研究員の「ひと休みひと休み」見落とされそうな課題を拾える研究者になりたい──孫亜文

リクルートワークス研究所presents「研究員の『ひと休み ひと休み』」は、研究員が「何を考えているのか」「どんな思いで研究活動をしているのか」、そんな研究員の「生の声」をお届けするPodcast番組です。
第4回は、研究員・アナリストの孫亜文に話を聞きました。本コラムでは、収録音源から抜粋した内容をご紹介します。
※podcast番組はぜひこちらからお聴きになってください。

転職・採用にまつわる「思い込み」の存在を明らかにしたい

――「『労働移動』を再考する」という研究をやりたいと思ったきっかけは?

孫:私は普段は、全国就業実態パネル調査(通称JPSEDという個人調査の調査設計や分析を担当しています。約5万人の同一個人に、毎年ほぼ同じ設問を聞き続けているという調査で、変化を捉えることができるというのが特徴です。この調査を使って、日本の働き方に関するレポートなども出していますので、その過程で国の統計なども参考にしているんですが、総務省の「労働力調査」で転職の状況の長期的な変化を見ていたら、「転職者数は大きく増えていないのに対して、転職希望者数は年々増えている。特にこのコロナ禍の時期を挟んで大きく増えている」という状況が分かってきました。このデータだけを見ると、転職を希望している人が転職できていないように思えるんですが、本当にそうなのかをうちの全国就業実態パネル調査を使って見てみよう、となって、皆でやってみたんです。それで転職希望者の翌年の転職率を出してみたら、わずか13%だった。87%の人は転職していない、という結果になったんですね。これはなぜなんだろう、というのが、この「『労働移動』を再考する」プロジェクトに取り組むきっかけになりました。

――「労働移動」の研究を進めていく中で、おもしろいエピソードなどがあれば教えてください。

孫:このプロジェクトはデータ分析だけでなく、企業へのヒアリングも行っているんですけど、両方に共通しているのが「転職・採用にまつわる『思い込み』の存在を明らかにしたい」ということなんです。データ分析のほうでは、「転職希望者はどの段階でつまずいているのか」を明らかにするというのとは別に、これまで言われていた「転職にまつわる都市伝説」の検証もいろいろとやっています。たとえば「ブランクがあると転職しづらい」とか、よく耳にする「35歳限界説」、35歳を過ぎるとなかなか転職しづらい、転職したとしても年収が上がらない、といったようなことが言われていると思います。そういった言説の真偽をデータを使って確かめよう、ということです。やっている我々も楽しく取り組めるように「都市伝説」という言葉を使っています。

――信じるか信じないかはあなた次第、というやつですね。個人的にも、この35歳限界説を受けて24歳で転職したんで、この真偽はすごく気になります。

孫:気になりますよね。昔はこう言われていたことでも、今は案外、そうじゃないかも?というような感じです。転職する人にもいろいろな条件が各個人の背後にはあって、我々の今回の分析でも100%それらの条件を整理して証明する、というところまでは行けていないのですが、全体の傾向としては、ブランクとか35歳限界説以外にも転職回数が多い場合や非正規から正規へ転職する場合は難しいのか、女性は男性より転職が難しいのか、など、迫れるところまで頑張って迫ってみました。報告書では、そういった都市伝説を明らかにしたいというのももちろんあるんですけど、今の転職にどういった課題があるのかを、データを使ってしっかり示していきたいという課題提示も目的の一つに置いています。ぜひ一度、報告書をご覧いただけると嬉しいです。

――研究をしていてグッとくる瞬間はありますか。

孫:仮説が証明されたときはグッとくるかな……と思いつつ、グッとくるというより楽しさを感じる瞬間のほうが多いし、私としては大事にしている部分です。楽しさを感じる瞬間というのも研究の中でいろいろあるんですけど、私の場合は日常生活の中で起こった出来事について、もしかしたら裏でこういうことがあるんじゃないか、この出来事とあの出来事はこういう関係性があったらおもしろいんじゃないかな、というのを考えたり、同じチームのアナリスト同士で出てきた仮説に対して、ああでもないこうでもない、と話をしたりしているときなんかは楽しいなと感じます。それがないとやっていても挫けてしまうし、楽しい瞬間は大事だなと思います。

日常生活を大切に送り、日々の出来事から研究の種を探す

――研究をする上でのこだわりはありますか。

孫:少しずれるかもしれないんですが、日常生活を大事に送る、日常での出来事を大事にしたいというのがあります。研究の源泉は人それぞれで、負の感情やマイナスの出来事をとっかかりとして研究に繋げるという人も多いと思うんですが、私の場合はそれよりも日常のちょっとした引っかかりとか疑問、そちらのほうがモチベーションにつながるなと感じています。誰もが目に付くような課題、というのはいろいろとあると思うんですが、既に誰かがそれに取り組んでいることが多い。それに自分も一緒に取り組むことにも価値はあると思うんですが、みんながその課題に向かってしまうと、ぽろぽろと見落とされてしまう課題というのもあるんじゃないかなと。私としては、見落とされがちな課題を拾えるような、そんな研究者になりたいなと思っている部分があるので、だからこそ日常生活に散らばっている引っかかりポイントを大事にしています。

――孫さんは人の行動観察をするのが好き、と聞いたことがあるんですが、どういう視点で観察しているんですか。

孫:小さいときからシャーロック・ホームズが好きで、ミステリー系の小説ばかり読み漁っていたんです。ホームズのように、誰かの様子を見て、その人がどういう道筋をたどってきたのかとか、その人が何に困っているのかとか、そういうことまで分かるような才能はないんですけど、道行く人々を見て、この人とこの人はこういう関係性なのかなというのを考えたりします。旅行に行ったときには飛行機とか新幹線で通りがかる街を見て、その街に暮らす人々が通うスーパーは、どこにあってどういう手段で行っているんだろう、もしお店がなかったら、隣の街までどのくらいかかるんだろうとか、そういうことをぼーっと考えるのが好きなんです。研究につながる話なんてあるのかと思われるかもしれないんですけど、案外そういう中から見えてくるものがあったり、普段の日常生活では至らない考えにたどり着けたり、なんでこうなんだろうと調べてみることで知らない世界を知ることができたりもしますし、そういうところから興味関心を広げるタイプですね。日常の中から見落とされがちな課題を拾ったり、その種を探したりできる、そんな研究者になりたいなと思っています。

――ありがとうございました。

孫亜文
一橋大学経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は労働経済学。2015 年にリクルートワークス研究所へ入所。全国就業実態パネル調査(JPSED)に立ち上げから参画し、以降毎年の調査設計、実施運営、集計分析を担当する。働き方の定点観測「Works Index」レポートの発行や、データ分析を基に社会人の学び・シニアの就労・ハラスメント・副業といった各テーマの研究にも携わる。2022年からは「『労働移動』を再考する」プロジェクトリーダーとして、労働移動を阻害する要因分析を定性・定量の両面から行った。

「労働移動」を再考する
https://www.works-i.com/project/mobility.html
全国就業実態パネル調査
https://www.works-i.com/surveys/panel_surveys.html

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