65歳定年制導入でシニア層の働きがいを高め、次世代への伝承と育成を加速 豊田合成
豊田合成株式会社 人事部 人事室 室長 白田敏之氏
豊田合成株式会社 人事部 人事室 窪田真登氏
ゴム・樹脂製の自動車部品の大手メーカーである豊田合成は、2022年、全従業員の定年年齢を60歳から65歳に引き上げた。この施策を導入した背景と、現在までに表れた効果について、同社で人事室長を務める白田敏之氏に聞いた。
シニア層の働きがい向上を目指し定年を65歳に延長
――まずは、65歳定年制を取り入れるまでの経緯について教えてください。
当社の労働組合は2018年、「働きがいアンケート」という社内調査を実施しました。その結果、仕事のやりがいや成長感に関わる項目のスコアが低いと分かったのです。これらを改善するには、仕事の意義や社員への期待を明らかにし、達成感や成長実感を得られる職場づくりが不可欠。労使共にそう考えたのが、働きがい向上を目指す取り組みの出発点でした。
最初に取り組んだのは「マネジメント宣言」です。各職場の上司が自らのビジョンや思いをメンバーに宣言するもので、チームの一体感を強めて働きがいを高める狙いでした。また、並行して「ヒアリング懇談」も行いましたね。こちらは、いろいろな階層のメンバー同士でコミュニケーションをとり、課題を吸い上げて解決するのが目的でした。
続いて2020年頃、「働きがいプラス委員会」という組織が、労使の協力のもとで立ち上がりました。ここで、65歳定年制が議論に上がったという流れです。
――それまでの豊田合成では、60歳で定年を迎える仕組みだったのですね。
その通りです。全社員が60歳でいったん退職し、その後は65歳まで「再雇用」という形で継続雇用していました。当時は、賃金や賞与などの水準が以前より落ちてしまうこと、そして、仕事の中でチャレンジする環境が失われることに不満を感じる人が多かったです。
現代は「人生100年時代」と言われます。60歳を過ぎても、それまでのようにバリバリ働きたいという従業員が増えるのは当然のことでしょう。事実、65歳定年制を導入する前の再雇用希望率は90%を超えていました。
一方、当社では「人材構成の変化」という課題が大きくなっています。今や、当社社員の3人に1人が55歳以上ですから、企業側もシニア層に活躍してもらいたいのです。また、当社は企業としての社会的責任を果たしたいとも考えていました。こうした流れを受け、まずは65歳定年制を導入すべきだと考えたわけです。
賃金水準の低下と挑戦しづらい環境が意欲減退の原因に
――2022年までの再雇用者の賃金水準はどの程度だったのでしょうか。一般的に、再雇用者の賃金は正社員時代に比べ、かなり低くなるケースが多いと思いますが。
今は基本的に、60歳以前の賃金水準の70%としています。理由は2つあります。1つは、2023年から始まった国家公務員の定年延長で、60歳以降の賃金水準が70%とされていること。もう1つは、既存の再雇用者とのバランスをとるためでした。それまで再雇用者の賃金は、60歳以前の50%でした。そこからドラスティックに90%、100%などのレベルに引き上げるのは難しかったのです。
――いずれにせよ、60歳以降の賃金は以前よりかなり高まっているのですね。ただ、従業員側からすれば、60歳以前と以降で能力がガクッと落ちるわけではありません。それなのに賃金が落ちることに対し、不満を感じる人はいるでしょう。一方、企業側としては、高い人件費をずっと払い続けることに抵抗があるはずです。どこでバランスをとるかという議論はあったのでしょうか。
話し合いはかなり行いました。
従来はいったん退職して「再雇用」という扱いに変わりましたし、短時間勤務などの選択もできました。ですから、社員としては賃金の低下を受け入れやすかったのではないかと思います。ところが今は定年が延び、同じ正社員として働き続けています。そのため、賃金水準が下がることに納得できない人はいるかもしれません。何しろ、「賃金は以前の70%に下げるけれど、成果は以前と同様のレベルを期待している」と言っているわけですから。
――そのあたりは、今後解決すべき課題かもしれませんね。
ところで、先ほどもう1つ挙げていただいた「60歳以降にチャレンジする環境が失われることへの不満」についてですが、60歳を過ぎると業務内容は大きく変わっていたのでしょうか。
それは部署や職務によってまちまちです。製造現場ならそれまでと変わらない環境で働けていたケースが多い半面、事務系の部門だとそうでもない傾向がありました。
――賃金や労働環境が変わることについて、上司などから説明を受けたり、コミュニケーションをとったりする場はありましたか。
当社は、仕事と個人の目標やキャリアパスなどについて上司と話し合う「自己申告面談」を、全社員が年3回行っています。以前は60歳近くになると、この制度を使って上司と面談し、定年退職を希望するのか働き続けたいのか話し合っていました。そこで社員が再雇用を希望した場合、その人が決められた要件を満たしているのかを人事部で判断し、再雇用の可否を決めていたのです。そして再雇用になったら、新たに雇用契約を結び直して勤務地や労働条件などを決定。また、その後は成果に応じて賞与額も決める仕組みでした。
――65歳定年制導入前から、再雇用者にも目標設定を行い、それに応じて賞与額が決められていたのですね。
はい。ただし、こうした仕組みが各職場できちんと運用されていたかと言えば、不十分な面もありました。たとえば、本来は60歳以降も年3回の面談をしなければならないのに、実際には行っていないケースがあったのです。そのため、再雇用者は企業からの期待を感じられなくなりますし、各職場も再雇用者を軽く見てしまう。その結果、挑戦する気持ちが失われてしまっていたわけです。
また、「役職の逆転現象」も働きがいをなくす原因の一つでした。当社では55歳あたりから部長や室長といった役職から外れ、「主監」や「主担当員」と呼ばれるポジションに就く人がいます。主監は部長や室長と同格、主担当員は課長やグループリーダーと同格ですが、部下は持ちません。
――この仕組みは、いわゆる「役職定年制」のようなものでしょうか。
そうかもしれません。特にルール化はされていないのですが、当社にはそうした慣行がありました。
――役職から外れる時に、問題が起きたりはしませんか。
いや、特にそういったことは起きていませんでしたね。55歳を超えて役職定年の対象になるような人の多くは、「当社も若返りを図るべきだ」と考えていますし、これまでの慣行も知っていますから。
ただ、そうして役職から降りた人は、以前は部下だった人の下で働くことになるわけです。これも、働きがいの面では悪影響を及ぼすケースがありました。
――65歳定年制の導入前には、いろいろな課題があったわけですね。
60歳以降も安心して活躍できる環境が、未来の成長につながる
――それでは、65歳定年制導入についてのお話を聞かせてください。
コンセプトとして打ち出したのは、安心・活躍・伝承の3つでした。安心感を持って働き続けられる環境を用意し、社員が60歳を過ぎてもチャレンジ・活躍し続けることを後押しして、社内で培った技術や技能、経験を後進につなげて組織としての総合力を高めるのが目的です。
評価制度をはじめとする人事管理制度については、59歳以前の仕組みをそのまま継続することにしました。前述の通り、60歳を過ぎた時点の賃金水準は、既存再雇用者とのバランスをとってそれまでの70%に設定していますが、その後は65歳まで昇給の可能性があります。また、「特別処遇制度」という仕組みを設け、中には70%ではなく、80~100%の賃金水準になる人もいます。
退職金については、それまで60歳時点で支給していたのを、65歳で支給する形に変わりました。なお、賃金水準は70%などに下がりますので、積み上がるペースは60歳以前に比べると下がります。
――「特別処遇制度」とはどんなものでしょうか。
重要な職責や役割を担う人に報いる仕組みで、「役職登用」と「特命登用」の2つがあります。役職登用は、60歳以降にもグループリーダー・課長級以上の役職を務める人や、海外拠点で社長などを務める人が該当。部長・拠点長級では60歳以前の100%、室長・次長級は90%、グループリーダー・課長級では80%の賃金水準です。一方、高度専門知識や経験、重要プロジェクトを担当する特命登用でも、業務内容に応じて80~100%の賃金水準が設定されます。
――たとえば60歳まで部長だった方の中には、60歳以降も部長職を務める方もいれば、部下を持たない「主担当員」「主監」になる方もいらっしゃるわけですね。そこはどうやって分かれるのでしょうか。
基本的には、適切な後任がいるかどうかで決まります。先ほどの例なら、他に部長職を十分に引き継げる人がいる場合は交代してもらいますし、後任がいなければ引き続き部長を務めてもらうわけです。
なお、主監や主担当者になった人の中にも、特命登用として処遇される人もいます。
――65歳定年制を導入してから3年以上が経過しましたが、どのような課題がありますか。
やはり、賃金水準への不満が最も大きいですね。特に製造現場で働いている人などは、本心からは納得できていないというケースが少なからずあります。65歳という定年年齢や、以前の70%の賃金水準は、一般的に見れば恵まれている方だと頭では分かってはいるのです。しかし、仕事内容は60歳以前と変わらないのに、給与明細を見ると額面は70%に落ちているわけですから、そこが腑に落ちないわけです。気持ちは分かります。
もう1つの課題感としては、製造現場における勤務体系の問題でしょうか。当社は一部の製造現場で、3交替制勤務や2交替制勤務を導入しています。60歳を超えると夜勤は大変でしょうし、時差のある交替勤務も体力的に厳しいという人が増えます。そこで、短時間勤務など働き方の選択肢を増やしてほしいという要望は一定数あります。
――それから、先ほどお話しいただいたコンセプトの中に「伝承」がありました。こちらは豊田合成にとって、やはりキーワードなのでしょうか。
その通りです。技術の伝承や後進の育成はとても大切で、60歳以降の社員にはそうした役割も期待しています。事実、技術伝承や後進育成に関わるプロジェクトに携わる60歳以上の人は何人かいます。
一方で、現時点で55歳以上の世代が抜けた後を考えることも必要です。冒頭でも触れたように、当社社員の3人に1人が55歳以上です。逆に言えば、この世代がいなくなったら、今より少ない人数で会社を運営しなければならないわけです。
将来も企業を存続させ、成長させるためには、伝承や育成への取り組みが不可欠です。そのためには、伝承や育成の担い手である60歳以上の方のモチベーション向上がポイントになるのです。
聞き手:千野翔平
執筆:白谷輝英
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