人事が知っておくべき人体の秘密なぜ、左利きは常に10%存在するのか

左利きの割合は、約10%だといわれている。「ところが250万〜200万年前のホモ・ハビリスがつくった石器を調べると、左手製が43%あったのです」と、説明するのは、物理学・生物学出身の経済学者という異色の経歴の持ち主であり、「左右学」を研究してきた埼玉学園大学教授の西山賢一氏である。約4割いた左利きが、約6万年前には10%という現在の水準に落ち着いたという。
なぜ、10%に減ったのだろうか。「定説はありません。しかし、左脳が言語や論理を司り、それが右手と結びついていること、右脳は創造性や感性を司り、それが左手と結びついていること、そして右利きの増加は、左脳の機能の発達とかかわりがあることは、ほぼ確かだと思われます」(西山氏)

石器づくりという論理的作業で右利きが増えた?

ホモ・ハビリスは石器を盛んにつくり始めた人類。大きな石から均質な石器をつくるには、複雑な作業を組み合わせ、ある1つの形をつくり上げていくプロセスが必要になる。「これは、単語をもとに文章をつくるのとある種似ている。石器をつくるなかで、言語や論理と結びつく右手が利き腕として発達したのではないかと私は考えています」(西山氏)
この領域は、発展途上だ。「MRIでの測定など、科学が進歩すればするほど、利き腕だけでなく利き脳がある、利き腕は脳ではなく脊髄で決まるなど、議論百出」(西山氏)だという。しかしそうしたなかでも、事実はある。「石器や道具をつくり続け、言葉を操るようになっても、左利きが6万年前からは減ることなく、時代、性別、人種を超えて10%の割合を保ち続けていることです」(西山氏)。その理由を西山氏はこう考える。「ダーウィンの進化論的にいえば、10回に1回は、左利きであるほうが優位性があるということでしょう」

多様な生き物が共生するための棲み分け

「アシュビーの法則」というものがある。「多様性のみが多様性に打ち勝つ、という理論です。均質・純粋であることは効率的に見えるけれど、実際には多様なほうが環境変化に強い」と、西山氏は話す。左利きが変わらず存在するように、多様性が存在することの大きな意義はそれだろう。
ただし、多様な生き物が、1つの場で共生するのは意外と難しいという。「共生を実現するために重要なことは"棲み分け"。生態学者の今西錦司も強調していました」(西山氏)。広さやほかの場所との交流が限定された"池"に生息する生き物がよい例だ。魚の種類によって、底か、中層か、水面に近いところといった棲む深度、餌にするプランクトンの大きさがそれぞれ異なる。そのため、競合せずにそれぞれの生き物が生息できる。「限られた場に棲むのであれば、棲む領域を分ける、活動する時間を変える、食べる餌を変える、といった棲み分けによってはじめて共生が可能になるのです」(西山氏)

自由度とアサイン力で環境収容力を高めよ

環境収容力という言葉を聞いたことがあるだろうか。それは、その環境のなかで継続的に存在できる生物の最大量を示す。「環境収容力を高めようと思えば、棲み分けが必要になるのです」(西山氏)
私たちの組織が本気で多様な人々を取り込み、豊かに活動してもらおうと思えば、環境収容力の高い職場をつくらなければならない。多様な人々に同じ行動、同じやり方、同じ考え方を強要すれば、必ずそれはぶつかり合う。
「生物学でいうニッチとは生活の場そのものを示し、生物はそれぞれ自らのニッチを見つけて、自ら棲み分けをしようとします」(西山氏)。一人ひとりに自らの個性を発揮できるニッチを見つける自由度を与えることが、まず重要だ。
そして、上司の仕事のアサイン力(=棲み分けさせる力)も必要になる。それぞれの個性に合った棲み分けを考えることで、組織の環境収容力は高まっていくはずである。

Text=入倉由理子 Photo=平山諭 Illustration=寺嶋智教

西山賢一 氏
Nishiyama Kenichi 京都大学大学院理学研究科博士課程修了後、東京大学薬学部専任講師などを経て、1981年帝京大学経済学部教授。国際大学教授、埼玉大学教授を歴任。埼玉大学名誉教授。現職は埼玉学園大学経済経営学部教授。著書に『左右学への招待』(知恵の森文庫)などがある。