「働く」の論点マネジャーの仕事の変化を「感情労働」の観点から考える 筒井健太郎

マネジャーの機能不全が問題視されて久しい。筆者が認識している限り、そうした指摘がなされてからすでに20年以上の時が経過している。その主たる要因はマネジャーにのしかかる過剰な負担にあるのだが、企業・人事がさまざまな対策を進めているにもかかわらず(※1)、抜本的な解決を見ないまま今日に至っている。結果的に見れば、これまでは“何とかなっていた”ということなのかもしれない。しかし、いよいよ“どうにもならない”状況になりつつある。その兆しはマネジャーの負荷の質的な変化に表れてきている。本稿では今日のマネジャーが置かれている状況について「感情労働」の視点から深掘りしていきたい。

実務調査に見るマネジャーの過剰な負担の実態

今日、マネジャーが直面している苦境に関する記事やコラムを目にしない日はない。そうしたマネジャーが置かれた状況を指して、「受難の時代」(リクルートマネジメントソリューションズ, 2017;パーソル総合研究所, 2020)、「罰ゲーム化」(パーソル総合研究所, 2023)、「部長・課長の残酷」(ダイヤモンド, 2023)などとシビアに表現される機会が増えてきた。その主たる要因は、過重なマネジャーへの負担にある。ただ、これまでは、経営・人事からマネジャーに対して、「増加する負担を自らの手で何とかできるはずだし、何とかしてもらわないと困る」といった期待が先行し(※2)、その対策が後回しにされてきた。マネジャーの過重な負担の問題について、経営・人事とマネジャーとの間で認識のギャップがあったのだ。しかし、いよいよ看過できない状況になってきている。リクルートマネジメントソリューションズ(2024)の調査では、2020年の調査開始以来で初めて、人事もマネジャーも、「ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」ことが、最も優先度の高い組織課題だと認識していることが指摘されているのだ。

それほどまでに、今日のマネジャーの負担を高めている要因は何であろうか。前述した調査(リクルートマネジメントソリューションズ, 2024)によれば、マネジャーは、難しいマネジメント業務として、「メンバーの育成・能力開発をすること」(56.0%)、「メンバーの仕事に向けたやる気を高めること」(42.0%)、「メンバーの心身のコンディションのケアをすること」(40.0%)を挙げている(※3)。また、パーソル総合研究所(2019)でも同様の実態が指摘されている。そのなかでは、マネジャーの負担感を高めている組織的な要因として、「部下マネジメントの困難」「新しい組織課題への対応増」「コスト削減要請」「業務量の増加」の4つが挙げられている。特に、「部下マネジメントの困難」の影響が大きく、さらにその先の要因として、「部下との世代間ギャップによる意思疎通の困難」「部下のメンタル問題への対応増」「部下の離職の増加」が挙げられている(※4)。

これらの調査結果を見てみると、部下に対して、“繊細な”「気配り」や“細やかな”「心配り」が求められるようになっているマネジャーの姿が浮かび上がってくるのではないだろうか。こうした役割期待の高まりが、今日のマネジャーの負担を高める要因の1つと考えられる。筆者自身、コーチやキャリアカウンセラーとして、マネジャーの悩みを聞く機会を数多くもってきたが、そのなかで、現役マネジャーから「カウンセラーみたいなことをしている」(※5)というコメントを耳にしたことが少なからずある。何とも今日のマネジャーの実情を物語った声ではないか。

学術研究に見るマネジャーの過剰な負担の実態

マネジャーが部下に対して「気配り」や「心配り」をする時間が増加していることは、学術的な研究のなかでも指摘されている。マネジャーの研究は、Mintzberg(1973;2009)を端緒に行動観察が中心になっているが、同様の枠組みで調査された一連の研究を踏まえて、今日のマネジャーの時間配分の内訳を明らかにしたVie(2010)による研究がある(図表1)。マネジャーの仕事の約8割を口頭でのコミュニケーションが占めていることがわかっているのだが(Mintzberg, 1973)、Vie(2010)では、当時から今日に至るまでに、その内訳がどのように推移しているかが示されている。そこでは、今日のマネジャーは、部下に対する「ケアと配慮」の時間が新たに加わったことが指摘されているのだ。

図表1 マネジャーの口頭コミュニケーションに占める活動の割合図表1 マネジャーの口頭コミュニケーションに占める活動の割合出所:Vie(2010)より筆者作成

期待が高まるマネジャーの「ケア」役割

ここで一度、マネジャーの役割の全体像を踏まえたうえで、上記の役割変化の位置付けを確認しておきたい。マネジャーの役割はこれまでにも多様に説明されてきているが、ここでは代表的な金井(1991)による枠組みを踏まえて確認する。金井(1991)によれば、マネジャーに求められる役割は「広義の人間志向のリーダー行動」「広義のタスク志向のリーダー行動」「対外的活動」の3つの上位次元、11の下位次元に分類される(図表2)。

図表2 マネジャーの役割図表2 マネジャーの役割出所:金井(1991)より筆者作成

この枠組みを踏まえてみると、今日のマネジャーの負担は、主に「広義の人間志向のリーダー行動」において生じているといえる。ここで着目していただきたいのが、この上位次元のなかに「配慮」が含まれている点だ。金井(1991)において、配慮は「部下の気持ちや立場を大切にすること」「部下の意見をかたよりなく聞くこと」「部下の悩みや不満を理解すること」などといった項目で説明されるものである(※6)。伝統的に見ても、マネジャーは部下に対して「気配り」や「心配り」をすることが期待されてきたのだ。しかし、今日のマネジャーに期待されている「部下のメンタル問題への対応増」や「メンバーの心身のコンディションのケア」は、もはや「配慮」というレベルを超えて、一歩踏み込んだ、“繊細さ”や“細やかさ”が求められる「ケア」にまで拡大してきている(※7)。

ケア役割がもたらすマネジャーの仕事の「感情労働」化

ケア役割の期待の高まりは、すでに一杯一杯な状態にあるマネジャーを、さらに苦しい状況に追いやることになる。こうした役割の変化を見過ごすことができないのは、それが単に量的な負担を増加させるだけではなく、質的な負担を高めることにもつながる可能性があるためだ。実際に、「マネジャーは、部下を配慮することは、部下マネジメント上の効果があることを実感している一方で、配慮することに心理的負担を感じている」(Vie, 2012)ことが指摘されている。とはいえ、必ずしもマネジャーが直面している質的な負担の中身は、十分に解明されているとはいえない。ここからは、「感情労働」の観点から、その実態に迫ってみたい。

ここで着目する「感情労働」は、「労働者が労働場面において、その職業や状況にふさわしい言動が求められ、常に自己の感情の管理を余儀なくされる労働形態」(山本・岡島, 2019)と定義されるものだ(※8) 。もともと、感情労働の研究は、店舗や販売といった仕事を対象にして始まったものだが(※9)、今日では、「顧客、あるいはサービスの利用者との接触時間がある程度長く、かつそれが一定期間継続されるような」仕事へとその対象を拡大している(※10)。これは「高度の感情労働」(崎山, 2017)と呼ばれ、代表的な職種として、教員や看護師など、対人援助としてのケアを中心とする仕事が挙げられる(※11) 。このように感情労働の研究は対象を拡大させているのだが、筆者としては、マネジャーもその広がりのなかで捉えることができるのではないかと見ている(※12)。

感情労働の構造

ここで、マネジャーの仕事が感情労働化している実態を解明するために、感情労働のモデルについて説明しておきたい。榊原(2011)によれば、感情労働は、“自然な感情経験”からずれた2つの演技により生じるものと説明される。1つは、「感情規則」を背景とした「深層演技」による“つくられた感情経験”であり、もう1つは、「表示規則」を背景とした「表層演技」による “つくられた感情表出”である(図表3)。

図表3 感情労働モデル図表3 感情労働モデル出所:榊原(2011)

なお、この感情労働のモデルのなかでは独自の用語が使われているので、簡単に補足しておきたい。まず、表層演技(※13)は「実際に感じている感情とは関係なく、対外的な感情の表し方や見せ方に関する管理や統制を行うこと」(関谷・湯川, 2014)と定義されるものだ。また、その背後では、仕事の場において明示的または暗黙裡に、社会的に適切とされる感情の表し方を定めた「表示規則」が働いていると説明される。なお、表層演技は、自然な感情経験とずれた感情表現が求められるため、大きな労力が必要になる(Grandey, 2000)。これが行き過ぎると「バーンアウト(燃え尽き症候群)」(※14)につながることが指摘されている(Bono & Vey, 2005)。
一方で、深層演技(※15)は、「その場面において社会的に、あるいは職業上望ましいと見なされる感情を実際に抱くべく、感情の感じ方そのものを意図的にコントロールしようとすること」と定義されるものだ。その背後では、仕事の場において明示的または暗黙裡に、社会的に適切とされる感情の感じ方を定めた「感情規則」が働いていると説明される。なお、深層演技は、適応的な対応と位置付けられ(Brotheridge & Lee, 2003)、ポジティブな効果を示唆する研究もあるが(Liu et al., 2008)、バーンアウトとの関連性も指摘されており(Bono & Vey, 2005)、必ずしも知見は一致していない状況だ。

マネジャーの裏で働く感情・表示規則

ここで一度、次の一文を読んでいただけないだろうか。

「マネジャーたるもの、不安などの感情を感じていても、それをストレートに表さず、言葉遣いにも、感情に中立な言葉が選ばれる」

これはJackall(1988)により示されたマネジャーの姿である。「表層演技」を求められているマネジャーの姿が端的に言い表された一文だ。その背後に、「マネジャーたるもの不安などのネガティブな感情を出してはいけない」とでもいうような「表示規則」の存在がうかがえる。

この指摘がなされたのは30年以上も前のことだが、読者の方々、とりわけ現役のマネジャーの方々の目にはどのように映るだろうか。ここで描かれているのは、感情をコントロールしようとしている“不自由な”マネジャーの姿である。その後、Goleman(1995)による「EQ(※16)」が火付け役となり、感情を“巧みに”マネジメントする大切さが着目されるようになったこともあり、Jackall(1988)が指摘したような “不自由さ”はないと感じているかもしれない。しかし、筆者の目には、今日のマネジャーは、当時とは異なる“不自由さ”に直面しているように映る。

マネジャーに求められる高度な感情のマネジメント

その主たる原因になっていると考えられるのが、冒頭から触れてきた「ケア」、すなわち、部下に対する“繊細な”気配りや“細やかな”心配りである。こうした要請が高まっている背景に、部下の心のコンディションのケアがあることを紹介したが、一口に心のコンディションといっても多種多様である。では、今日のマネジャーは、どういった心のコンディションの問題に直面しているのだろうか。

心のコンディションと聞いてまず思い浮かぶのが、“メンタルヘルス”のケアだ。メンタルヘルス不調の高まりは過去最高となっており(※17)、今後、マネジャーに対するケア役割の期待は高まることがあっても、低くなることはないだろう。過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所の割合は、毎年増加傾向にあり、直近の調査では「13.3%」となっている(厚生労働省, 2023a)。もはや、マネジャーがメンタルヘルスリスクを抱える部下をもつことは決して珍しいことではなくなっているのだ(※18)。そうしたリスクを抱える部下は、不安や憂鬱といったネガティブな感情の渦のなかにいる。彼ら彼女らと向き合うには、マネジャーには“共感”の力が求められる。ただ、気を付けないと “同情”に傾きかねない。それが行き過ぎてしまえば、マネジャー自身が“思いやり疲れ”に陥ってしまうリスクがある。マネジャーは、部下のネガティブな感情に巻き込まれないように、自分自身の感情を管理することが求められるようになっているのだ。

また、心のケアのニーズは、部下のポジティブな感情への対応としても高まっている。そうした状況は、組織・人材マネジメントにおいて注目されているキーワードにも見て取れる。例えば、 “ウェルビーイング”や“エンゲイジメント”、さらには、“心理的安全性”といったキーワードは、ポジティブな感情に関わる概念だ。感情は伝播(伝染)することがわかっているのだが、部下や組織のなかにこうしたポジティブな感情の状態を醸成するために、マネジャー自身、ポジティブな感情の状態でいることが求められる場面が増えてきているのだ。

そもそも組織は「情緒的な舞台」(Fineman, 1993)とされ、「感情の問題を抜きにして組織現象をとらえることはできない」(金井・高橋, 2008)ものだ。そのため、組織をみるマネジャーに、一人ひとりの部下やその集団を対象とする“感情のマネジメント”が求められることは、当然の期待ではある。しかし今日ほど、マネジャーに“高度に”感情のマネジメントをすることが求められる状況はなかったのではないだろうか。気に留められることが少ないのだが、マネジャーも1人の人間であり、当然に感情の浮き沈みがある。部下や組織の感情のマネジメントが求められる機会の増加は、マネジャー自身が“自然な感情経験”をする機会の減少につながる。今日のマネジャーは、「マネジャーたるもの、部下の前では親身で優しい存在であり、“繊細な”気配りや“細やかな”心配りをするものだ」とでもいうような、新たな規則のもとで、感情労働を余儀なくされているといえるのではないだろうか。

今、必要な“マネジャーに対するケア”

最後に、マネジャーの実態を感情労働の観点から見ることで、浮かび上がってくる大切な論点を説明しておきたい。それは、バーンアウト(燃え尽き症候群)の問題だ。前述の通り、感情労働はバーンアウトにつながる主たる要因の1つである。あまり知られていないかもしれないが、民間の調査では、マネジャーの半数以上がバーンアウトの状態にあると感じていることが指摘されている(ハーバード・ビジネス・レビュー, 2023c)。バーンアウトはメンタルヘルス不調との関連性の高さも指摘されており(cf. 入江, 2017)、憂慮すべき状態にある。
しかし、組織のなかで、“一般社員”が抱えるメンタルヘルスの問題は、対策や支援の対象になりはするが、“マネジャー”のそれは検討の俎上にすらのることが少ない。学術・実務のいずれの領域においても、マネジャーはメンタルヘルスをケアされる側ではなく、ケアする側であるといった認識に偏ってしまっているのだ(※19)。組織の精神的な支柱たるマネジャーのコンディションが崩れてしまうと、その影響が組織に波及してしまうため、想定以上に問題の根は深い(※20)。今こそ、経営・人事は、マネジャーに対するケアを真剣に考えていく必要がある。

深刻化するマネジャーの負担の解消策として、現時点で、筆者が考えている検討の方向性は大きく2つだ。まず1つは、マネジャーが精神的な悩みを相談できる環境をつくることである。民間の調査(e.g. ジェイフィール, 2022;タバネル, 2022)でも、マネジャーがこうした悩みの相談先をもてていないことが指摘されている。マネジャーも人間であるため、当然くよくよ悩むことがある。そうした姿も含めて“ありのまま”でいられたらマネジャーとしても健全なのだが、そうしたマネジャーの姿は、周囲の目に“リーダーとして相応しくない”と映ってしまうリスクがあることもわかっている(e.g.ハーバード・ビジネス・レビュー, 2020)。「自分らしさのパラドックス」と呼ばれるこうしたリスクが、マネジャーが精神的な悩みを抱え込んでしまう要因の1つなのだ。
こうした背景を踏まえると、利害関係のある上司や人事ではなく、利害関係のない者に相談できる仕組みづくりが重要になるだろう。その観点で、取り入れられる機会が多いのは「マネジャー同士が相談し合える場づくり」(※21)である。自然に任せるとマネジャーは孤立しやすいため、経営・人事から場づくりの働きかけをすることがポイントだ。加えて、「キャリアカウンセラーやコーチ等、相談のプロによるサポート」を取り入れることも効果的な取り組みになるだろう(※22)。

もう1つは、今日、特にマネジャーの負担を高めているケア役割を組織内で分担していくことだ。メンバーのケアの必要性が高まっているのは確かだが、マネジャーにカウンセラーのような役割まで期待するのはさすがに酷である。筆者自身がコーチ・カウンセリング経験を通じて感じていることは、そうした役割を担うには根本的な適性が必要だし、仮に適性があったとしても、実践レベルまでスキルを引き上げるのは容易ではないということだ。マネジャーには、部下のケアよりも部下の育成に集中できるようにすることが重要である(※23)。
なお、ケアと育成には明確な違いが存在する。それは育成の古典的な次の定義を見れば明らかだ。人材育成とは、「企業が戦略目的達成のために必要なスキル、能力、コンピテンシーを同定し、これらの獲得のために従業員が学習するプロセスを促進・支援することで、人材を経営に計画的に供給するための活動と仕組み」(Hall, 1984)なのだ。本定義のなかにある「戦略目的達成のために」といった前提が、ケアと人材育成を明確に分けるポイントである。ケアとして求められることは、必ずしもこの前提に立つものばかりではないだろう。この前提から大きく離れた役割の負担は、できる限り、マネジャーに負わせないようにすることが必要だ。そのために、企業・人事としては、メンタルヘルスだけなく、キャリアカウンセリングの専門家のネットワークを確保し、マネジャーと密に連携しながら対応できる体制を整えることが重要になってくるだろう。

本コラムでは、今日のマネジャーに生じている変化を「感情労働」の観点から見てきた。ここまでも述べてきたように、マネジャーの置かれた環境が厳しいことは確かである。しかし、こうした逆境に立ち向かうヒントが全くないわけではない。少しずつではあるが、その萌芽は見え始めてきている。膨れ上がったマネジャーの過剰な負担の問題にどう立ち向かっていくのか、関心のある読者の皆様とともに考えていきたい。

(※1)ただし、各種の調査(e.g.リクルートマネジメントソリューションズ, 2020;パーソル総合研究所, 2019)では、人事としてもマネジャーに対する支援が不足しているといった認識もあることが指摘されている。
(※2)坂爪(2020)は、上位の管理職が部下であるフロントライン管理職に対して、「『フロントライン管理職は、自律的であり、自分で考えて動ける人材である』という先入観をもち、それがフロントライン管理職に対する悪気のない放置や、自分自身でなんとか対処すべきだ、という機能不全をもたらす態度につながっている」という Longenecker and Gioia(1991)の指摘を引用したうえで、「(同様のことが)人事部にも当てはまるのではないか」と指摘している。
(※3)同調査(リクルートマネジメントソリューションズ, 2024)では、40%以上のマネジャーがマネジメント業務で難しいと思っていることは全部で6つあることが指摘されている。本文で記載した以外の項目は、「既存業務に取り組みつつ、新しい挑戦を行うこと」(50.7%)、「自部署の業績・目標を達成すること」(49.3%)、「効率化のために仕事の進め方などを改善すること」(46.0%)である。
(※4)ここに挙げたようなマネジャーの部下とのやり取りにおいては、一方通行のものから双方向的なものが求められるようになっていることが指摘されている(坂爪, 2020)。実際、双方向のコミュニケーションの場として、約7割の企業が1on1ミーティングを導入しているが(リクルートマネジメントソリューションズ, 2022b)、そのうちの4割強の企業が、本施策を導入したことで上司負荷が高まってしまっていると回答している。部下マネジメントの困難は、直接的に業務量の増加にもつながっているのだ。
(※5)マネジャーにカウンセラー的な役割が求められるという言説は、今日、特徴的に見られるものである。例えば、よく売れているマネジャー向けの書籍にも、小倉広(2021)『コーチングよりも大切なカウンセリングの技術』(日本経済新聞出版)といったものがある。
(※6)実際のマネジャーの「配慮」の測定にあたって、金井(1991)では、「部下の気持ちや立場を大切にしていますか」「部下の意見をかたよりなく聞いていますか」「部下の考え方や人柄を理解していますか」「部下の悩みや不満を理解していますか」「重要事項を進める前に部下の同意を得ていますか」といった設問が設けられている。
(※7)マネジャーの役割に関する研究のなかにおいては、「配慮」と「ケア」は厳密に使い分けられているわけではなく、「配慮」として一括りにされてきた(ただし、前述したVie〈2010〉のように、“Care and consideration”として、それぞれに別の言葉が当てられるケースも出てきている)。なお、ケアという概念は、学術的に多様に定義されるとともに、研究の蓄積により多義的になってきているため、厳密に定義することが難しい。そこで本稿では、「配慮」と「ケア」の違いを、“繊細な”や“細やかな”といった形容詞の有無で表現することとした。これらの形容表現を通じて、「マネジャーはそこまでやる必要があるのか」といったニュアンスを感じていただければと思う。
(※8)感情労働は社会学の領域で提唱された概念だが、その後、心理学の領域でも研究が進んでおり、「組織において望ましい感情を調整するのに必要な心理過程」(Zapf, 2002)とも定義されている。
(※9)感情労働の提唱者であるHochschild(1983)が研究対象としたのは、航空会社の客室乗務員や集金係であった。
(※10)なお、リクルートマネジメントソリューションズ(2022a)では、接客・サービス以外の職種(営業系・事務系・技術系のオフィスワーカー)においても、感情労働が行われていることが指摘されている。
(※11)高度な感情労働は、「何らかの専門知識を用いてサービスを行うことから、知識労働にも従事する仕事」(三輪, 2023)ともいわれている。
(※12)実務において、「リーダーの感情労働は見過ごされてきた」(ハーバード・ビジネス・レビュー, 2023a)といった指摘がなされるようになってきている。
(※13)Hochschild(1983)は、表層演技を「実際に抱いた感情を抑制し、あるいは別の感情を抱いているかのように振る舞うことによって、自分の外面的な感情表出の仕方を変える方略」と定義している。
(※14)厳密にはバーンアウトにおける3つの側面のうち「情緒的消耗感」である。これは、「仕事を通じて、力を出し尽くし、消耗してしまった状態」(Maslach et al., 1996)と定義される。なお、バーンアウトの残り2つの側面は、「クライアントに対する無情で、非人間的な対応」と定義される「脱人格化」と、ヒューマンサービスの職務に関わる有能感、達成感と定義される「個人的達成感」である(後者はその“低下”として説明される)。
(※15)Hochschild(1983)は、深層演技を「望まれる感情を実際に抱くべく、感情の感じ方そのものを変化させ、自己誘発した感情を自発的に表現しようとする試み」と定義している。
(※16)EQは“Emotional Intelligence Quotient”の略であり、日本語では「感情知性」や「心の知能指数」と呼ばれている。提唱者のSalovey & Mayer(1990)によれば、EQは「情動情報処理の一種であって、自己と他者の情動の正確な評価、情動の適切な表現、および人生の質を高めるような形での適応性の情動制御を含むもの」と定義される。端的にいえば、「自分自身や他者の感情を表したり、理解したり、コントロールしたりする力、特に、対人コミュニケーション場面や社会生活の中で用いられる力」(小松・箱田, 2017)だ。
(※17)OECD(2021)の調査において、コロナ禍をきっかけにしてうつ症状を有する日本人の割合が、それ以前(2013年調査)と比較して、7.9%から17.3%と2.2倍になったことが指摘されている。また、別の調査(ハーバード・ビジネス・レビュー, 2023b)では、2023年時点においても、メンタルヘルスのリスク状況は依然として高い状況にあることがわかっている。こうした状況は、うつ病などの精神障害での労災認定件数が過去最高となっていることにも表れている(厚生労働省, 2023b)。
(※18)産業能率大学総合研究所(2023a)では、上場企業に勤める課長のうち、23.6%が「メンタル不調を訴える社員が増えている」と回答している(同趣旨の設問について、パーソル総合研究所(2019)での回答結果は20.6%となっている)。また、実際に、16.8%が「メンタルヘルスの不調を抱える部下がいる」と回答している。
(※19)なお、メンタルヘルスリスクの原因となるマネジャー自身のストレスの問題についても、学術・実務のいずれの領域においてもほとんど注目されてこなかったことが指摘されている(cf. Colin-Chevalier et al., 2022; 厚生労働省, 2022)。
(※20)個人のストレス状態が、同じ社会的環境における他者のストレス状態に影響を与える「クロスオーバー効果」(Bolger et al., 1989)が存在していることがわかっている。なお、バーンアウトも同様の現象が生じることが指摘されている(e.g. Cherniss, 1980;Edelwich & Brodsky, 1980)。
(※21)リクルートマネジメントソリューションズ(2024)では、管理職への昇進時に“あってよかった経験”の第2位に「管理職同士の情報交換の場」が挙がっている。
(※22)リクルートマネジメントソリューションズ(2024)では、管理職への昇進時に“なかったがほしかった経験”の第1位に「専門家による個別コーチング」が挙がっている。なお、ジェイフィール(2022)でも、マネジャーが欲しいサポートとして「自分に対するコーチング、キャリアカウンセリング」が挙がっている。
(※23)多くの調査で(e.g. リクルートマネジメントソリューションズ, 2024;ラーニングイノベーション総合研究所, 2023;産業能率大学総合研究所, 2023ab)、部下育成がマネジャーの課題の上位に挙がっていることに留意が必要だ。

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DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2023c)「マネジャーの半分以上が『燃え尽きて』いる──バーンアウトを軽減する5つの手段」
ダイヤモンド編集部(2023)「部長・課長の残酷」『週刊ダイヤモンド』2023年4月1日号
タバネル(2022)「課長の仕事に関する実態調査」
パーソル総合研究所(2019)「中間管理職の就業負担に関する定量調査」
パーソル総合研究所(2020)「中間管理職の受難──人事よ、企業成長のキーパーソンを解き放て!」『HITO』vol.14
パーソル総合研究所(2023)「女性活躍を阻む『管理職の罰ゲーム化』」
三輪卓己(2023)「高度な感情労働とその学習の特徴──インタビュー調査を通じた探索的分析」『桃山学院大学環太平洋圏経営研究』第23号
山本準・岡島典子(2019)「我が国における感情労働研究と課題──CiNii登録文献の分析をもとに」『鳴門教育大学研究紀要』第34巻
ラーニングイノベーション総合研究所(2023)「管理職意識調査」
リクルートマネジメントソリューションズ(2017)「マネジャー受難の時代こそ他流試合でマネジメントの基本を」
リクルートマネジメントソリューションズ(2020)「ミドル・マネジャーの役割に関する実態調査」
リクルートマネジメントソリューションズ(2022a)「仕事と感情に関する意識調査(個人編)」
リクルートマネジメントソリューションズ(2022b)「1on1ミーティング導入の実態調査」
リクルートマネジメントソリューションズ(2024)「マネジメントに対する人事担当者と管理職層の意識調査2023年」

筒井健太郎

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。