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新政権の雇用労働政策
第2次トランプ政権発足から5カ月
2025年1月20日に第2次トランプ政権が発足してから、約5カ月が経過した。この間に発令された大統領令（Executive Orders）は163本（6月16日時点）に達し、バイデン前大統領が4年間の任期中に署名した162本を超える数字になっている。本稿では新政権において特徴的な雇用労働政策について取り上げる。
DEI（多様性・公平性・包括性）プログラムの後退
トランプ大統領は就任直後、連邦政府によるDEI推進は違法かつ差別的であるという見解を示し、バイデン前大統領政権下で発令された「連邦政府機関を通じた人種的平等の推進と十分にサービスを受けていないコミュニティへの支援」という大統領令を撤回した（※1）。
この方針に対する州の反応は分かれている。テキサス州では州知事が州政府内のDEI施策を廃止する行政命令を発し（※2）、フロリダ州ではDEI促進に逆行する法案が州議会に提出される（※3）など、トランプ政権の方針に沿った動きを見せる州がある一方で、反発の姿勢を示す州も少なくない。マサチューセッツ州やカリフォルニア州など16州の司法長官は、職場におけるDEIイニシアティブの重要性を訴え、DEIプログラムへの支持を表明する共同書簡に署名している（※4）。
産業界の反応もさまざまである。Google、Amazon.com、Ford、Target、Walmartなどの大企業はDEIへの取り組みを縮小しているが、CostcoやCiscoは継続的なコミットメントを表明している。また、American ExpressやAppleの株主は圧倒的多数がDEIを支持する投票を行っている（※5）。ただし、大多数の企業はDEIプログラムに関して公の場で発言することなく、沈黙を保っている。
連邦政府職員の雇用凍結
2025年1月20日、第2次トランプ政権の発足と同時に、トランプ大統領は連邦政府の採用プロセスを改革し、実力主義を復活させることを目的とした大統領令（※6）を発令した。これに加え、連邦政府機関職員の新規雇用を凍結する大統領覚書にも署名している（※7）。ただし、軍隊、移民法の執行、国家安全保障、公共の安全に関わる職務については適用除外とされた（※8）。
この新規雇用凍結は、政府予算の無駄や乱用を排除することを目的としているが、試用期間中の職員が解雇されるなど、その影響は広範かつ深刻である（※9）。
連邦契約者の最低賃金カット
2025年3月14日、トランプ大統領は、連邦政府と契約を結ぶ請負事業者に対し、最低賃金を時給15ドルに引き上げることを義務付けたバイデン前政権の大統領令（※10）を撤回した（※11）。この大統領令は2021年に発令され、2025年1月1日には最低賃金が17.75ドルにまで引き上げられていた。現時点では、トランプ政権が連邦請負事業者の最低賃金をどの程度に設定するかは明らかになっていないが、バイデン政権以前の水準に戻す場合の最低賃金は13.30ドルとなり、約25%の削減となる。なお、この賃金カットの影響を受ける労働者は約40万人にのぼるとみられている（※12）。
労働力開発プログラムの近代化と登録見習い制度の拡大
2025年4月23日、トランプ大統領は米国の労働力開発プログラムを近代化し、登録見習い制度のプログラムの拡充を図る大統領令に署名した。
この大統領令では、発令日から90日以内に担当機関がすべての連邦労働力開発プログラムを見直し、労働者支援のための戦略を定めた報告書を提出すること、また120日以内に新たに100万人の登録見習い制度の実習生を受け入れる計画書を提出することが求められている（※13）。
連邦労働力開発プログラムに関しては、新興産業における労働力ニーズとスキル需要に対応したシステムの統合、リソースの再編が命じられている。
登録見習い制度については、高成長産業や新興産業における制度の拡大を図り、プログラム参加者に対して一貫した支援を提供するとともに、教育システムとの連携強化が計画されている。
米国では多くの業界で熟練労働者が不足しており、特に建設業における人手不足は深刻である。2024年には約44万7000人の労働者が不足していた。労働統計局によると、今後10年間にわたりこの不足はさらに拡大する見通しである（※14）。
新政権発足からわずか5カ月しか経過していないが、これまでに打ち出された雇用労働政策は、全体として労働者にとって厳しい内容が多く、多方面からの反発が目立っている。連邦政府は長年にわたり労働力革新機会法（Workforce Innovation and Opportunity Act）に基づくプログラムなどに多額の予算を割り当ててきたが、効果はほとんど表れておらず、政府予算の無駄遣いであると批判されていた。新政権がこの点にメスを入れる姿勢は評価されてよいかもしれない。
（※1）Federal Register, “Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencing” Executive Order 14151 of January 20, 2025
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/ending-radical-and-wasteful-government-dei-programs-and-preferencing/ (last visited June 24, 2025)
日本貿易振興機構（2025）「トランプ米大統領、連邦政府の多様性、公平性、包摂性（DEI）を終了する大統領令に署名」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/01/35e2c07c6fef9cad.html (last visited June 24, 2025)
（※2）Austin American-Statesman, “Gov. Greg Abbott Orders Texas Agencies to cut DEI Policies. Here’s Why” (2025)
https://www.statesman.com/story/news/politics/state/2025/01/31/texas-governor-orders-state-agencies-to-eliminate-dei-policies/78093658007/ (last visited June 24, 2025)
（※3）WUSF, “Several Anti-DEI Bills Advancing in Florida Legislature” (2025)
https://www.wusf.org/politics-issues/2025-03-18/several-anti-dei-bills-advancing-in-florida-legislature (last visited June 24, 2025)
（※4）HR Morning, “16 States Fight Trump’s DEI Ban: What HR Needs to Know” (2025) https://www.hrmorning.com/news/state-attorneys-general-fight-dei-ban/ (last visited June 24, 2025)
（※5）USA Today, “Trump Says He Killed DEI. So why isn’t it dead yet? Cracks Emerge in War on ‘Woke’” (2025) https://www.usatoday.com/story/money/2025/05/18/why-trump-is-trying-to-kill-dei/83647800007/
(last visited June 24, 2025)
（※6）Federal Register, “Reforming the Federal Hiring Process and Restoring to Merit to Government Service” Executive Order 14170 of January 20, 2025
https://www.federalregister.gov/documents/2025/01/30/2025-02094/reforming-the-federal-hiring-process-and-restoring-merit-to-government-service (last visited June 24, 2025)
（※7）White House, “Presidential Actions: Hiring Freeze” (2025)
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/hiring-freeze/ (last visited June 24, 2025)
（※8）前掲注7
（※9）Economic Policy Institute, “100 Ways Trump Has Hurt Workers in His First 100 Days” (2025)
https://files.epi.org/uploads/301487.pdf (last visited June 24, 2025)
（※10）Federal Register, “Increasing the Minimum Wage for Federal Contractors” Executive Order 14026 of April 27, 2021
https://www.federalregister.gov/documents/2021/04/30/2021-09263/increasing-the-minimum-wage-for-federal-contractors (last visited June 24, 2025)
（※11）Federal Register, “Additional Rescissions Harmful Executive Orders and Actions” Executive Order 14236 of March 14, 2025
https://www.federalregister.gov/documents/2025/03/20/2025-04866/additional-rescissions-of-harmful-executive-orders-and-actions (last visited June 24, 2025)
（※12）Economic Policy Institute, “The blatant Trump attack on workers you may not have heard about” (2025)
https://www.epi.org/blog/trumps-blatant-attack-on-workers-you-may-not-have-heard-about-cutting-the-wages-of-nearly-half-a-million-workers/ (last visited June 24, 2025),
SHRM “Trump Rescinds Executive Order That Raised Minimum Wage for Federal Contractors” (2025) https://www.shrm.org/topics-tools/employment-law-compliance/trump-rescinds-executive-order-that-raised-minimum-wage (last visited June 24, 2025)
（※13）Federal Register, “Preparing Americans for High-Paying Skilled Trade Jobs of the Future” Executive Order 14278 of April 23, 2025
https://www.federalregister.gov/documents/2025/04/28/2025-07369/preparing-americans-for-high-paying-skilled-trade-jobs-of-the-future (last visited June 24, 2025)
（※14）White House, “Fact Sheet: President Donald J. Trump Modernizes American Workforce Programs for the High-Paying Skilled Trade Jobs of the Future” (2025)
https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/04/fact-sheet-president-donald-j-trump-modernizes-american-workforce-programs-for-the-high-paying-skilled-trade-jobs-of-the-future/ (last visited June 24, 2025)
ケイコ オカ
2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年４月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。