
日本企業に潜む特殊性の正体と戦い方
株式会社プロテリアル CHRO 中島豊氏
意味がなさそうな仕事が生まれて増殖する背景には、グローバルに共通する要因に加えて、日本企業に潜む独特な要因があることが見えてきた。この日本企業にある特殊性の正体を明らかにし、打開策を考えるために、数多くの日系、外資系企業で長く人事責任者を務め、現在は日本企業の人事責任者として変革をリードするプロテリアルCHROの中島豊氏と対談した。
日本企業とグローバル企業の違い
豊田:これまでのキャリアを通して、JTC(Japanese Traditional Company)と言われるような日本企業の特性と、グローバル企業が持っているメンタリティやマネジメントのあり方の違いを肌身で感じている中島さんに、ぜひ伺いたいのは、日本企業には意味がなさそうな仕事を生み出してしまう独特の要因は何か、ということです。これまでのリサーチで様々な方の話を聞きましたが、日本企業の事業部門レベルでは、全体最適の視点を欠いた意思決定やオペレーションに対する意識の薄さが問題として聞かれました。日本企業とグローバル企業の違いは一体、何なのか。ご自身の経験の中で、どのような点がまず挙げられるでしょうか。
中島:外資系企業に転職して20年余を経た後で日本企業に戻ってきて気が付いたのは、グローバル企業と考え方のデフォルトが違うということです。グローバル企業では、戦略があって、組織があって、その上でポジションがあって、人がいるという順序が徹底されています。しかし、日本企業では、戦略があって、人がいて、人に合わせて組織を作っています。
グローバル企業では、まず戦略に基づいて組織を設計します。その組織の中でポジションが機能し、それぞれのジョブをマネジメントすることで、オペレーションが安定します。さらに、個々のパフォーマンスをマネジメントすることで、業績管理の仕組みが自然と整います。一方で、日本企業では、仕事を個人の「ジョブ」ではなく「職場」という概念で捉えています。このため、自分の仕事に対する説明責任がありません。例えるなら、各人が戦略と役割をきちんと理解して動いている上手なサッカーと、ボールがあるところにみんなが集まる下手なサッカーとの違いに近いです。全体を俯瞰しながら計画して仕事を進めていく構想力や大局観のようなコンセプチュアルな考え方が欠けているところもあります。
豊田:日本企業では組織の前に人がある。確かにそうかもしれません。しかし、見方を変えれば、現有戦力がわかっているとも考えられます。日本企業は「戦略は組織に従う」である、リソース・ベースド・ビュー(※)という理論に沿っているという指摘もあります。
中島:その発想が逆転してしまうのです。この現有戦力であれば、この戦略しか取れないという考え方に走ってしまいます。戦略が組織ではなく人に従っています。これをやりたいのに人が足らないという発想は結構あります。しかし、そこに人を充てられるように仕事を減らそうという発想は出てきません。その仕事について、会社という小さな社会にとっての意味あいでしか考えられなくなっています。狭い世界で限られた情報だけで判断された「限定合理性」の中で仕事を減らさない言い訳を考えてしまっています。
俯瞰的な視点を欠く背景
豊田:視野が狭い、内向き、という指摘はかねてからよく聞かれます。なぜ、俯瞰的な視点を持てないのでしょうか。
中島:世の中の動きに対して、ある程度の情報は取っていると思うのですが、本質を見極めずに矮小化して理解しているのではないでしょうか。マネジャーに対するマネジメント研修もたくさん展開されていますが、思考フレームが中心になってしまい、マネジャーもそのフレームを使った薄い議論に陥ってしまいがちで、とことん突き詰めた経営の議論を行う訓練が不足しているように思えます。
豊田:マネジメント人材がなかなか育たない、という話もよく聞きます。このクラスになってくると、現場での経験学習だけではなく、経営人材的な視点や視界を身に付ける必要があります。そこには広くて深い川があるはずなのですが、部長が大課長になったりして、現場としてのプロフェッショナリティの発揮や業績を上げることにとらわれてしまうことがありますね。
中島:もう一段上の高いレベルの視野で検討することが必要になるはずですが、現場のミクロなところに入り込んで、それができなくなり、根本的で肝心なところが抜け漏れてしまいます。例えば、労災事故の再発防止に向けた取り組みでも、安全活動などの細部に注力して忙しくしていますが、実は、根本的な原因は指差し確認などの基本動作が徹底されていないことにあったりします。営業現場でも、基本動作が徹底的に仕込まれている会社は、プロセスをしっかりと管理するので結果がついてきます。一方で、営業が弱い会社は、ノウハウが属人化してバラバラになってしまっています。同じようなことは工場の管理システムでも生じていて、各工場にローカルなルールがあって、それぞれ独自のシステムで処理しようとして、結果的に仕事を増やしていることがあります。属人化した仕事に合わせてシステムを作ろうとするので、平凡なシステムが出来上がって、結局みんなが困るような話は多いですよね。システムに仕事を合わせる発想が必要です。
かつての強みと限界
豊田:まさに、戦略があって人がいるという状況に陥っていますね。今はそんな状況にありながらも、一時期の日本企業は世界に冠たる存在だった時代がありました。あれは何だったのでしょうか。日本全体として、割と同じようにパターン化されたことを高速回転させて成功したことが影響しているのでしょうか。
中島:おもてなしや無料サービスを続けていたらコストが上がってしまうという問題意識があって調べてみました。1980年代、日本企業はきめ細かな情報共有と丁寧で緻密な摺り合わせで質を高めていました。しかし、2000年代を迎えるころから、収穫逓減の法則により、妥当なコストでより高いクオリティを追求することは難しくなります。さらに、グローバル化が進み、人や価値観が多様かつ複雑になっていく中で、情報共有と摺り合わせに必要な情報量が限界を超えて増大しました。その結果、従来のやり方を継続することは、間尺に合わなくなってきています。しかし、もうできませんというギブアップをせずに、頑張ろうとするのが日本の企業です。
豊田:なるほど、ここでも、戦略を描き直すのではなく、人の力に頼ってしまうわけですね。個人レベルでグローバル企業と比較した時に、日本の傾向のようなものはありますか。
中島:昔の製造業の話ですが、できないことがあれば、それは自分のせいだと内省して、自分が頑張ることで克服してきた歴史があり、今もその傾向が残っています。だから、自分たちで何とかしてしまおうとして、やめようということが言い出せなくなります。その結果、できなくなってしまった仕事に決着をつけられず、改善も行われないまま、やむを得ず放置されてしまいます。その結果、組織に莫大な非効率を生み出しているのではないでしょうか。
学びの場作りから始まる変革
豊田:そういった旧態依然とした組織の変革は、どのように進めればいいのでしょうか。
中島:グローバル企業になるための定石は4つあります。1つ目はグレーディングなどでジョブと一人ひとりの責任を明確にすること、2つ目はトレーニング、3つ目が情報システムも含めてデータをしっかりと整備すること、4つ目はカルチャー変革です。組織には歴史的な経路依存性というものがあるので、一つひとつを順々に進めていると大きな抵抗に遭ってしまいます。一気通貫で短期に進めないと企業は変わりません。経営層は変わることに対して難色を示しがちです。特に、年功的な職能制を廃してジョブグレードに変更することに対する抵抗は強くあります。これまでの、ある種の「予定調和」的な人事の世界観を壊すからです。またCEOクラスであっても、海外の経営者のような経営者教育が十分ではないので、トレーニングに対してはそれで変わるのかと疑問を抱くことがあります。実感できないのだと思います。
豊田:社会人でも年齢を重ねるほど学ばなくなることは、様々なデータからも明らかです。学ばないからこそ、感覚的に抱いている想いを言語化できないのではないかとも思っていました。この点、中島さんは働きながら博士号を取得されました。取得されたからこそ、違う視界をお持ちではないかと思いますが、見え方が変わった経験はありますか。
中島:アカデミアの訓練では、問題の本質を一生懸命突き詰めます。そういう本質に立ち返ることは、視野を高めるのに役立ちます。一つの事象が起こっても、それを周辺のいくつかの事象と結びつけた見方ができるようになります。体系的に整理されている過去の知見は、物事や事象を見る上で大事です。
視野を高める経験は実務でも設計できます。若い時は感性が高く、いろいろと違和感を抱いて、それを解消しようとする気持ちもあり、別の方法を試すことが学びにつながります。だから、組織改革の取り組みでも、専門家やコンサルタントと一緒に仕事をする機会を作ったり、大きな会議の仕切りを任せたりなど、若手が経験を積める機会を作ることが一番いいです。間違いなく学びます。
豊田:実践の場を設けて学ばなければならない必然性を持たせると、当事者意識も芽生えますね。一気通貫の組織改革も、制度を入れるのではなく、ある種の場を作っていくことで、一体的に動いていくように思います。
中島:組織改革であらゆるところを刷新しようとすれば、多くの場が作られます。そこに若手を関与させることで、発言しにくくなっていた若手の意欲が引き出せます。旧態依然とした組織の中にいると、年功で評価されたり、役職としての仕事が評価されたりするので、意味がなさそうな仕事が見えなくなります。必要のない仕事をずっと残してしまって、なくすこともできなくなってしまいます。そこから抜け出して一つひとつの仕事で評価されるようになることで、初めて意味がなさそうだとわかるようになります。
専門性と俯瞰する眼の身に付け方
豊田:ジョブのパフォーマンスで評価されていれば、やっても意味がない仕事を判断できそうです。アサインがいいかげんになっているのでしょうか。
中島:アサインの仕方もそうですが、仕事が細切れになっていて、手が空いた人につまみ食いをさせている状態になっています。専門や担当に集中させられていません。
豊田:一方で、専門を分けることで効果が高まることもあれば、専門性を持ちすぎるとタコツボ化してしまうこともあります。どのように専門同士の連携を生み出せばよいのでしょうか。
中島:長期雇用が前提になっていれば、近しい専門でまとめたジョブ群の中での人事異動をすることでキャリアパスをしっかりと設計すれば問題ありません。私は、ポジション・ディスクリプションといっています。これは、後任者計画の策定にも有効で、そのポジションの仕事が何をやるのかを明らかにして、後任としての候補者に足りないことも可視化できるようになります。
豊田:事業部やポストを再編していくプロセスの中で、全体を俯瞰する眼は、実務の中で身に付いていく感覚はありますか。トレーニングや子会社での勤務などがよく言われますが、そういった経験で見えてくるものなのでしょうか。
中島:手っ取り早く身に付けるには、子会社や海外での経験です。大きな会社だとタコツボ化してしまいます。小さな規模でも組織全体を広く見渡す経験が大事です。現場があれば、そこで人の管理も含めてマネジメントの経験をすることもあります。そのような経験を積む人の中には、さらに上位のマネジャーに適性のある候補者も出てきます。
しかし、そこで、経験だけに頼りすぎると我流になってしまうので、やはり体系的な勉強はしてもらわないといけません。勉強の中心は、経験から得られた経験をふりかって、仕事の本質を理解すること。そして、仕事における余分なものを減らしていくことです。
仕事の出来不出来は「料理の味付け」に似ているかもしれません。味をひと匙、ひと匙増やしていくと素材の味(=本質)を見失ってしまいます。しかし、名人は味を「ひと匙引く」ことで、より本質を明確にし、パフォーマンスを上げることができます。仕事を増やすのではなく、やめることをまず検討することで、仕事の本質を見極め、それをイノベーションにつなげていくことに結びついていくでしょう。
豊田:シンプルでも本質をえぐれば、パフォーマンスにもつながります。すべての仕事に共通することなのかもしれませんね。
(※)リソース・ベースド・ビュー(Resource-Based View, RBV):企業の競争優位性が、他社には複製や模倣が困難な、企業独自の経営資源(リソース)から生まれるとする経営戦略論