マネジャーはこれからも若手を育てられるか若手育成実感が高い管理職を科学する

管理職層において、若手育成実感と(管理職自身の)ワーク・エンゲージメントが密接にリンクしていることを前回示した。経営課題として、二重の意味(つまり次世代の人材輩出の成否と管理職層のエンゲージメントの高低)を持ち始めている若手育成だが、今回は若手育成実感が高い管理職の特徴を分析していく。現在の職場環境下において、若手を育てられていると実感できているマネジャーの検討である。

“育成成功実感率”

まずはシンプルに概況を示すために、本稿では若手育成実感が高い群と低い群を分類する変数を構築した。これは前回も用いた「若手育成実感スコア」を合成したもので、育成実感に関する複数の設問に対して実感が高いと回答していた(概ね25点満点中21点以上の水準(※1)であり、上位16%水準)マネジャーを高い群とし、それ以外を低い群とした。これを“育成成功実感群”/“非実感群”とする。つまり、大手企業において、若手育成に手ごたえを感じているマネジャー/そうでないマネジャーである。もちろん、この非実感群のなかにもグラデーションはあるが、ここではまず全体像をシンプルに検討するためにこうした変数を用いることを留意いただきたい。
この育成成功実感群の割合を、“育成成功実感率”(以下、単に成功実感率とも)と表記する。

育成成功実感率について、回答者の属性との関係を整理する。
まず管理職の年齢層別の成功実感率を図表1に示した。より年齢層が若年の管理職ほど成功実感率が高い傾向が見られる。30-39歳では24.1%に達しているが、50代以上では13~14%台となっている。40-49歳では18.0%であった。なお、30-39歳階層はサンプルサイズが小さいため、この点については留意が必要(※2)であるが、若年管理職ほど育成成功実感が高い者が多いことはひとつの傾向の可能性がある。
様々な解釈があると思うが、筆者としては、これは単に「若いほど良い」ということではなく、「29歳以下の若手の部下との年齢の近さ」が大きな要因となり水平的関係での育成がしやすいからなのではないかと考える。現代の若手育成において、関係負荷(人間関係のストレスや理不尽さによる負荷)がマイナス要因になっていることは以前の研究でも判明しているが、過剰な上下関係による「理不尽さ」や「なぜその指示を受けたのかわからない」という関係負荷の上昇を回避しやすいことが、対象となる部下と年齢層の近い管理職の“やりやすさ”なのではないか。

図表1 管理職の年齢階層別 育成成功実感率(%)
管理職の年齢階層別 育成成功実感率また、管理職のキャリアとの関係も示す(図表2)。転職経験有無については、転職経験のある管理職が成功実感率19.2%、ない管理職は14.8%であった。管理職経験年数では「3年未満」17.4%、「310年未満」16.3%、「10年以上」15.1%であった。いずれにせよ、差は5%水準で有意ではなく、全体像を見るための参考値として提示する。

図表3には管理職自身の週労働時間別の結果を示した。「週39時間以下」が19.7%、「週4049時間」が15.8%、「週50時間以上」が15.3%であった。なお、週50時間以上の回答者が全体の48.6%に達していた。週50時間以上は概ね残業時間で月45時間以上相当と比定される。多くの大手企業が実態として残業時間月45時間を一般社員の上限と定めて運用していることを鑑みると管理職自身の労働時間が非常に長いという状況にあることがわかる(大手企業大卒以上・24歳以下・正規社員では、週50時間以上就業の割合は2020年で14.6であったことと比べていただきたい)。

図表2 転職有無や経験年数別 育成成功実感率(%)
転職有無や経験年数別 育成成功実感率
図表3 管理職の労働時間別 若手育成成功実感率
管理職の労働時間別 若手育成成功実感率

見えてきたいくつかの有効な打ち手

若手育成成功を実感している管理職の全体像を整理したうえで、具体的な打ち手についてその有効性を検証していきたい。
まず、若手のキャリアに対して大きな影響を与える“異動”前後のコミュニケーションについて整理する(図表4)。「行っている」管理職と「行っていない」管理職との間で、有意に育成成功実感率が高かった項目が2つ存在していた。ひとつは「事前に、異動先について希望を聞く機会を設けている」、もうひとつは「異動決定後に面談等の場で会話をする機会をつくっている」であった。配属・異動の前後で、管理職が事前に希望を聞くこと、決定後に個別の場でコミュニケーションをすること、こうした実践には手間がかかるが、それに見合うリターンがある可能性が示されている。

図表4 配属・異動前後のコミュニケーションの実施有無と育成成功実感率(%)配属・異動前後のコミュニケーションの実施有無と育成成功実感率※有意水準 **:5% ***:1% 以下全て同じ

職場での若手との日々のコミュニケーションについて、有効な手の検証を図表5に掲載した。高頻度(「毎週のように」「毎月のように」)で行っている管理職と低頻度(「半年に数回」「1年で12回」「全く行わなかった」)の者を比較する形で示している。示した項目すべてで高頻度の管理職が、低頻度の管理職よりも育成成功実感率が高い。個々の手立てについてというよりは、シンプルに若手育成についてコミュニケーションの密度が一定程度必要であるという結果と考える。現在忌避されつつある、“飲み会”等についても他のコミュニケーションと同様の肯定的な結果が出ていることは留意すべきだろう。
ただ、図表5の項目については、実施度合いにかなりの差があったため、図表6にそれを含めて整理しておく。

整理のうえ、明確に特殊なポジションなのは図の左上に位置する「部下に自身の知り合いを紹介する」、さらに視界を広げれば「イベントや社内外の勉強会等に、部下を誘う・紹介する」であり、高頻度で行っている管理職は少数派であるがその効果は高い。若手にある種の「セレンディピティ」の提示、本人の視界の外にある機会を提供する手立てであり、新たな打ち手群として注目すべきかもしれない。
なお、個別の打ち手についてはより構造的な分析を以降のコラムで実施する。

図表5 職場における若手との日々のコミュニケーション頻度と育成成功実感率(%)
職場における若手との日々のコミュニケーション頻度と育成成功実感率
図表6 職場における若手との日々のコミュニケーション別 効果【縦軸】と稀少性【横軸】(散布図)
職場における若手との日々のコミュニケーション別 効果【縦軸】と稀少性【横軸】

会社による支援

さて、会社による若手育成支援・制度が管理職の育成成功実感率とどう関係しているかを見る。図表7には、会社による若手へのOff-JT機会の量との関係を示した。
この両者にはほぼ明確な線形の関係があると見られる結果となっている。つまり、“ない”よりは“ある”、あるならその量(時間)が多いほうが、管理職の育成成功実感率は高いという関係性が見られる。ただ、昨今大手企業においても若手のOff-JT機会が急減していることがわかっている(※3)。
この結果からは企業による若手育成投資が若手のためだけでなく、管理職の育成への成功実感を高める(ひいては管理職自身のワーク・エンゲージメントを高めることを前回示した)という二重のインパクトを持つ可能性が強く示されている。若手への投資は、早期離職率の上昇による短期的リターンの低下の議論とは切り離して、職場における若手~管理職層のエンゲージメントを高める投資としてその価値を捉え直す必要があるのではないか。

図表7 会社による若手Off-JT機会(※4)と管理職の育成成功実感率(%)
会社による若手Off-JT機会 と管理職の育成成功実感率さらに掘り下げて、図表8には会社の各種制度の有無との関係を示した。調査では若手のキャリア形成を支援すると考えられる代表的な人事施策を対象にしており、全項目で「あり」が「なし」を上回っているが、有意検定の結果とともにご覧いただききたい(末尾の「あてはまるものはない」の「あり」は全項目に対してひとつも「あり」がない回答者である)。

1%水準で有意だった制度等を挙げる。
「社内での複数の部署の兼務(社内副業制度等)」
「社内キャリアアドバイザーやキャリアコンサルタントへの相談体制」
「管理職等への部下とのコミュニケーションや指導方法の研修」
「社内旅行や社員レクリエーションなどの社員が参加するイベント」
「職場を横断する社内勉強会やコミュニティ」
「若手だけで行う企画・プロジェクトの実施」

1%水準で有意だったほぼすべてが、管理職が抱えるひとつの職場という単位を超えた「横断的なつながりを生み出す」ような制度であったことは、興味深い共通点であろう。越境学習研究に「日常の越境場」(※5)という概念があるが、管理職が若手育成を丸抱えしなくても良くなるような「日常の越境場」を形成する制度が有効である可能性がある。
なお、「あり」と「なし」の%ポイントの差が最も大きかったのは、「若手だけで行う企画・プロジェクトの実施」であった。この点については、本研究の別の調査の検証で発見された現代の有効な育成メソッドである「横の関係で育てる」と親和的であった。

図表8 自社の制度と管理職の育成成功実感率(%)
自社の制度と管理職の育成成功実感率

こうした結果を見れば、若手育成の主体は管理職ではあるが、企業が制度的に上司―部下の関係性を支援できることは明らかであり、特に「日常の越境場」を形成するような制度の企画を進めていくことが有効であると考えられよう。

企業は制度面から、管理職は自身の行動面からアプローチしていくことで、若手がいきいきと躍動しかつ管理職自身も豊かな仕事ができる、新しい職場にしていくことが可能なのだ。

古屋星斗

(※1)なお、実際の分類においては各項目の総合的な整合性をとる観点から、質問5項目について因子分析を行い、因子得点が上位16%水準とした
(※2)サンプルサイズの問題もあり、3039歳と他の年齢層の割合について差の有意検定(t検定)の結果は5%水準で有意ではない
(※3)詳細についてはこちら20152021年で時間ベースで38%減少したとの分析がある
(※4)「会社の若手育成体制について伺います」と記したうえで、「あなたの部下の若手は、昨年1年間(2022年)に通常の業務を一時的に離れて、社内外で、教育・研修などを受ける機会はありましたか。あなたの部下における29歳以下の社員の平均的な教育・研修機会についてお答えください」と聞いた
(※5)例えば、『越境する対話と学び: 異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』,2015,新曜社の香川秀太による論稿に詳しい