマネジメントの本質だと思います。急激な変革が必要なときでも、日本の企業は人を半分入れ替えるとか、切り捨てるということを簡単にはしないわけですから、今あるリソースで最大の成果を上げるためにどうするかが肝になります。

岩井 私たちは今いる人たちで頑張る、それを会社としてサポートするということを何より大切に考えていますね。未経験の分野について勉強したいという人がいれば、その機会を提供して希望を叶える、アップデートする個を後押しする組織でありたい。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、デンソーという会社が競争力を持ち続けるためにも、その気持ちだけは絶対に忘れない、守るべきことだと考えています。

デンソー 執行職 総務・人事本部副本部長 岩井一浩氏
1986年に日本電装(現デンソー)に入社。2009年にデンソー・マニュファクチュアリング・イタリアに赴任。2016年にデンソーコーポレートセンター秘書室長。現在は執行職として秘書室、人事部、総務部、健康推進部、製作所を担当するとともに、特例子会社のデンソーブラッサム社長を兼任。

text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康