人事トップ30人とひもとく人事の未来キッコーマン 常務執行役員 CHO(最高人事責任者)人事部長 松﨑毅氏

人事制度の新潮流を常に把握し、経営の判断に先んじて準備

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 2020年は多くの企業がコロナ対策のためにリモートワーク導入に踏み切りましたが、業種や職種によっては難しさもありました。製造業である御社ではどのように対応されたのでしょうか。

松﨑 2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される予定でしたから、当社では2016年から在宅勤務の準備を進めていました。少なくとも東京本社全体で在宅勤務を実施する体制は整っていたため、比較的スムーズに移行できたと思います。

石原 営業職や工場勤務のみなさんはどのようにされたのでしょうか。

松﨑 営業はリモートワークへの移行が難しい職種です。しかし、緊急事態宣言解除後もお客さまから「訪問は避けてほしい」と言われることも少なくありませんでしたから、それに対応した新しい営業の形を模索しなければなりません。これは今後の課題の1つですね。工場に関しては、密を避けるなどできるだけコロナ対策を施し、従業員の安心安全に配慮しながら稼働しています。

先を見通せば、必要な新施策はおのずとわかる

石原 松﨑さんは2017年からCHOを務めていらっしゃいます。CHOとして、経営に対してどのような役割を担っていらっしゃるのでしょうか。

松﨑 CHOは経営のコアの部分におり、人材という面から経営に対して積極的に提言することが重要な役割です。そのため、人事や人材への取り組みに世の中でどういう流れが生まれているのかは常に把握しています。もちろん、当社のような伝統的な組織が、何でもすべて最先端の流行を取り入れるのが適しているとは思えません。経営陣も、決してそれを望んでいるわけではないのです。最先端のことを学びつつ、それをもし当社で展開するなら、と想像して準備だけは先んじてしておく、というのが重要だと考えています。

石原 今日はまさに「経営に資する人事とは」というテーマのお話を伺いたいと考えているのですが、今おっしゃったことは非常に興味深いです。そのような新しい制度の導入に関して、近年、御社では、どのような事例がありましたか。

松﨑 定年延長ですね。人事にも様々な流れがあるなかで、先んじて取り組むべきものとそうでないものの取捨選択は重要なポイントですが、定年延長に関しては、優先的に取り組むべき課題として認識していました。人事では3年前から注目してリサーチをしており、1年半ほど前に、経営陣としても重要性が高いとの共通認識ができてから一気に導入に向けて動き出しました。社員の将来のキャリアにも関わる重要な問題なので、労働組合との調整も丁寧に進めており、なかなか簡単にはいきませんが、ようやく運用の目処がついてきました。
この例のように経営判断があったときに、しっかりと対応できるようにしておくということが非常に重要ですね。

少数精鋭型研修を通じて 役員候補にDNAを注入

石原 新しい制度を導入するときに、松﨑さんご自身が重視していることは何でしょうか。

松﨑 何よりもまず、スピードです。私は「60点主義」とよく部下に話します。新しい制度を作ろうというときに、各担当レベルで80点に仕上がるまで待っていると、どうしても時間がかかりすぎてしまう。60点でいいから早く立ち上げて、まずはオープンな状態にして、動かしながらみんなで考えていこうという方針です。

石原 今の時代に合った考え方ですね。80点になるまで待っていたら遅すぎるという感覚はよくわかります。人事は、給与など社員の生活に直結する部分に関わりますから、一般的には慎重になりやすい面があります。

kikkoman_sub.jpg松﨑 まさにそうですね。人によっては「丁寧に仕事をするのが人事だ」と言いますから。もちろん慎重になったほうがいい業務もあるので、そこは人事の機能を切り分けて考えるべきでしょう。
人事にはいろいろな機能がありますが、大きな機能は2つ。1つは、まさに今日議題に挙げられた、経営に資する戦略機能ですね。こちらはスピード感を持って取り組むことが求められます。もう1つはオペレーションです。給与の支払い、人事管理、教育・研修などはミスが決してあってはならない仕事なので、慎重さが求められます。人事は、役員や社員からいろいろな視点で見られており、人事に言いたいことは10人いれば10通りあると言っても過言ではありません。それぞれを説得するには、そのつど機能の違い、役割の違い、ねらいの違いをきちんと説明してアピールしていくことが大切です。

石原 御社は代々創業家から社長を輩出し、「DNA経営」を進めてこられましたが、2000年代に入って創業家以外の方が社長になるケースも出てきています。経営人材の輩出には、人事はどのように関わっているのでしょうか。

松﨑 サクセッションプランは、経営が力を入れて行っていることの1つです。その手前で、将来の執行役員となる人材プールを作ること、そのプールに入る人たちを育成することが、人事の重要な役割になっています。

石原 すると、経営者候補の育成が人事の役割ということでしょうか。

松﨑 おっしゃる通りです。当社では、通常の階層別研修とは別に、「グローバル×経営」の両方に対応できる人材の育成を目指した少数精鋭型の「未来創造塾」という研修を行っています。ステージ1は35歳前後の社員が対象で、課長クラスの管理職の育成が目標。ステージ2は45~55歳くらいの社員が対象で、こちらはキッコーマングループの役員の育成が目標。ステージ1は社長が、ステージ2は名誉会長が塾長を務め、キッコーマンのDNAを未来のリーダーに引き継ぐ機会となっています。

役員候補を目利きできる 知見と経験が求められる

石原 役員候補について、松﨑さんが意見を求められることもあるのでしょうか。

松﨑 当然あります。CHOに求められることの1つは、「役員の候補者がいないか」と尋ねられたときに、きちんと答えられるようにしておくことです。周囲の評判や、考課などの人事データも大切な情報ですが、それでもできる限り、現場や研修に積極的に顔を出し、直接情報収集するように心がけています。CHOには人を見る目、鑑定する目が求められます。単にその人材を知っているだけではなく、組織に対して適切な人材かどうかを自分で説明できる知見と経験が必要とされますね。

石原 経営人材の「目利き」としての機能を持つということですね。ビジネスの内容や会社の戦略がわかっていないと、適切な判断ができないということにもなります。

松﨑 まさにそうですね。会社が改革期にあるのか、安定期にあるのかでも求められる役員像は変わりますから。

石原 CHOとして今後の課題と考えていらっしゃることは何ですか。

松﨑 データの活用です。人事は会社の各部門の情報を集約し、有機的に結びつけることができる組織。データこそ人事の強みです。今までも業務改善などにデータを活かしてきましたが、これからはAIも活用して、経営の意思決定に関わる提案ができるようにしていきたい。今はそのための検討を進めている段階です。

キッコーマン 常務執行役員 CHO(最高人事責任者)人事部長 松﨑毅氏
1981年にキッコーマン入社。大阪支店・京都営業所で10年の営業経験を積み、人事部門へ。2008年に人事部長に就任。2013年には執行役員に。2017年、常務執行役員CHO(最高人事責任者)に就任し、現在に至る。

text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康