人事のジレンマ在宅勤務を始めたい × 生産性低下が心配

ダイバーシティ推進の追い風もあり、近年、在宅勤務制度を導入する企業が増えている。しかし、「場を共有する時間が減ることで、チームワークや生産性が低下するのではないか」という不安から、限定的な活用に留まっている例も多い。柔軟な制度設計と環境整備で在宅勤務の全社的な活用を進めている日産自動車の小林千恵氏と、「働き方と働く場」の専門家として、ワークスタイル変革のコンサルティングを提供する内田洋行知的生産性研究所の平山信彦氏との対談から、在宅勤務成功の秘訣を探る。

短い時間で着実に成果を出すための在宅勤務

平山:在宅勤務を導入するにあたって、まず大切なのは目的の明確化だと思います。日産ではどういう経緯で導入されたのですか。

小林:育児・介護中の社員を対象に、2006年に導入したのが最初です。しかし、どうしても一部の社員のための特別な制度というイメージが拭いきれず、使うほうも遠慮がちになる。そこで、2010年には、ワークライフバランスの質向上の観点から、事由を問わず生産ライン以外の全従業員に対象を拡大しました。
ただし、その時点でも利用上限は月1回、さらに1カ月前の申請が必要と、少し使いにくいものでした。2013年度には制度を拡充し、回数制限なく月40時間まで、前日までの申請で使えるものになりました。
当社では、在宅勤務の利用希望者は、上司と話し合ったうえで毎年事前登録をします。制度の柔軟性が増したことで、事前登録の人数も、実際の利用者数も順調に増え、2014年の実績では管理職も含め全社員の25%が利用しました。

平山:つまり、特定の人のための制度ではなくなった、と。

小林:はい。社内では「誰でも在宅」と呼んでいます。ビジネスがグローバルに広がっている今、やるべき仕事は24時間絶え間なく発生し、どうしても労働時間が長くなってしまう実態があります。できるだけ短い時間で着実に成果を出していくためにも、在宅勤務をうまく活用してほしいと考えています。
たとえば、仕事が詰まっている時期に在宅勤務を取り入れることで、通勤時間を減らすことができます。また、海外とのテレビ会議のために会社に居残っているよりも、早く家に帰って一度リフレッシュし、会議の時間だけ家で仕事をするほうがずっと効率的です。

平山:「誰でも在宅」という発想は、これからの時代、ますます重要になってくると思います。
実は、コミュニケーションのことだけを考えれば、皆が同じ場所に集っているに越したことはありません。思いついたアイデアを即座に隣の人にぶつけてみることができますし、職場にいれば直接自分とは関わりのない話も漏れ聞こえてくるので、特に意識しなくても得られる情報量は多くなりますから。
しかし、働く環境は時代とともに変わっていきます。ビジネスのグローバル化が進み、ダイバーシティやワークライフバランスが重視されるようになっているなか、全員が1カ所に集って働くことは、必ずしも当たり前のことではなくなりつつあります。
今後は、誰もが時間・空間の束縛を離れて働ける"協調分散型"のリテラシーを身に付けていくことが重要でしょう。在宅勤務は、その1つのきっかけになると思います。

在宅勤務の課題を克服して生産性を高めていく

平山:一方で、「在宅勤務では、衆人環視がなくなり生産性が下がるのではないか」という心配の声もよく聞きます。実際に導入してみて、この点はいかがですか?

小林:やってみると、決してそんなことはないと感じています。在宅での勤務時間や業務内容は、事前に上司に報告しています。誰も「サボっている」と思われたくありませんから、自ずと必死に仕事をします。上司も「毎日遅くまで頑張っているね」といった漠然とした印象ではなく、やると言ったことをその時間にできたかどうか、時間単位のアウトプットを見ながら評価する習慣ができつつあるのが、当社の現状です。

平山:そうなんですよね。在宅勤務は、実は、業務改革のチャンスなのです。導入にあたって仕事のプロセスを見直してみると、たいてい何らかの課題が見つかるもの。まずはその整備をすることが大切です。

小林:整備するとは、具体的にはどのようなことを指していますか。

平山:「仕事のオブジェクト化」と呼んでいるのですが、ワークフローを切り分けて再構築します。仕事が密接に他人の仕事とからみあっている状況のままでは、常に集団が一緒にいなければなりません。からまったものを、解きほぐし、その単位であれば自分一人で完結できるという状態にするのです。

小林:なるほど。それは私たちも心掛けています。部門ごとに仕事を見直し、在宅でできる仕事、できない仕事の切り分けをしています。
昨年、自動車の安全性や走行性能を実験する実験部が初めて在宅勤務を導入しました。実験そのものは当然在宅ではできなくても、部内にある一つひとつの仕事を精査すると、企画書の作成や結果の分析という作業は切り分けて在宅でもできることがわかりました。「在宅勤務は難しい」と思われていた、大所帯の実験部で導入できたことで、ほかの部署も「うちではできません」と言えなくなりました。

平山:仕事を切り分けると同時に、プロセスを可視化することも非常に重要です。たとえば我々コンサルタントは、同じプロジェクトのメンバーであってもふだんはばらばらに動いていますが、ドキュメント類はサーバー上で共有しています。完成品はもちろんですが、仕掛かり中のドラフトであっても共有財産でありすべてサーバーに保存する、自分のドキュメントという概念を持つなというルールです。さらに先を行く企業では、1つの書類を皆がどんどん手を入れて作り上げていくコラボレーションライティングを進めているところもあります。こうしたやり方をすれば、分散していたとしても協調して働くことができますよね。

小林:在宅勤務では、そういうワークルール作りが大切だというのは実感しています。たとえば会議一つとっても、皆が集まれる機会は限られると思えば、アジェンダや資料は事前に共有しておいて、当日はすぐに本題に入るというルールも浸透してきました。そうした努力を積み重ねるなかで、一人ひとりの意識が変わっていき、業務の無駄がそぎ落とされていく。結果的に、生産性の向上につながっていることを実感しています。

平山:業務効率向上のための調査をすると、無駄な時間として、事前に配られた資料を読まずに会議に参加した人のための説明の時間や、上司に指示され作ったのに結局使われなかった提案資料の作成時間などが挙がってきます。大体において、仕事の無駄というのは、何気なくやってしまう周囲への配慮を欠いた行動や過剰反応のために発生するものなのですよ。

マネジメントのスキルが成否の鍵を握る

平山:マネジャーとして、在宅勤務によるやりづらさはありませんか?

小林:私が重視しているのは、コミュニケーションの密度です。当社では「金曜日の棚卸し」といって週に1度、上司と部下が業務の進捗や予定を個別に確認する場を作っていますが、日頃からもっとこまめにコミュニケーションを取るほうが望ましいと感じています。というのも、部下が意味を理解しないままに先走って手戻りが発生したり、上司が求めている以上のレベルにまでやり過ぎてしまうことが少なからずあるからです。生産性向上の観点からも、仕事のやり過ぎや手戻りはできるだけ減らしたい。たとえ5分の立ち話でも、こまめに着地点のレベル合わせをしていくことが大切です。

平山:在宅勤務を導入するとコミュニケーションが滞る、協業がうまくいかないというのは、実はマネジメントスキルの問題であることも多いのです。在宅勤務を導入してみると、うまくマネジメントできるマネジャーと、そうでないマネジャーの違いが浮き彫りになります。セルフマネジメントできるようにメンバーを育成し、適切な指示を出せるマネジャーであれば、オフィスで常に顔をつきあわせていなくても、チームは自律的に円滑に動いていくものです。
マネジャーがいなければ仕事が回らないという状況は望ましいものではありません。在宅勤務をうまくマネジメントできないというのであれば、実はフェイスツーフェイスでのマネジメントもうまく機能していなかった可能性があります。

小林:確かに、在宅勤務になったとたんに、本来マネジャーがやらなければならないのにできていなかったことが、さまざまな膿となって出てくる気がします。
たとえば、メンバーが在宅勤務をして、当初1時間と申請していた作業に実際には2時間かかったとしたら、マネジャーは「なぜ?」と声を掛けるでしょう。何か問題が起こったのであれば原因を特定して改善することができますし、当初の時間の見積もりが甘かったのであれば、改めてメンバーの仕事量や分担を見直す必要が出てくるかもしれません。
在宅勤務をきっかけに、見過ごされていた課題に気付いたり、何となく気付いてはいたけれど後回しにしていた問題に手をつけたりする。そんな事例が社内の各部門で生まれています。

平山:協調分散型の働き方が増えていく時代には、マネジャーのリーダーシップやチーム作りの能力がより高いレベルで求められます。在宅勤務の制度を、マネジメントスキルを高める絶好の機会として活用したいですね。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康