中高年社員ならではのリスキリングの探索「ツールは仕事を楽にする」過去の成功体験がリスキリングの土台になった

Eさん(女性、65歳)
飲食会社勤務

飲食会社の経理職で働くEさんは、50代後半で自主的に教室に通ってデジタル技術を学び、キャッシュフロー計算書の作成を自動化するなど職場の業務を効率化できるスキルを身につけた。これまで何度かツールによって業務を自動化・省力化した経験から「ツールは仕事を楽にする」という考えが根付き、前向きなリスキリングのきっかけとなった。

材料を入れると料理ができる 「レンジ調理」はDXに通じる

Eさんは初職で栄養士として勤務した後、30代で現在の飲食会社に転職した。経理職員として約30年勤めあげ、2023年の定年後は再雇用で働き続けている。転職した時点では、経理の仕事は未経験だった。数字を扱うのは好きだったので、まずアウトプットである電子帳簿からさかのぼって、簿記の仕組みを読み解こうとした。「理屈はわからなくても、所定の位置に数字を入力すれば電子帳簿は完成します。できた帳簿の数字がどの入力データと接続しているのかを探すことで、少しずつ簿記を理解していきました」(Eさん)

栄養士時代に電子レンジ調理を学んだとき、材料や調味料を分量通り入れれば料理が完成するのを見て「機械を使うと、難しく考えなくても結果が出る」ことに感動した。電子帳簿に対しても、レンジと同じ感覚を覚えたという。

ただ電子帳簿こそ導入されていたものの、当時の経理の仕事は大半が紙ベースだった。社員が手作業で伝票を書き、数値を一つひとつ入力する。多くの人員が必要で、ミスも出た。Eさんは「ツールを使えば単純作業が減って正確な答えが早く出る。必要なマンパワーも減るのでは」と考えた。「ITの専門部署はなく、レジに回すオーダーも勤怠管理も、全て手書きでした。基幹システムを入れ替えるタイミングで、これらの作業をシステムにつなげて、デジタル化することを提案しました」(Eさん)

店舗スタッフからは「紙の伝票のほうが簡単だ」との声も上がったが、のちのち絶対に楽になると説得し導入を進めた。すると劇的に仕事が簡単になってスピードも上がり「提案した私ですら、目から鱗が落ちる思いでした」(Eさん)。

データを加工し業務改善に活用 オンライン授業のメリットも

基幹システムに店舗作業を連結すると、次は出力される膨大なデータの活用が課題となった。データがどんどんたまり、グラフ化してそれを基にPDCAを回して業務改善につなげるプロセスは、進まなかった。「ボタン一つでマクロが動くようにしたい」と、事務作業を自動化するプログラミング言語「VBA」を学ぶために、50代後半の時にホームページ制作を学んだプログラミングスクールに2021年に再入学した。「若い人ばかりでITの専門用語が飛び交うような教室ではついていけない。中高年にも通いやすいスクールを選びました。先生に教えてもらうと解決が早いので着実に先に進めて、面白さを感じました」(Eさん)

コロナ禍以降、授業はオンラインに切り替わっていた。Eさんは、生徒同士で話せない寂しさを感じ、Zoomの操作にも苦労した。しかし慣れると、集団で広く薄く授業を受けるよりも集中して濃い内容を学べることに、メリットを感じるようになった。「中高年は、質問したくても専門用語が口から出ないこともありますが、オンラインなら個別対応なので、気兼ねなく質問できます。また、自分の画面を先生と共有するので、解決策が視覚的にわかりやすく示されて、頭に入りやすくなりました」(Eさん)

悪戦苦闘しVBAを習得 思考プロセスも変わった

それでもVBAをマスターするのは、一筋縄ではいかなかった。「最初の1年は、自分の仕事で使えるレベルには至らず、本当に一人で使いこなせるようになったのは、ここ1、2年です」(Eさん)

わからないことは講師の力を借りるほか、社内の同僚が作った表を解読するなど、得意とする「アウトプットから仕組みを読み解く」方式で理解した。「実際の仕事とプログラミングスクールの課題や先生のアドバイスを行ったり来たりしながら、少しずつ覚えました。学びをゼロにはしたくなかったので、形になるよう頑張りました」(Eさん)。努力の甲斐あって、キャッシュフロー計算書の作成を自動化し、月次推移のグラフを表示させる、といったこともできるようになった。

デジタルスキルが身についただけでなく、思考のプロセスも進化した。たとえばVBAは、どの手順でプログラムを組んでアウトプットに結び付けるか、という工程の設定が非常に重要だ。工程を考える習慣がついたことで、考えをロジカルに整理でき「これまでは思いつくまま五月雨式に部下にお願いしていましたが、段取りをつけて依頼するなど、仕事の進め方がすっきりしました」(Eさん)。

「仕事が楽になった」事例を示し、中高年の抵抗感をクリアする

Eさんは長い経験から、どの部署がどのデータを扱っているかを熟知している。昨年までは役職にも就いていたため、データを使う裁量も持っていた。「経験と役職のおかげで、学んだ内容をすぐに業務で使えたのはありがたかった」という。「ただ、本来は経験にかかわらず全ての社員が情報を共有したほうが、データ探しの無駄な作業を省けて効率が上がります」(Eさん)

ミドルシニアには、キャリアを重ねて組織を俯瞰的に見る力を身につけた人も多い。彼・彼女らがデジタルの知識を併せ持つことで、組織への貢献度はより高まる。「管理職が、どの業務を自動化すると職場に大きなインパクトを与えられるかを判断できれば、自分よりも早く作業できる若手にツールの作成を依頼してもいいと思います。そのツールを評価することで、若手の自信も高まります」(Eさん)

Eさんは定年して役職を離れてから、現役時代に管理業務などに追われてできなかった、さまざまな作業の効率化に取り組んでいる。DXによって作業期間が短縮して時間に余裕ができる、誰でもミスなく均一のアウトプットを出せるようになる、2つの仕事を同時にできるようになる――そうした事例を少しずつ増やした。同僚たちも自発的に効率化に取り組むサイクルを生み出したいという。「パソコンが苦手で手作業に頼ってしまう中高年の社員にも、こうすれば仕事が楽になり、楽しくなるという例を見せて、抵抗感を一つひとつクリアしたい」(Eさん)

企業は、ミドルシニアのリスキリングにどう取り組むとよいのか。Eさんの事例では、過去の成功体験から新しいデジタルツールに関心を持ち、自分の業務を変革できるかを考えて積極的に取り入れた。結果、生産性や正確性を向上させ、同僚の意識改革にもつながっている。また、自分に適した学習スタイルを取り入れることで学習の効果を高めた。企業は、中高年社員が自分に合った学習スタイルを選択できるようプログラムに柔軟性を持たせ、学びを支援する施策にすることで効果を得られるだろう。

聞き手:石川ルチア
執筆:有馬知子