生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.5
SIGNATEは、社会のDX人材不足を解決するために、企業のDX支援と、DX・AI人材の育成およびキャリア開発の両面から取り組んでいる。AIやデータサイエンスを扱う人材が登録するプラットフォーム「SIGNATE」や、コンペティションを通じ企業のAI開発・データ分析を支援する「SIGNATE Competition」の運営などを手掛けている。同社の代表取締役社長で、筑波大学人工知能科学センター客員教授なども務めている齊藤秀氏にお話を伺った。
生成AIなら多くのアイデアを短時間で具現化可能
――生成AIが登場したことで、人がしなくてよくなったことや、人の力を超えてできるようになったことは何ですか。
現時点で「人がしなくてもよくなった仕事」は、まだないといった方がいい。少なくとも、人の仕事をすべて奪ってしまうほどではありません。ただし生成AIが道具としてとても便利だ、ということは間違いありません。
まず、ドキュメントを書いたり情報を処理したりする業務はかなり楽になっています。また、僕らのようなテクニカルサイドの仕事にも、大きなインパクトがありました。新しいコンセプトのサービスを生み出そうとするときは、人に見せたり議論のたたき台にしたりするためにプロトタイプを作りますが、ChatGPTなどを使えばより短時間でプログラミングが可能です。特に、優秀な人にとっては、生成AIを使うことで時間あたりのスループットは明らかに増えているでしょうね。
人に新たな気づきを与えられる点も、生成AIの長所です。今はRAG(Retrieval-Augmented Generation)(※1)がさかんで、生成AIに自社のデータを付け加えたりする取り組みが進んでいますが、こうした中で人間の認知を超えたデータ処理ができるようになりました。
生成AIによる分析や処理を見て「こういうこともあるのか」という発見をする機会は、今後増えるはずです。また、生成AIは解のない領域と相性がいい。生成AIのAPI(Application Programming Interface)(※2)を使って膨大な情報を整理することで、新しいアイデアが浮かぶこともありそうです。
――生成AIの登場で、エンジニアはどれくらい恩恵を受けているのですか。
人によって差があります。一般論でいえば、仕事が幅広く分散しているエンジニアはさほど大きな恩恵を受けていません。一方、専門性の高いエンジニアは、どの業務で生成AIを使うべきかがわかりやすいため、メリットを享受しやすいでしょう。欧米では日本に比べると生成AIの労働代替が進んでいますが、その理由の一つがこれです。あちらはジョブ型の働き方をしている人が多く、その分、エンジニアの専門性が高いといえると思います。
ただし、これはあくまで一般論です。生成AIを使うか使わないか、使うとすればどの程度なのかという裁量は人間側にあるので、個人のスタンス次第で恩恵の大きさは変わってきます。僕はどちらかというと生成AIを積極的に使うタイプの人間ですが、中には生成AIを全く使わない人もいます。
何が両者を分けるのか。一つには、生成AIというツールを信じられるかどうか。そしてもう一つが、質と量のトレードオフをどう考えるかということです。僕は、生成AIを使えば数多くのアイデアを短時間で形にできる点に大きな価値を感じています。ですから、多少精度が低くても使ってみようとするのです。ですが、僕とは逆の考え方をするエンジニアもいるはずです。
生成AIを積極的に活用すべしという圧力はさらに強まる
――生成AIの普及で、働き方やチームのあり方は変わるのでしょうか。
変わると思います。米国のOpenAI社は2024年7月に、人間のような汎用的な知能を持つAGI(Artificial General Intelligence)(※3)までの5段階スケールを発表しました。レベル1は、自然な会話ができる「Chatbots」。レベル2が博士レベルの高度な問題解決ができる「Reasoners」。レベル3が独立して目的に向けた行動ができる「Agents」。レベル4が新たな発明や創造ができる「Innovators」。そしてレベル5が、組織全体の業務を遂行する「Organizations」です。
現在はレベル2の一歩手前で、まだ人間がAIを使う状況ですが、レベル5の段階では、AIそのものが組織的に多機能化します。そうなると、1人の人間と多機能なAIが組んで仕事をする、「人が少ない職場」への変化、という流れが考えられるのではないでしょうか。OpenAIの最高経営責任者であるサム・アルトマンが呼ぶところの「1人ユニコーン」、つまり超小人数なのに大規模に事業展開できる有望な企業がたくさん生まれるわけです。
僕らのように生成AIをガンガン使うタイプの人間もいますし、「人が少ない職場」に象徴される未来に抵抗感を覚える人もいるでしょう。その行き着く先は、「人は何のために働くのか」という問いに対する答えが、どこに着地するのかで変わるのかもしれません。ただ、生成AIを積極活用する圧力は、さらに強まると見ています。
海外になかなか行けなかった時代では、海外の情報の価値は今よりずっと高かったはずです。ところが今は、インターネットで簡単に調べられてしまいます。つまり前提条件が変わると、ものごとの価値も大きく変わるのです。
それと同じで、生成AIが登場しているのに全く活用せず、生産性が低いままでいると、職場から淘汰される危険性は高まるでしょう。今は、スマートフォンを使わなければ仕事も生活も難しいもの。生成AIも、そういう存在になるのでしょうね。
生成AIを使える人々の間でも能力の差が広がる
――なるほど。ところで、以前に比べるといろいろな分野でユーザーインターフェースが使いやすくなりました。そのため生成AIの技術習得のハードルは低くなり、誰もが使いこなせるようになるという人もいますが、どう思われますか。
確かに、インターフェースがどんどん改良されているのはおっしゃる通りです。初期のコンピュータプログラミングは機械語とよばれる0と1の組み合わせで行われていましたが、やがて人間にも理解しやすい英単語と記号による指示という形に変わりました。そして今、生成AIに命令するときは普段使う言葉をそのままを入力すれば事足ります。特別な知識がなくても、コンピュータと高度な意思疎通ができるようになったわけです。
普段使う言葉という空間に、テクノロジーの方が下りてきた、つまり、インターフェースが圧倒的に親切になったので、高等なことが専門知識なくできるようになりました。こういう環境では生成AIを使う人と使わない人で差が出るのは当然です。
さらにいえば、生成AIを使っている人たちの中でも同様のことが起こります。生成AIの仕組みを知っている人と知らない人とでは、大きな差が出るのです。パソコンを例にとると、一口に「パソコンが使えます」といっても、コンピュータの設計を理解している人と、単にいくつかのソフトウェアを使える人とでは大違いです。後者はおそらく、パソコンの全機能の1%も使いこなせてはいないでしょう。
同じように、生成AIの裏側で起こっている仕組みを知らない人は、生成AIをフル活用できるようにはなりません。今後は生成AIを使える人々の中でも、能力の高い人とそうでない人との差が広がりそうです。
生成AIにはできない差別化を考えるのがマネジャーの役割に
――これまでの話を踏まえたうえで、マネジャーの役割や仕事は変わりそうですか。変わるとしたらどのように変わりそうですか。
難しい質問ですね。「1人ユニコーン」が増えるとすれば、メンバーがいなくなるのに伴って人間を管理するマネジャーも減るでしょう。また、人材育成や人事管理などのツールが埋め込まれていけば日々のマネジメント業務は格段に便利になると思います。
そういう意味ではマネジャーの役割や業務は少なくなります。ですが、実際に組織を調和させたりビジネスにおいて決断を下したりする仕事は、今後も残ると思います。また、機械の人事評価に拒否反応を示す人はまだ多いので、評価やゴール設定などの仕事も当面は残りそうです。
とはいえ、医師がインターネットで患者から相談を受けるような実験では、AIの医師は人間の医師と比べて、アドバイスのクオリティにおいても、共感性においても患者からの評価が高かったという結果が出ています(※4) 。
このように共感性やコミュニケーションという分野でもAIの方が長けてくると、上記のような役割すらもマネジャーに残らないかもしれません。AIの方がコミュニケーション能力や心身のケアという面でも人間を超えてくるという前提に立つと、人間同士は直接会話せず、常にAIを介した方がいいという世界になるかもしれません。
また、現代では、あらゆるものが平準化しています。メジャーな生成AIは数種類ありますが、どこも似た能力を獲得しています。また、社会全体がコンプライアンスを重視してリスクをとらなくなっているので、企業や人も同じような行動をとりがちです。大企業が行うような平準化されたオペレーションは、生成AIによって代替される可能性大です。そうなると、大企業が多くの従業員を使って大規模に進めている事業には先がないかもしれません。
逆にいえば、その企業独自の社風や、その人だけの個性のようなものをいかに打ち出せるかが重要になるかもしれません。生成AIに「普通でないこと」を言わせるのは実は大変です。人の力で生成AIにできないことをするのが、魅力や差別化につながるケースもあるはずです。
生成AIでさまざまなことができるようになると、最終的には価値観というか、「我々はどこを目指すか」を決めることが重要になります。これは解がないので、マネジャーのタスクとしてより重要性が増すでしょう。
社内のしわ寄せがマネジャーにきている現状を生成AIが変える
――生成AIが世界を大きく変えていきそうですね。
はい。僕はそうした未来に肯定的な立場です。せっかく便利なツールが出てきたのだから、皆で活用法を考え、いかによい形で社会に実装するかという点に関心があります。
今や大手の金融機関でも、チャットツールを使うようになりました。極論をいえば、新入社員が頭取に直接メッセージを送ることもでき、情報伝達の仕組みが大きく変化したわけです。今後、生成AIが企業に埋め込まれた世界の中で、中間管理職としてのマネジャーがどれくらい必要かというのは論点の一つでしょうね。
現在は、経営者が投資家やステークホルダーなどの“社外”を気にする中、社内のしわ寄せがマネジャーにきています。でも、生成AIがその歪みを消してくれる可能性は十分にありそうです。そうした成功事例が出てくると、組織も世の中も変わっていくでしょう。当社のような規模の企業やデジタルネイティブな会社は勝手に生成AIを使っていきますが、大企業が生成AIで生産性を2倍に高めるような事例を早く見てみたいですね。
生成AIは、人口減少に直面する日本の福音だと思っています。日本が長年抱えてきた課題を解決する、大きな突破口になるでしょう。それを支援する企業はまだまだ足りませんが、当社を含め、もっとこの突破口を広げていく企業やサービスを増やし、新しい世界を作っていかなくてはならないと思っています。
(※1)外部の独自情報を大規模言語モデルによるテキスト生成と組み合わせ、回答の精度を高める技術のこと
(※2)アプリケーション間を連携させるルールや規約のこと
(※3)汎用人工知能
(※4)Leas ,E.C.et al. Comparing Physician and Artificial Intelligence Chatbot Responses to Patient Questions Posted to a Public Social Media Forum, JAMA Intern Med. 2023;183(6):589-596.
株式会社SIGNATE 代表取締役社長CEO/Founder
2013年に日本初のAIコンペティションサービスを事業化。国内最大約10万人のAI人材会員基盤「SIGNATE」を運営し、AI開発・AI人材採用・育成事業を中心に約1000社のDXを支援。2015年より国立がん研究センター研究所 客員研究員、2017年より筑波大学人工知能科学センター 客員教授を兼務。
聞き手・編集:武藤久美子、石原直子
執筆:白谷輝英
武藤 久美子
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。