野中郁次郎の経営の本質バンダイナムコホールディングス 代表取締役社長 グループCEO 川口 勝氏

グループ一体となってファンとつながる


w176_keiei_main.jpg刷新したロゴマークの横に立つ川口勝氏。東京都港区のバンダイナムコ未来研究所にて。
Photo =勝尾 仁

経営においていちばん大切なことは何か。経営とは人間が行ういかなる行為なのか。これらの問いに対し、経営者はおのおの、思索と実践から紡ぎ出された持論を備えているはずだ。日本を代表するエンターテインメント企業、バンダイナムコホールディングス社長の川口勝氏に話を伺った。

バンダイナムコホールディングス 代表取締役社長 グループCEO 川口 勝氏
Kawaguchi Masaru 1960年神奈川県生まれ。1983年駒澤大学経済学部卒業後、バンダイ入社。「ガンプラ」の略称で知られるガンダムのプラモデルや、カプセル玩具「ガシャポン」などの営業を手がける。同社専務取締役トイ事業政策担当、同社社長、バンダイナムコホールディングス副社長などを経て、2021年4月より現職。

バンダイとナムコが経営統合を果たし、バンダイナムコグループが誕生したのは2005年のことだ。それから18年が経過し、同社は新たなステージともいえる変革の時期を迎えている。

2022年3月期に過去最高の売上高と利益を達成すると、2022年4月には新たに「Fun for All into the Future」というパーパス(存在意義)を制定、ロゴマークも刷新した。あわせて、3年単位の中期経営計画(以下、中計)を同じ4月からスタートさせている。同中計はALL BANDAINAMCO体制のもと、世界中の人々(ファン)と広く、深く、多様につながることを目指す「Connect with Fans」というビジョンを掲げる。

そのALL BANDAI NAMCOを推進するため、バンダイナムコホールディングス社長の川口勝はその1年前から手を打っていた。2021年4月に行われたユニット体制の再編だ。ゲームを中心としたデジタル事業と玩具などを扱うトイホビー事業はそれぞれ独立したユニットで、全グループ売上げの9割を占める二大稼ぎ頭だったが、異なる領域の2つを合わせてエンターテインメントユニットに統合したのである。

シェアハウスモデルとエース級の交換

川口はこの統合を「シェアハウスモデル」とも名付けた。「2つの事業を1つの“母屋”にいれ、目標を一緒にしたのです。事業の特徴が異なるので、それぞれの“個室”はあるのですが、空いている時間に共有部分の“リビング”に降りてきて、一緒にこんなことができないかなど、おしゃべりしてもらうというわけです」

川口はしたたかに別の手も打った。トイホビー事業に携わってきたグループ会社の取締役のエース人材をデジタル事業の事業統括会社の常務に、逆にデジタル事業に関わってきた同じくグループ会社の常務のエース人材をトイホビー事業の中核会社の社長に、それぞれ昇格、抜擢したのだ。「この2人がそれぞれの事業の中核として動いてくれています。それを見た社員は、新ユニットに対する経営の本気度を感じたはずです。こうした人事は社員に対するメッセージにもなると信じています」

その新ユニットは果たしてうまくいっているのか。「これまでデジタル事業とトイホビー事業は互いにライバル同士、競い合って伸びてきたわけですが、今回の体制変換によって多くの対話が生まれた結果、相手に対するリスペクトが生じ、多くのプロジェクトも誕生しました。マーケティングも一緒にできないか、という話もあります。今後は両事業を融合した商品も出てくるでしょう」

組織改編といえば、業績が悪化した部署に対して行うことが多いが、昨今はデジタル、トイホビー、両事業ともに好業績を維持している。「バンダイナムコは組織に結構手を加えるんです。それも、今最も伸びている組織を改編することが多い。たとえば、組織が拡大して生まれた新しいポストに新たな社員を抜擢し、さらに上を目指せるようにすることで組織を活性化させます」

事業価値よりIP価値優先の局面も

バンダイナムコは、「IP(Intellectual Property:キャラクターなどの知的財産を指す)軸戦略」という独特の経営手法をとる。前述のように、バンダイとナムコは2005年に統合し、相乗効果の発揮に向けて、社内体制の整備を急いだ。その一方、事業面では各社の強みを生かし切れず、市場や顧客の変化に対応できないという事態が発生。2010年3月期には業績が大きく低迷する。

そこから脱却すべく導入されたのが、IPを基本に事業戦略を考えるIP軸戦略だ。

IPの数は300以上あり、人気を得ているものには「DRAGON BALL」「ONE PIECE」「アイドルマスター」「ウルトラマン」「たまごっち」などがある。

IPはこうした作品名であるとともに、事業や会社の壁を越えたチーム名的要素ももつ。実際、IPのなかには事業展開の責任者が置かれるものがある。たとえば、誕生から44年、今でも世界中で人気を博すアニメ「機動戦士ガンダム」シリーズの責任者は「チーフガンダムオフィサー」と呼ばれる。

このIPについて、今回の中計ではより突っ込んだ表現がなされている。
「これまでは、各社がIPを活用して個々の事業を伸ばしてきました。これからはより長期の視点からIPそのものの価値最大化を目指すことにしたのです。ガンダムでいえば、ガンダムというIP価値の最大化が戦略になると。当然、IP価値の最大化が事業価値の最大化より優先される局面も出てくるでしょう」

一方、コロナ禍でゲームセンターなどのアミューズメント事業は大きな打撃を受けたが、撤退する気はない。

「われわれの強みは、デジタルとリアル、どちらも手がけていること。世界的に見ても、そういうエンターテインメント企業は多くない。アミューズメント施設というの
はグループの商品やサービスをリアルに展開する場であり、お客さまと接する重要な機会だと考えています」

新しい形のアミューズメント施設もつくった。2022年7月、横浜と博多にオープンさせた「バンダイナムコCross Store」である。バンダイナムコアミューズメントが主体となっているが、ほかのグループ各社も関わり、バンダイナムコのキャラクターを「見て」、商品に「触れ」、イベントや飲食を「体験できる」場となっている。

w176_keiei_02_2.jpgPhoto =バンダイナムコ提供

顧客データの一元化に取り組む

川口は1983年にバンダイに入り、ホビー事業部に営業として配属された。「当時の主力商品はガンダムのプラモデル(ガンプラ)です。あの時はガンプラ人気がここまで続くと思っていませんでした。売れ行きが悪いときも、テレビ放映がないときも、継続して商品を出し続けた。それが今の成功につながっていると思います」

1996年、川口はバンダイが米Apple Computerと共同開発したマルチメディア機「ピピンアットマーク」の営業責任者となる。マーケティングから広報、物流、出荷のためのシステム開発まで、すべて担当。獅子奮迅の働きをしたものの、製品はまったく売れず、大きな損失を出し2年後に撤退した。「発想は斬新でしたが、時代が早すぎたのかもしれません。ただ、この失敗や経験を通じて、私の仕事の幅がめちゃくちゃ広がりました。あの2年がなかったら、私は(バンダイの)社長にならなかったとも思います」

玩具の世界はヒットを出すのがそれほど難しいということだろう。「日本のトイホビーの世界では毎日100点の新製品が出ていると聞いています。そのうちヒットしたといえるのは数えるほどではないでしょうか。よくPDCAといいますが、うちでは、PD(計画と実行)だけで、発売する商品もある。射撃にたとえると、照準もろくに合わせず、マシンガンを連射しているようなもの。そのなかで流れ弾がヒットすることがある。開発担当者は的を目がけて撃ったといいますが、たまたまの場合も多いんじゃないかなあ(笑)」

ただ、そんな世界も変わろうとしている。川口がリーダーとなり、事業領域ごとに分散していたファンのデータを、グループで一元管理する「データユニバース構想」を進めているのだ。「スマートフォンの世界でいえば、ファンがどんな風にゲームを楽しんでいるかがデータで解析できる。トイホビーもネット販売が増えてきたので、ファンがどのIPにどのようにお金を使っているかが細かく分析できる。これらのデータを集約し、つないでいくことで、ファンの満足度向上に役立つさまざまな施策が実行可能になる。グループとしてマンツーマンでお客さまと向き合えるようにもなります」

今後の課題はグローバル化だ。2022年3月期の海外売上高比率は29.7%だが、2025年3月期は35%を目指す。2022年には海外拠点のワンオフィス化を実行した。米国でも複数拠点に分かれていたオフィスをカリフォルニアのアーバインに集約した。ALL BANDAI NAMCOは海外でも打ち出している。「2022年10月、ニューヨークでアニメのイベントがあったのです。それまでは個社で出展していたのを、IPを軸として各社が連携したことで、われわれの存在感がアップしました」

川口にとって「経営の本質」とは何だろうか。「『企業は人なり』というように、やはり人だと思います。うちの優れた点は組織力より、個々の人材なんです。優秀な人材が下からどんどん育ってきて、会社を支えている。個人の成長がなければ組織の成長もないし、会社の成長もない。失敗も許容します。もちろん、その経験は次に生かしてもらいますが。私は先ほどのピピンの失敗の後、たまごっちという商品が一世を風靡したものの、売れ残り、大量在庫となってしまったときも担当者でした。そんな私でもバンダイナムコの社長になっているという事実が、社員に対する何よりのアピールだと思います」

川口の語るバンダイナムコ論にはネアカさが感じられる。それはどこから来ているのか。
エンターテインメントの底流には主人公が大きな危機に見舞われるものの、周囲の助けも借りながらみごとにそれを克服し、最後はハッピーエンド、という物語の作法が存在する。同様の作法が同社の文化や仕事の流儀に織り込まれているからではないだろうか。(文中敬称略)

w176_keiei_02.jpgPhoto =勝尾 仁

Text = 荻野進介

Nonaka's view
対極を両立させ変容させる二項動態とゆらぎの経営

物事や問題に対し、「あれかこれか」という二項対立ではなく、「あれもこれも」で異なる要素を両立させ、全体の調和を追求する。私はそれを「二項動態」と名付ける。
経営活動も、アナログとデジタル、アートとサイエンス、トップダウンとボトムアップ、適応と革新など、さまざまな対立項によって解釈されがちだが、そこから生み出される成果は少ない。そうではなく、対極をバランスさせ、変容させながら新たな道を探る。これを行うのが二項動態経営だ。
バンダイナムコはまさにそれを実践している。いちばんわかりやすい例が、デジタル事業とトイホビー事業を融合させ、同じユニットにしたことだ。しかも、それぞれのエース人材を昇格させて交換する戦略的異動まで実行した。興味深いことに、同社は常日頃、頻繁な組織改編を行っている。しかも業績のよい部署ほどその対象になるという。
組織を進化させるには、組織を絶えず不均衡にしておく必要がある。ゆらぎといってもいい。そのゆらぎがあるからこそ、二項が動いて変容が生じ、新たな道が拓かれるのだ。
アミューズメント事業を顧客との接点として重視する、という考え方にも二項動態が表れている。リアルかデジタルか、ではなくリアルもデジタルも、なのである。
メーカーでいうところのコアテクノロジーにあたるIPという考え方も興味深い。IPとは知的財産そのものであるから、同社はIPを通じ自社を知の体系として捉えていることになる。今回の中計では、事業価値の最大化よりIP価値の最大化を優先することになった。事業の壁を越える横串がより強固になるはずだ。
横串を強めるには、一方で不動点を確認しなければならない。そのためにパーパスを新しく定め、ロゴも一新したということだろう。
二項動態経営の実践には、多くの場合、失敗の危険を伴う。川口氏は大失敗を次に生かした体現者だ。最近は「輝かしい失敗」という言葉もあるくらいで、同社には、二項の葛藤や挑戦で生まれる失敗を生かす独自の文化が生まれつつある。

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。