中高年社員ならではのリスキリングの探索海外におけるミドルシニアのリスキリング状況

海外では2022年ごろから、国際労働機関(ILO)などの国際機関や各国の政府機関、学術研究において、ミドルシニアのデジタルリスキリングの必要性と難しさについて議論が行われてきた。ミドルシニアは変化を嫌う、学習意欲あるいは学習能力が低い、若年者よりも人件費が高い、という年齢による先入観やバイアスがあるために、リスキリングにおいて不利な状況にあるというものである。

バイアスは、企業の採用や昇進昇格、能力開発の活動に影響を与えている。たとえば米国では、企業が組織再編の際にミドルシニアの職を多く削減することや、欧州ではミドルシニアには能力開発を意図した研修よりも早期退職優遇制度で退出を促す戦略をとる傾向があるとUrban Instituteの研究で指摘されている(※1)。研究では、若年と比べてミドルシニアのほうが業務に必要なITスキルを持っていない、学習意欲・能力が低いといったことの裏付けは得られていない(※1)。

ミドルシニアのキャリアチェンジが進んでいる兆し

一方で、海外では年齢のバイアスが軽減していることも示唆されている。ILOのレポートによると(※2)、アプレンティスシップ制度(職場での職業教育訓練)は、従来は若年を中心に実施していたが、現在は米国や英国をはじめとする19カ国で対象者の年齢制限をしていない。フィンランドでは、同制度への新規参加者の約38%を40代以上が占めている(図表)。

図表 フィンランドのアプレンティスシップ制度への新規参加者(年齢別、2018年)

フィンランドのアプレンティスシップ制度への新規参加者

出所:International Labour Organization2022)“Adapting Apprenticeships for the reskilling and upskilling of adults”

これは、キャリアチェンジするミドルシニアが少なくないこと、その際に現場での実践を含む学び直しの機会が活用されていることを表しているといえる。同レポートでは、企業がミドルシニアをアプレンティスとして受け入れるメリットは、十分な社会人経験とソフトスキルを持っていること、子育てが終盤に近づいていて転居が少ない傾向にあるなどによって、離職する可能性が低いことが挙げられている。

失業者をデジタル人材へ転換する施策が存在感を増している

また各国で、テクノロジー業界での職務経験がないミドルシニアを対象に、デジタル人材に転換するプログラムが行われている。たとえば、McKinseyが設立した独立系NPO Generationのシンガポール支部は、Microsoftとともに#GetReadySGを立ち上げ、シンガポール政府と連携して職業訓練を実施して、失業者をクラウドサポートやDevOpsエンジニア、データアナリストなどに養成している。参加者1000人超のうち、40%がミドルシニアである(※3)。参加費は1万5000シンガポールドル(約160万円)で、通常は補助金が70%下りるが、40歳以上の参加者には90%が下りる。参加者は3カ月間のブートキャンプと6カ月間のアプレンティスシップでスキルを磨く。修了後はメンターが付き、面接や職務経歴書作成の訓練を受け、企業とのネットワーキングイベントに参加し、就職活動を行う(※4)。

このように、海外では失業者がデジタル職に再就職するための官民連携の職業訓練については、情報が広く開示されている一方、企業内で働くミドルシニア層に対してどのような取り組みが行われているかは、実態が明らかになっていない。本コラム連載では、ドイツとスウェーデンの企業に注目し、インタビューに基づき、ミドルシニアのデジタルリスキリングがどのように行われているのかを紹介する。

日本との共通点が多いドイツと、人材のデジタルスキルが総じて高いスウェーデン

ドイツと日本には、高齢化によって労働力不足が深刻化している、勤続年数が長い、解雇が難しい、製造業を主要産業としている、といった共通点がある。ドイツで最も労働力人口が多い年齢層は40~59歳で27.3%を占め、60歳以上も含めると、ミドルシニア以上が56.7%と過半数を占める(※5)。また、ドイツでは勤続年数が10年以上の雇用者が40.3%おり、日本の45.9%に近い(※6)。ドイツ政府は2011年に「インダストリー4.0」を掲げ、製造業でのデジタル変革に着手しており、それに伴ってリスキリングの知見が蓄積されていると考えられる。

スウェーデン政府は「積極的労働市場政策」を展開しており、斜陽産業から成長産業への労働移動を促すための職業訓練を積極的に行っているため(※7)、非デジタル職の社会人が学び直してデジタル職へとキャリアチェンジする土台がある。IMDの「世界デジタル競争力ランキング」では、2019年から2022年の間に3度3位に位置しており(※8)、国民全体のデジタルスキルが相対的に高いことがうかがえる。そこで、「中高年社員のリスキリング」プロジェクトでは、この2カ国の企業計6社に聞き取りを行い、中高年社員のリスキリングに関わる課題と取り組みの内容について調査した。次回からは、国ごとに企業のデジタルリスキリングの取り組みを紹介する。

(※1)Urban Institute(2022)‟Skills-Based Hiring and Older Workers
(※2)International Labour Organization(2022)‟Adapting Apprenticeships for the reskilling and upskilling of adults” アプレンティスシップの対象年齢に上限を設けていない国は、オーストリア、カンボジア、カナダ、中国、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、エジプト、インド、ジャマイカ、韓国、マラウイ、セネガル、南アフリカ、スイス、タンザニア連合共和国、トルコ、英国と米国の19カ国。
(※3)McKinsey & Company (2022) “Reskilling older workers for new careers in tech
(※4)#GetreadySGのHPにはプログラムの詳細が記載してあり、SkillsFuture Singapore には補助金対象者の条件が記載してある。
(※5)ドイツ連邦統計局(2022) https://www.destatis.de/EN/Themes/Society-Environment/Population/Current-Population/Tables/lrbev01ga.html  
(※6)厚生労働省(2022)「令和4年版 労働経済の分析 -労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題-
(※7)日本経済研究センター(2019)「スウェーデンの『トランポリン型社会』に学ぶ
(※8)IMD(2023)World Digital Competitiveness Ranking  2023年はオランダや韓国が順位を上げ、スウェーデンは7位になった。