Next Issues of HR With コロナの健康経営第1回 健康経営のこれまでと現在地

本連載では、企業が取り組む健康経営の課題を踏まえ、コロナ禍にあってこその未来を考えていきたいと思います。

社員が会社にとって重要な経営資源であることは言うまでもありません。その社員の健康への投資で生産性を上げ、企業利益を創出する健康経営が新たな経営手法として注目され、取り組みも徐々に普及しています。企業のリーダーとして健康経営に取り組んでいる方も多いと思いますが、果たしてそれは職場や社会をダイナミックに変える潮流になっているでしょうか。実際、物足りなさを感じている経営者も多いようです。

その理由の1つは、新たな経営手法といいながら、実体はこれまでの健康管理の延長にすぎないケースが少なくないことです。東京商工会議所が2019年に実施した調査によると、健康経営として企業が実践していることのトップは「健康診断」です。もちろん、健康管理は取り組みのベースですが、それだけでは従来とあまり変わりません。

w166_ni_02.jpg

もう1つは、健康経営が「官製インセンティブ」によって普及したという構造的な特徴と関係しています。少子高齢化に伴う人手不足や、失われた20年で顕在化した日本企業の生産性の低さを背景に、政府は企業価値の向上に乗り出しました。たとえば、私が統括を務めた経済産業省のプロジェクトでは、企業の健康経営を多方面から評価する仕組みを検討し、その成果として、積極的に健康経営に取り組んでいる企業の金利を優遇する「健康経営格付融資」(日本政策投資銀行)が2012年に始まりました。また、ハローワークで求人票に健康経営の取り組みを記載するといった事例も生まれました。さらに、政府の「『日本再興戦略』改訂2014」によって、企業の顕彰制度も創設されました。その1つが、健康経営に取り組んでいる上場企業を「健康経営銘柄」として選定し、投資家に周知する仕組み。もう1つが、中小企業を含めて地域、業界を牽引する企業の健康経営を表彰する「健康経営優良法人認定制度」です。このような国による仕組みは健康経営の普及に大いに貢献しましたが、一方で認定(評価点)をとるための目先の取り組みに終始しがちで、企業による創意工夫が生まれにくかったのかもしれません。

しかも、この1年はコロナ禍で健康経営を実践しにくかった企業が多かったと思います。それでも、この状況をむしろ逆手にとって取り組みを進め、社員のモチベーションを上げ、顧客や地域社会から圧倒的な支持を受けている企業もあります。健康経営には本来、人と組織を変え、企業を成長させる力があります。全国の成功事例も踏まえて、次号ではその発展形を探りたいと思います。

古井祐司氏古井祐司氏
東京大学未来ビジョン 研究センター特任教授

産官学共創のもとデータに基づく科学的な予防介入の設計および検証を進めるデータヘルス研究に従事。著書に、『会社の業績は社員の健康状態で9割決まる』(幻冬舎メディアコンサルティング)など多数。

Photo=刑部友康 Illustration=ノグチユミコ