人事のジレンマ海外経験は人を育てる 多くの人に積ませたい × 選ばれた人材に集中投資する

グローバルリーダーを育成するために、海外での実務経験が有効であることに異論はないだろう。しかし、どれくらいの期間、どのようなやり方で、どの程度の人数を海外に送り出すかは、企業の事情や考え方によってさまざまだ。そこで、多くの社員に海外での経験を積む機会を与えている味の素の松澤巧氏と、海外派遣リーダーシップ・プログラムを設計し、選抜した人材に集中投資しているGEヘルスケア・ジャパンの岡部峰之氏に、海外経験を積ませる目的や、社員の成長を最大化する方法について、語り合ってもらった。

海外での異質な経験は人を大きく成長させる

岡部:味の素では、現在、海外に出ている日本人はどれくらいでしょうか。

松澤:4000人の社員のうち、300人弱が海外で働いています。味の素は、今や売上も利益も半分以上を海外で稼ぎ出しています。日本に本社を置くグローバル企業のリーダーとして育ってもらうには、やはり海外経験は重要です。そのため、多くの人材を海外に送り出しています。

岡部:どのように人選しているのですか。

松澤:国内で成果を出していることが前提です。そのうえで、機会を見つけて海外出張をさせ、限られた期間内で適切なコミュニケーションをとり、的確に状況を把握して、いい提案や改善ができたかなど、周囲からの評判や実績を確認します。「この人ならばいけそうだ」というのを判断してから送り出すようにしています。海外の拠点は、日本に比べると組織の規模が小さく、国内にいるときよりも相対的に高いポジションで役割を果たすことが期待されるので、自分が組織に及ぼす影響が見えやすく、PDCAを回しやすい。これは貴重な経験です。実際、現在の経営会議メンバーは全員日本人ですが、皆何らかの海外経験を持っています。

岡部:確かに、海外経験は人の成長を促します。海外では、言葉も文化も価値観も異なる同僚に、いかにリーダーシップを発揮して影響を与え、成果に結びつけるかが厳しく問われます。自分がそれまで慣れ親しんだところと異なる環境に身を置く「異質な経験」が、人を大きく成長させてくれます。

松澤:GEでは、どれくらいの人数を送り出しているのですか。

岡部:かなり人数は絞り込んでいます。GEでは将来のリーダーを育成する2年間のリーダーシップ・プログラムをグローバルで展開しており、20代の若手からポテンシャルの高い人材を選抜しています。プログラム生は、2年間のうちに6〜8カ月単位で3〜4カ所の部門を経験しますが、そのうちの1カ所は必ず海外での勤務です。
これはグローバルのプログラムなので、米国本社のマネジメントオフィサーが各国からの人数の枠を決めるのですが、日本からは、毎年数名程 度、と狭き門となっています。

松澤:選抜されたプログラム生が、 将来GE本社の幹部に抜擢されると いうことですか。

岡部:可能性はあります。リーダーシップ・プログラム修了後に、次のステップに進めると判断されると、コーポレート・オーディット・スタッフという2年間のプログラムがさらに2つ、計4年用意されています。厳しく成果をチェックされ、途中でドロップアウトするケースもありますが、計6年間のプログラムを突破すると、将来のグローバルリーダー候補となります。

松澤:プログラムでは、どのような仕事を経験するのですか。

岡部:たとえば、工場に配属されればオペレーション改善や生産性向上など、何らかの課題解決に取り組みます。変革をリードするチェンジマネジメントの資質を問う課題であることが多いですね。事前にゴールセッティングし、ステークホルダーも巻き込んで、明確な成果を出すことを求められるのです。たいていの場合、プログラム修了後は、経験してきた部門のいずれかから誘いを受けて、そこで働くことになるのですが、成果を出せなければ、どこからも声が掛からず、そこで会社を去ることとなります。

松澤:リーダーシップ・プログラム以外に海外駐在の機会はないのですか。

岡部:ありますが、非常に人数は少ないですね。基本的に、現地のことは現地の人が最もよく知っています。そのなかにあっても確実に成果を出せ、かつ将来性のある人材を送り込むのですから、当然、人数は絞り込まれます。

育成目的の海外赴任ではない いかに貢献できるかが大前提

松澤:成果を求めるという点は、私たちも同じですね。駐在員の人件費は現地法人が負担するということを考えても、現地のニーズとして、「これは出向者でなければ担えない」というポジションにしか人を送れません。

岡部:今後もできるだけ多くの人を海外に送り出していきたいとお考えですか。

松澤:そのつもりです。ただし問題なのは、この先「出向者でなければ」というポジションがどれだけあるか、です。将来的にはマネジメントの現地化が進んでいくのが理想ですが、そうなると必然的に日本人、特に若手を送り込むポジションは減っていきます。
そのなかで日本人が貢献できるのは、新規事業開発や新技術導入など、味の素が培ってきたノウハウを活かして何か新しいものを立ち上げるような仕事でしょう。つまり会社が成長し続け、新しい事業の芽が続々と生まれている状態でなくては、日本人が活躍できるような仕事も増えない。人も事業も育たなければならないと考えています。
実は今年から、新卒採用の仕組みを見直します。海外で新規事業の立ち上げや新技術の導入といった仕事を任される場合に、そこで成果を上げるためにも、何らかの分野の専門性があることがとても重要になってきます。ところが日本では、自分の専門性を決めずに入社してくる人が多いのが現実です。そこで、生産・R&D、セールス&マーケティングなど特定分野ごとに採用し、入社後10年くらいかけて特定分野のなかで複数の体験をさせながら、専門性を培っていく育成方法に変えていこうとしています。

岡部:他国の人材がわざわざやって来て何ができるのか、というのは私たちも厳しく判断しています。たとえば、日本で他国から人材を受け入れる場合も、まず異動元の国の人事などが成果が出せる人材かを見極め、日本側でも事前に十分検討したうえで受け入れます。そういう人材はとても優秀で、私たちが日常的な業務のなかでは気づけない視点で鋭い指摘をしてくれます。

異質な経験を積む機会をどれだけ多く作り出せるか

松澤:もう1つ、今のように多くの人を送り出すやり方で、本当にグローバルリーダーが育つのかという課題も感じています。GEのように早期に選抜する方法も必要になるかもしれません。
一般的に欧米のグローバル企業では、50代前半くらいでCEOになっている。彼らは30代からCEO候補として選抜され、海外を飛び回って現地法人の経営に携わるなど、多くの経験を積んできています。これに対して当社の場合、若いうちは大勢の人に投資して、徐々に絞り込むので、最も早い人でも50歳くらいでようやく役員に就任する。今後、グローバル企業と伍して戦うには、もっと厳選した人材に若いうちから多くの修羅場を経験させることが必要かもしれません。
ただ、20代のような早い段階でリーダー候補を絞るよりも、一人ひとりの可能性をしっかり見極めたいという思いがあるので、今は多くの人にチャンスを与えて絞り込むのは徐々に、という方法が適切だと考えています。

岡部:私たちも、人材を絞り込みすぎることのデメリットも感じています。これだけ変化の激しい時代に、リーダーを育成するのに、従来の選抜プログラムだけで十分といえるのか。私たちの想像を超えるような突き抜けた人材は、ピラミッド型のタレントマネジメント体系では出てこないと思うのです。
人材育成における海外経験の意義は、最初にもお話ししたとおり、居心地のいい場所を離れて「異質な経験」ができることです。海外以外にも、「異質な経験」ができる場を作り出して、もっと多くの人にチャンスを提供できれば、今まで見えていなかった優秀な人材を浮かび上がらせることができるのではないかと考えています。

松澤:限られた人材だけに投資するのではなく、全体に刺激を与えることは必要だと思います。何か具体的な取り組みを始めていますか。

岡部:ほかの企業の社員に出向してきてもらい、周囲に刺激を与えてもらったり、最近では他社と合同のピアコーチングを試みています。各社から課長クラスのメンバーが集まり、文化や価値観の異なる相手と1対1で相互にコーチングを行うというものです。これらのなかに、居心地のいい場所から越境するという要素があるはずです。

松澤:当社でも、たとえば働き方改革のプロジェクトは、人事部だけでなく、経営企画部や情報企画部など組織横断のタスクフォースを編成して取り組んでいます。異なる環境で育まれた異なるものの見方、考え方をぶつけ合って新しい価値を生み出していくことができればと期待しています。

Text=瀬戸友子Photo=平山 諭