人事トップ30人とひもとく人事の未来 AGC 常務執行役員 人事部長 簾孝志氏

早期選抜を推進し ファシリテーター型のリーダーを育成

聞き手/奥本英宏(リクルートワークス研究所 所長)

奥本 御社のグローバル展開は、日本企業のなかではかなり早かった印象があります。

 そうですね。1956年、インドにガラス製造会社を作ったのが最初で、それ以降、タイ、インドネシアと、アジア各国で事業を開始。その後1981年のベルギーを皮切りに、ヨーロッパでの展開も始まりました。転機になったのが、2002年のグローバルカンパニー制の導入です。それまでは「旭硝子(当時)と各子会社」という形だった経営組織を、グローバルレベルで、事業別のカンパニー制に変えたのです。

奥本 当然、各カンパニーのトップを含む経営者の育成が急務になったのではないでしょうか。

 はい。2004年に、現在の「経営人財育成プログラム」を創設しました。例えば、事業部長クラスが対象のグローバルリーダーシップセッション(GLS)、シニアマネジャークラスが対象のグローバルリーダーシップジャーニー(GLJ)があります。
「ハイポテンシャル人財」のなかから、次の経営人財の有力候補として参加者が登録され、育成のため、タフアサインメント(困難な職務)が課されます。本社部門の要職、各カンパニーの長など、30のグローバルトップポジションを目標にして、配置・育成を図ります。現在の執行役員は、全員GLSに参加した経験を持ちます。

将来の経営者候補をリスト化。配置と育成方法を毎年検討

奥本 そうした育成には社長をはじめとする役員も関与するのですか。

 もちろんです。最近はCEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任者)の3名がハイポテンシャル人財と接する機会を意図的に増やし、人となりを含め、よく知ってもらっています。

奥本 そうはいっても、御社の社員は世界30カ国で5万5000名にもなります。GLSやGLJの候補者を選ぶ段階では、しっかりとした仕組みが必要だと思うのですが。

 そうですね。まず、各部門長が自部門内で候補者を探し、リストにします。その部門長とCEO、CFO、CTO、そして人事部長の5名で、人選の適否と、それぞれの配置や育成計画について、2時間ほど話し合います。これを部門ごとに毎年繰り返し、リストも更新されていきます。

奥本 どのような資質を持った人を選んでいるのでしょうか。

 我々は2009年にAGCのリーダーに求められる能力と資質を明確化し、8つのコンピテンシーを設定しました。それらを備えている人かどうかを見ています。
コンピテンシーとは具体的には、チームを率いるのに必要な「動機付けとコミュニケーション」「目標達成への導き」「人財の見極めと開発」「ダイバーシティを活かす」の4つ、自己を高めるのに大切な「革新」「チャレンジ」「インテグリティ」「情熱」の4つ、計8つです。その下には計43の具体的行動も定義しました。
近年は環境変化が激しさを増しているため、これらのコンピテンシーを基盤に、「ファシリテーター型リーダー」であることを求めています。

奥本 ファシリテーター型とは、どのようなリーダーですか。

 以前の当社の経営は、1つの事業や特定の技術に詳しい専門家型の人財が担っていました。そうした専門家のトップではなくとも、幅広い視野を持ち、様々な知見と経験を有する人たちの意見を吸い上げ、まとめていくリーダーを、現CEOの島村琢哉がファシリテーター型と呼んでいるのです。

「人財で勝つ」をスローガンに 社長自ら人材育成に注力

奥本 島村CEOは人の育成に本当に熱心ですね。

AGC_sub.jpgのサムネイル画像 そうですね。2015年に社長になって以降、「人財で勝つ」をスローガンにすえました。各自が持てる能力を最大限に発揮する。その総和が強い組織を作り、そのことにより、戦略や目標が実現され、さらにそれが会社と個人の成長を後押しする。これが「人財で勝つ」ということです。
「リーダーとは『人の心に灯をともす』人であり、人間としてぶれない、驕らない人であるべきだ」というのも島村の持論です。

奥本 トップにそこまで明確なメッセージを発してもらうと人事としても心強いですね。

 その通りです。さらに、「人財で勝つ」ためのアプローチとして、ここ数年、CEOとCFO、CTOが、様々な拠点に個別に赴き、社員との直接対話を実施しています。2019年には、CEOの島村は海外を含む40拠点に出向き、計120回、社員との対話会を行いました。

奥本 自らがファシリテーター型リーダーとして下からの意見に耳を傾けるわけですね。そうした姿勢は次のリーダーにも自然に受け継がれていくのでしょう。
こうした人重視の姿勢は、島村CEOが作ったものでしょうか。

 そうとばかりも言えません。AGCのDNAだと思います。前社長の石村和彦(現取締役)も「人は力なり」と言い続けてきましたから。

リーダー候補をまず選び 適切な機会や場を与える

奥本 経営人財育成の最近の課題は何でしょうか。

 選抜早期化の推進です。当社の人事制度上は35歳で事業本部長にも就任できます。しかし、現実には出てきていません。
この改善のため、2017年から「ヤングポテンシャル人財」という仕組みをスタートさせました。35歳以下の優秀な若手約50名をノミネートし、経営陣ならびに各部門長にその存在を知ってもらい、同様に部門横断のタフアサインメントを課していきます。このノミネートは固定的なものではなく、リストの人財は積極的に毎年更新していっています。

奥本 なぜ選抜を急ぐのでしょう。

 先ほども述べた通り、複数の地域や事業部門、あるいは事業部門とコーポレート部門といったように、マルチな経験を有する人財からAGCのグループトップは選ぶべきです。様々な部門でキーポジションを3年程度は経験してもらいたい。となると3部署では9年はかかる、ということになります。
つまり、9年という時間を意識すると、トップに就くことを見据えた意図的な異動は40代前半から始めないと、経営者として第一線で活躍できる時間が限られてしまう、あるいは体力、気力面で不安を抱えてしまうということです。今の社長の島村をはじめ、現在のトップ層の多くが40代前半から、事業に責任を持つ経験を積んできました。そのことも、この仕組みを作った背景にあります。

奥本 たとえ仕組みを作ったとしても、部門横断の人事というのは、言うは易し、行うは難しでしょう。

 はい。部門長は優秀な人財ほど自部門で囲い込みたいものです。それは当然だと思いますが、いったん、外に出すことが本人にとってはもちろん、AGC全体にとって大きなメリットがあるということを理解してもらうべく、努力しています。

奥本 ところで、リーダーは育つもの、それとも育てるものでしょうか。

 人事としての永遠の問いですね。どちらも真実ではないかと。つまり、自ら育ちそうな人をまず選ぶ。その後、しかるべき機会や場を用意し、育てていくしかないと考えます。

*本ページにおいてはAGCの表記にしたがって、「人材」を「人財」としています。

AGC 常務執行役員 人事部長 簾孝志氏
1983年、旭硝子(現AGC)入社。エンジニアリング部門でガラス製造設備建設などに従事。インドネシア駐在、ディスプレイガラス事業部門を経て、2010年エンジニアリングセンター長。2016年執行役員人事部長、2019年より現職。

text=荻野進介 photo=刑部友康