人事が知っておくべき人体の秘密"デスクで早食いランチ"がダメな理由

朝、ギリギリまで寝て、会社に走る。電車のなかでは片時もスマホを離さず、1日のほとんどをPCに向かって過ごす。人と会話するのは、緊張感が漂うミーティング時のみ。ランチはデスクで、片手で食べられるサンドウィッチやおにぎりを数分で食べ、夜は遅くまで残業......平均的、とはいわないまでも、こんな生活を続けるビジネスパーソンは少なくない。しかし、「実はこのような現代人の生活こそがストレスに多大なる悪影響を与え、最悪の場合、うつ病の発症につながる」と、脳生理学者、有田秀穂氏は警鐘を鳴らす。「そのように心が不健康になるのは、脳内物質であるセロトニンの減少が一因なのです」

セロトニンは心技体のすべてをいい状態に

セロトニンは、俗に"幸せホルモン"といわれる。有田氏は、「その機能は主に3つ」と説明する。
まず、朝目覚めると分泌されるセロトニンは、覚醒を適正な状態、興奮でもなく、ぼんやりでもなく、という状態に保つ。これが1つ目の機能である。2つ目は、心をポジティブに保ち、集中力を高めることだ。そして3つ目は、副交感神経と交感神経のスイッチを適切に切り替え、自律神経のバランスを整える。「つまり、セロトニンが適正に分泌されていれば、心、技(能力)、体のすべてがいい状態に保たれます。人が意欲的に毎日を過ごすために欠かせない脳内物質なのです」(有田氏)。逆に、忙しすぎる不規則な生活ではセロトニンは適正に分泌されず、心、体のバランスを崩してしまう、というわけだ。
では、セロトニンの分泌の活性化にはどうすればいいのか。

セロトニンの分泌量を上げるには

「まずは適切な睡眠。きちんと眠れていれば、目覚めた瞬間に分泌量はグンと上がります。その後、それが時間の経過とともに目減りしていきます。減らさないためには、いくつか方法があります」(有田氏)
1つには体を動かすこと。「一定の動きを続けるリズム運動が重要です」(有田氏)。リズム運動にはウォーキングや軽いランニングといったいわゆる運動だけではなく、咀嚼、呼吸も含まれる。「座禅も整った呼吸を継続するリズム運動です。お寺で、きちんと座禅法を習うのもおすすめです」(有田氏)という。
そして、"グルーミング"も効果的だという。「動物でいえば"毛繕い"ですが、人間では"おしゃべり"がそれにあたります。気のおけない家族や仲間と、リラックスしたなかでなされる他愛もない会話が重要なのです」(有田氏)。グルーミングでは、オキシトシンという脳内物質が分泌される。これがセロトニンの分泌を活性化するのだという。
不思議なことに、メールやSNSによるコミュニケーションでは、セロトニンは増えない。「逆に夜遅くまでスマホやPCを使っていると、脳が働き続け、適切な眠りに入れない。すると、朝目覚めたときにセロトニンがなかなか分泌されない、という悪影響もあるのです」(有田氏)
うつを患う人が増えたことについて、「統計をきちんと取り始めたから」「甘えて医者に行く人が増えたから」という人がいるが、「それは間違い」と有田氏は反論する。「この20年の生活そのものの変化で、多くの人のセロトニンの分泌がうまくいっていないことが原因だと言っても過言ではないのです」
朝ジョギングし、夜は家族や友だちと楽しい時間を過ごし、夕食後にはPCやスマホを使わないのがセロトニン分泌的には理想の生活だ。
それがダメならおすすめはランチの取り方を変えることだ。昼食のために仲間とオフィスの外に出かければ、太陽の光を浴びる。歩く。きちんと咀嚼し、同僚とリラックスした会話もする。午前に落ちてくるセロトニンの分泌量を上げ、午後も元気に仕事をしようとするならば、デスクで早食い、を今すぐやめるべきだろう。

Text=入倉由理子 Photo=平山諭 Illustration=寺嶋智教

有田秀穂氏
東邦大学名誉教授。
Arita Hideho 東邦大学医学部統合生理学教授などを経て、2013年に退職後、現職。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表。『脳からストレスを消す技術』(サンマーク文庫)など著書多数。