人事部門と経営企画部門が連携し「介護を話せる職場」を作る。社員の発案から生まれたプロジェクトが目指すものとは。――日立ソリューションズ 伊藤直子氏
日立ソリューションズは、仕事と介護の両立を「持続可能な経営」における経営課題として捉え、人事部門と経営企画部門のタッグにより、介護をオープンにできる職場づくりに取り組んでいます。そこで目指されているのはどのような状態なのでしょうか。2023年から「仕事と介護の両立」に向けた全社プロジェクトをリードする、経営戦略統括本部 エグゼクティブエバンジェリスト兼事業戦略本部本部長の伊藤直子氏に聞きました。
社員の声から始まった、仕事と介護を“経営課題”として捉える挑戦
――プロジェクトはどのようにして立ち上がったのでしょうか。
この取り組みは、2022年度に実施された新CSR活動のアイディアソンがきっかけで立ち上がりました。多くのアイデアが集まり、社員投票と社長・役員による審査を経て最優秀賞に選ばれたのが「仕事と介護の両立」だったのです。
社員投票時には、介護経験者や予備軍にあたる社員からの多くの応援が寄せられました。社長や役員も50代、60代で、介護を自分ごととして実感できる世代であり、「会社としてやる意味がある」と判断されたのだと思います。最終的に社長判断で、2023年度からプロジェクトとして進めることになりました。
プロジェクトは、アイディアソンを企画していた経営戦略部門と人事総務本部が連携して推進しています。制度設計や社員サポートは人事が担い、社外発信や他社連携、全体の思想整理などは経営戦略側が担う、両輪の体制です。
――プロジェクトが目指しているのは、どのような状態ですか。
方向性を定めないまま施策を打ってしまうと、やったことが何をもたらしたのかを把握できません。そこで最初に取り組んだのが、「ありたい姿」を言葉にすることでした。
例えば、「会社および自身の状況を正しく客観的に理解している」ことや、「全員が介護・ケアラー、業務影響に対する正しい知識を持っている」という状態です。もともと会社には法律に基づく制度やそれに追加した支援がありました。それでも実態調査をしてみると、介護が始まったときに何が起こるのか、仕事にどんな影響があり得るのかを知らない人が少なくありませんでした。だから社員全員が、「介護し始めると何が起こるのか」「業務影響があり得るのか」を理解している状態をつくる必要があると思いました。
図表 5つのありたい姿
「ありたい姿」には、「介護をポジティブに捉え、あたりまえのこととして対応」できる状態も含まれます。介護はネガティブに捉えられがちで、周囲に伝えにくく、本人が抱え込みやすい。そうではなく、当然のことと捉えられる空気をつくりたいと考えました。
介護をしているケアラーや予備軍としてのネクストケアラーの状況が必要な範囲で共有されている状態も目指しています。状況を共有できて初めて、できること・できないことが見え、チームとして調整ができるようになります。その上で、介護をしながらも能力を発揮し、仕事に貢献できる状態を作りたいと考えています。
介護のリテラシーの獲得と介護を語れる職場づくりを目指して
――様々な取り組みを行うなかで、特に重視しているものは何ですか。
これまで実態調査や相談窓口、情報提供、セミナー開催、社内コミュニティの創設、ロールストーリーの共有など、さまざまな取り組みを行ってきました。なかでも一番重視しているのは、社員が正しい介護のリテラシーを持つための取り組みです。介護は、間違った理解のまま進むと本人も周囲も苦しくなります。地域包括支援センターや介護コンシェルジュなど、「最低限これだけは知っていてほしい」情報について、周知に力を入れています。社内への実態調査でも、介護知識がある社員では、知識がない社員と比べて、「介護をしながら仕事を継続できる」と回答する割合が2倍以上に上っており、重要性を認識しています。
もう一つ、およそ2か月に一度、繰り返し開催しているトークライブも大切にしています。これは介護をあたりまえのこととして話せる空気を作るために行っているもので、介護に思いを馳せたり、家族会議について話したり、日立ソリューションズ流の両立を考えたりと、テーマはさまざまです。両立経験者に登壇してもらい、リアルな体験の共有を行うこともありました。毎回150人以上が参加しており、トークライブの通知をきっかけに「今まさに困っている」という相談につながったこともあるなど、きっかけとしての価値も実感しています。
管理職はどのように介護中の部下に向き合うべきか
――上司をキーマンとした取り組みについて教えてください。
従業員調査を見ると、「相談先は誰か」という問いに対して、8割以上が「上司」と答えています。業務に影響が出やすい話だからこそ、最初に上司に相談するのだと思います。制度の窓口は人事でも、最初の受け止めは上司になる。だからこそ、上司が対応を間違えると、本人が追い込まれてしまいます。
そのため、管理職向けのセミナーや研修を実施しています。内容は、法制度の基礎知識に加えて、相談を受けたときにどう対応するか、何を言ってはいけないか、といった実務的な部分です。またトークライブにケアラー本人、その上司、同僚の3人に登壇してもらい、管理職はどんな役割を果たしたらいいのかを議論したこともありました。
管理職に伝えているのは、休業など会社の制度を間違えずに伝えるのは当然として、「あなたは仕事をどうしていきたいのか」「どんなキャリアを考えているのか」をまず聞くことです。その上で事情を踏まえて仕事や働き方の調整をする。この順番が大事だと思っています。やることは同じ業務調整でも、介護を中心に話すのか、仕事を中心に話すのか、文脈が違うと受け止め方が大きく変わります。上司が話すべきことは仕事のことであって、上司が介護に過剰に介入する必要もないと思っています。
また、介護の負担に同情して安易に「責任の軽い仕事にしてあげる」という対応は、家庭がある女性に「責任ある仕事は任せない」と言うのと同じ構造です。管理職もプレイングマネージャーとして忙しい中で、介護の事情に必要以上に踏み込むことは求められません。その反面、ケアラーの立場にあってもできる範囲で力を発揮してもらうために、一緒にどうしたらいいかを考える存在であってほしいです。
仕事を軸に、納得できる選択をするために
――仕事と介護を両立する社員に、どのようであって欲しいと考えていますか。
自分の人生であり、自分の仕事ですから、「自分が何をやりたいか」を大事にしてほしいと思っています。介護が始まったからといって、こうしなければならない、という正解があるわけではありません。ただ、仕事以外に大きな不安を一人で抱え込んだ状態だと、能力は発揮しづらくなってしまいます。
上司や同僚に相談したからといって不安がなくなるわけではありませんが、できること・できないことを伝えて業務調整した方が、引き受けた部分でパフォーマンスを出せるのではないでしょうか。「介護が始まっても、仕事をベースに、できる範囲で介護する」という選択肢も含めて、本人が納得できる形を選んでほしいですね。
聞き手・執筆:大嶋寧子
大嶋 寧子
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる政策調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。
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