人事プロフェッショナルへの道HRMの今日的役割とは

有識者、実務家による、人事プロフェッショナルを目指すすべての人向けの特別講義。Lesson1では、今、HRMに求められていることは何かを学ぶ。

企業のHRMは、その企業の経営戦略に紐づいている。したがって、戦略が変われば当然HRMも変化するし、経営戦略は企業を取り巻く社会環境に強く影響を受ける。「人事プロフェッショナルはこの"縦"の文脈を常に意識する必要があります。一方で、社会環境の変化は、過去から脈々と続いているわけですから、この"横"の文脈も理解しなくてはなりません(次ページ図)」と、明治大学教授・野田稔氏は話す。
現代は、その"横"の文脈の変化の潮目。「人口が増加から減少に転じる潮目」(野田氏)だ。
下のグラフは日本の人口動向を示す。1900年までの200年間、ほぼ横ばいから微増であった人口は、2000年までの100年間で約3倍に急増した。「ところが、今後約100年間で、再び3分の1にまで縮小することになる。これが、企業戦略やHRMに影響しないはずがないのです」(野田氏)

第一世代の成功
第二世代の失敗

1975年頃も人口という意味で変化の潮目だった。戦後から約30年間の高度成長期の人口激増が、1970年代のオイルショックを境に、緩やかな増加に変化したのだ。野田氏はこの潮目の前を第一世代、オイルショックから今に続く時代を第二世代として区別する。
「人口激増のなかで物資が不足した第一世代は、企業は人が確実に暮らしていくインフラや物資を供給することが求められました(戦略)。大量生産の時代にあって企業は均質な人材を採り、育て、彼らが効率的に働き、高い生産性を上げることを支援しました(HRM)」(野田氏)。この環境下で完成した日本型雇用システムが日本企業の高い競争力の礎になったことは、今号の特集で述べた通りだ。社会経済環境、経営戦略、HRMが有機的に機能した時期だといえよう。
ところが第二世代になると、それらは不協和音を奏で始めた。「人口増加が一段落し、マーケットは飽和。大量生産から質とバラエティを求める差別化戦略の時代に入りました。ここでHRMに求められたことは、差別化を実現する多様な人材を育てることでした」(野田氏)
しかし、日本企業のHRMは、第二世代の社会環境にうまく対応できなかったと野田氏は分析する。
「家電が象徴的ですが、日本企業が作り出せたのは"微差"にすぎません。差を作り出す人材が、均質性の高い教育やまやかしの成果主義で育つはずがなかったのです」(野田氏)
そして今、日本企業のHRMが第二世代に適応しないうちに、人口減少という潮目を迎え、時代は第三世代に入ろうとしている。

社会的知性と創造性のある人材を育み、支援

「第三世代の大きな社会変化は2つ」と野田氏は説明する。「1つは、税収減。このため公共サービスの大部分が民間に移管される。企業は社会課題の解決を正業にせざるを得なくなります。もう1つの変化は、社会の超洗練化です。ヨーロッパに見るような成熟した社会へと転換し、"自分らしく生きたい"と人々が考えるようになる。そこに企業は応えていかなければなりません」(野田氏)
では、第三世代に求められるHRMとは?「社会課題をとらえ、解決することのできる社会的知性と、超洗練されたニーズに応える創造性を持つ人材を育て、彼ら/彼女らが持つ価値を最大化するために支援していくことです」(野田氏)。人事は第一世代の成功と第二世代の失敗を真摯に受け止めなければならない。社会の文脈に適合したHRMなくして経営成果は生まれない。今という潮目の変わり時にいち早く適応し、新たなHRMを構築すること。そして、それを経営に提言すること。それこそが人事の今日的役割である。

Text=入倉由理子

野田稔氏
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授。
Noda Minoru 一般社団法人社会人材学舎塾長。専門は組織論、経営戦略論、人材マネジメント。『組織論再入門』(ダイヤモンド社)など著書多数。