中高年社員ならではのリスキリングの探索50代社員も海外でインターンシップ スウェーデンの企業におけるリスキリング戦略

スウェーデンは世界デジタル競争力ランキングで毎年上位を維持しており(※1)、デジタル先進国としての地位を確立している。OECDは、国の政策や国民のスキルを基に加盟国がデジタル技術をどの程度活用しているのか、また今後の活用が期待できるかをスコアボードにまとめており、スウェーデンは「基礎的なデジタルスキルが不足している55~65歳の割合」の低さを含む5項目において、上位25%に入っている(※2)。この結果を基に、OECDは「スウェーデンの職場はデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでおり、労働者はデジタルツールを使いこなしながら非定型業務を遂行している」と報告している。

スウェーデンの労働者がデジタルツール活用において高く評価されている背景には、政府が成長産業への労働移動を促進し、充実した職業訓練と柔軟な労働市場を提供していることがある。スウェーデン政府は1950年代から「積極的労働市場改革」を進め、衰退産業を救済せずに成長産業への労働者の転職をサポートするための職業教育制度を整備してきた。その結果、労働者は学び直してキャリアチェンジする環境を享受している。また、職業教育学校の6割は民間企業が運営しており、ビジネスセクターのニーズに合わせた、即戦力の人材を育成している(※3)。スウェーデン統計局は2004年以前に民間セクターでのテクノロジー人材やエンジニア不足を予測し、政府から民間企業へ従業員のスキルアップとリスキリングを促す施策を展開してきた(※4)。このように、企業と労働者は、デジタル産業の成長を早期に認識し、デジタライゼーションに適応できるスキルの習得に努めてきたと言える。

企業の取り組み

スウェーデンでは企業がDXを推進するなかで、整理解雇に関するルールが中高年層のリスキリングを促進している。企業は職場内での異動を試みた後、勤続年数の短い従業員から解雇対象とする「ファーストイン・ラストアウト」の原則がある。さらに、再雇用の際も最後に解雇された人から再雇用する原則がある。欧州諸国の中でもスウェーデンでは年功が最も重視されるため(※5)、中高年層が職場にとどまる可能性が高く、企業にとってこの年代のリスキリングが重要である。実際、厚生労働省の海外情勢報告(2017)によると、職場の従業員訓練を受けた労働者の割合は、25~34歳が57%、35~49歳が57%、50~64歳が52%と、年齢による差はない(※6)。このように、スウェーデンは中高年も巻き込みながらデジタル先進国となった。企業はリスキリングにどのように取り組んでいるのだろうか。

プロジェクトでは、スウェーデンの2つの企業でリスキリング推進者にインタビュー調査を行った(図表)。これらの企業は、本社が海外にあるグローバル企業のスウェーデン支社だが、本社とは独立したデジタル戦略とリスキリング戦略を立てている。学習コンテンツや実践の機会についてはグローバル企業が持つリソースを活用している。

図表 調査協力企業の業種、従業員規模と45歳以上の従業員の割合調査協力企業の業種、従業員規模と45歳以上の従業員の割合

具体的な取り組みとして、下記のようなリスキリングに取り組んでいる。

  • 製薬会社P社:全国の法人営業職に対するデジタルスキルの底上げとオンライン営業のスキル研修
  • 自動車エンジニアコンサルティングT社:自動車設計に関わるデジタルスキルの更新

両社は異なる業界に属しているが、共通してニーズやトレンドの変化が速く、安全面の条件が厳しいことが指摘されている。ただし、P社は自社で医薬品の開発・製造・販売を行っており、一方でT社は取引先である自動車メーカーの都合により社員が使用するデジタル技術が決まる立場にあるため、リスキリングの計画に違いが見られた。

P社:グローバル企業の利点を生かし、中高年もインターンシップに参加する

製薬会社P社は、長期のビジョンに基づいてリスキリングに取り組んでいる。経営層は2050年に必要な人材を検討し、それまでに人材を確保するために年に数回議論を重ねながら事業所ごとの戦略を策定している。全従業員に人材開発プランが作成されているが、個々の従業員は上司と相談しながら、今後5年間で力をつけたい領域や経験を選び、必要に応じてジョブローテーションや異動を行っている。

具体的な取り組みとして、法人営業職全員に必須のオンライン営業スキルは、2022年に同社が開講したデジタルアカデミーで研修をしている。この研修によって仕事そのものは変わらないが、デジタル化が進む業務において、コンプライアンス順守など試験に合格しなければ遂行できない業務がある。

一方、個人のキャリアビジョンに合わせて受講できる任意のコンテンツは、グローバルで統一された学習システムで提供している。コースが豊富であり、ミドルシニアにとって自分にふさわしいコースを選ぶ際には、HRからアドバイスを受けることもできる。

研修後の実践機会については、スウェーデン支社は規模が小さく異動先が限られているため、ジョブローテーションや海外オフィスでのインターンシップを活用している。たとえば、50代の従業員が米国でインターンシップに参加するケースもあり、HRディレクターのA氏は「ミドルシニアは子育てがひと段落着いたからこそ新たな挑戦をしやすい」と評価している。このような経験は、心理的安全性を高める意図もある。A氏は、「リスキリングの際は、熟練のミドルシニアも『わからない』と言いやすい風土があることが重要です。組織間で連携することで、互いに知らない知識があると実感します。従業員はデジタル領域を含めてさまざまなスキルを持つ人から学び合うなかで、心理的安全性を高めて互いの能力を生かせるようになります」と説明した。

T社:機動力が求められる事業で中高年のエンジニアを重宝している

コンサルティング業のT社は、派遣するコンサルタントに必要なデジタルスキルを取引先から指定されるため、長期的なデジタル戦略を立てることは難しい。取引先の要望に基づいて、最新のスキルをコンサルタントに習得させて派遣する機動力が不可欠である。自動車製造業界では、車の設計に必要なサーフェスデザインや3Dモデリングの技術が日々進歩している。また、安全性の必要条件も頻繁に変わり、新しい技術が次々に開発されている。T社では、顧客から新たなデジタルスキルを要求されると、従業員を外部の研修に送る。多くの顧客の要望が共通してくると、グローバル本社のラーニング・センターと連携して社内で戦略的にスケールアップする。研修後に顧客先で行う業務や製品の試験が、実践の場となっている。

T社はコンサルタントの経験値を重視しており、40代以上の人材が多く活躍している。顧客は、若いコンサルタントは新しい技術のキャッチアップが速いと考え、好むことがあるが、HR担当者のE氏は、中高年社員のソフトスキルを高く評価している。「経験豊富な中高年のコンサルタントは、若手社員のメンターとしてサポートできるだけでなく、ストレス耐性が高く、あらゆるトレンドを見て失敗から学んできた教訓があるため、失敗を恐れない傾向にあります」(E氏)

中高年社員に長期間活躍してもらうために、リスキリングが重要

スウェーデンで調査した2社は、特に変化の激しい業界で、ミドルシニアの私生活の状況や長い職務経験を「強み」と捉え、スピード感を持ってリスキリングを実施している。中高年社員全員が積極的にスキル習得に取り組んでいるわけではないが、企業にとっては貴重な労働力であり、年齢を問わず活躍を続けてほしいと期待していた。「定年年齢の67歳でキャリアが終わるわけではありません。本人に意欲があれば、この会社で働き続けて新たな挑戦をできることを、実例を通じてインスパイアを与えています」(製薬会社P社A氏)。企業は、ミドルシニアが労働市場で今後も長く貢献する人材であることを認識し、一歩を踏み出した中高年社員の成功事例を社内で共有することで、前向きなリスキリングの文化を根付かせることができるだろう。

聞き手・執筆:石川ルチア

(※1)IMD(2023)World Digital Competitiveness Ranking - Sweden. 2021年と2022年は3位、2023年は7位であった。
(※2)OECD(2019)‟Chapter 1. Overview – Skills-related policies to work, live and learn in a digital world”, OECD Skills Outlook 2019 Thriving in a Digital World
(※3)日本経済研究センター(2019)「スウェーデンの『トランポリン型社会』に学ぶ
(※4)OECD (2004) “Developing Highly Skilled Workers: Review of Sweden”.
(※5)労働政策研究・研修機構(2014)「序章 欧州諸国の解雇規制の概観」資料シリーズ No.142 欧州諸国の解雇法制 ―デンマーク、ギリシャ、イタリア、スペインに関する調査―
(※6)厚生労働省(2017)「第3章 スウェーデン王国 (Kingdom of Sweden)」海外情勢報告