機械化・自動化で変わる働き方 ―医療・介護編医師からのタスクシフトを進めるために、大規模な自動化が必要

【まとめ】自動化・機械化による働き方の進化 医療編(前編)

医療機関において医師の「働き方改革」は喫緊の課題である。2024年より一般の勤務医で年間960時間の上限規制が適用となり、対策が待ったなしの状況である。一方、医師の業務を看護師や薬剤師などほかの職種へシフトしていくには、その仕事を自動化などで代替することが必要となる。前編では、医療関係職種のタスクやその中でロボットに代替可能な領域、働き方の変化について検討する。

自動化・機械化による働き方の進化 医療編

現在の看護・医療職の働き方と自動化・機械化へのロードマップ

■看護・医療職の主なタスク

医療には様々な職種の労働者の協働が必要である。医療関連職種として人数が多いのは、国家資格取得が必要な看護師(約127.2万人)、医師(約33.7万人)、薬剤師(約31万人)、歯科衛生士(約14.2万人)、歯科医師(約10.6万人)、理学療法士(約10万人)などが代表的である(令和4年版 厚生労働白書) 。本コラムでは就業者数が多く、今後2040年に向けて労働力需要の高まりが予測される看護職や医師、薬剤師のタスクについて注目していこう。

看護職のタスクは大きく「臨床業務」と「非臨床業務」に分けられる。臨床業務は患者の治療やケアに関わる分野で、非臨床業務はそれ以外の事務処理や案内業務などである。臨床における主なタスクとしては、体温、脈拍、血圧などのバイタルサイン測定、採血、注射、点滴、輸血の投与、夜間の巡回、ナースコール対応などがある。また、カテーテル挿入や抜去、検査時の準備、手術時の機材の準備や執刀医への器具の手渡しなど医師の補助業務も看護師の業務になる。このほか患者の状況に応じて、自分で身体を動かすことができない患者の体位変換、食事・排泄・入浴介助、移送など、施設によって介護職や看護助手が実施することもあるが、介助に関する業務も少なくない。

治療・ケア以外の非臨床業務としては、入院患者への案内、誘導、カルテへの情報の記載、薬剤やリネンなどの搬送、手術室の清掃、ベッドメイキング、看護師同士のミーティングやほかの専門職とのカンファレンスと議事録作成、患者の家族への対応など多様な業務が存在している。こうした業務については、専門職である看護師が必ずしも担当する必要がないものも多くがあるが、現実的にはその多くは看護師によってなされている。

医師については、臨床医の場合は病院の「勤務医」か、自ら経営する「開業医」かでも異なるが、基本的に勤務医のタスクは患者の診察、カルテの作成、精密検査や病名の特定、治療方法の決定、薬の処方、注射や点滴などの治療、手術、経過観察などになる。開業医は患者の診察・治療に加えて職員の採用やマネジメント、売上や設備、資材コストの管理など多くのタスクがある。研究医は実験や症例データを収集して論文を作成するが、実際は大学病院などで患者の治療に携わりながら研究を行うので、仕事はかなりハードである。

薬剤師については、調剤薬局、ドラッグストア、病院などの勤務先がある。いずれも処方箋調剤、患者への服薬指導、薬品の発注・管理などの業務が主である。ドラッグストアの場合は一般大衆薬販売や日用品の販売、病院の場合は点滴・注射剤調整・管理、患者の服薬状況管理、医療スタッフカンファレンスへの参加などのタスクもある。

■現状の医師の労働時間は「過労死ライン」、急がれる働き方改革

看護職(保健師、助産師、看護師および准看護師)の就業者数は、2019年時点で168万3295人である。看護師および准看護師の有効求人倍率は全職業計を大幅に上回って推移しており、2020年度は全職業計1.01倍に対して2.24倍と人手不足な状態が続いている。なかでも訪問看護事業所の求人倍率は3.26倍と逼迫している様子が窺える。厚生労働省の「第2回看護職員需給見通しに関する検討会 」では2025年になるまでに必要とされる看護職員は約200万人と推測され、最大で27万人の看護職が不足すると推計されているなど、医療従事者の労働需給のひっ迫度合いは強くなっている。

医師の数については過去に医学部の入学定員が抑制されたこともあり、人口1000人あたりの医師数がフランス3.4人、ドイツ4.2人などに比べて日本は2.4人と効率的な運用ができているといえるが、高齢化による医療需要の増加に応じて必要な人手は増えていくだろう。地域や診療科によっては深刻な医師不足が見られ、こうした問題も喫緊の課題となっている。地域については埼玉県、茨城県、新潟県などで不足しており、診療科では労働環境が厳しく訴訟に発展しやすい外科、小児科、産婦人科、救急科などで不足している。諸外国と比べた日本の医師の高いパフォーマンスは医師の長時間労働によって達成されている。医師の働き方を議論する厚生労働省の検討会が2019年にまとめた「医師の働き方改革に関する検討会報告書」によれば、「医師は、全職種中、最も労働時間が長い」とされ、一部の医師が「過労死ライン」レベルで仕事をしている状況が続いている。

こうした状況下、75歳以上人口の拡大と労働力不足が深刻化する2040年を見据えた医療提供体制の改革について、厚生労働省は医師・医療従事者の働き方改革、地域医療構想の実現、医師偏在対策を三位一体で推進することを提案している。特に医師の働き方改革については、2024年より時間外労働時間について一般の勤務医で年間960時間の上限規制が適用となり、対策が待ったなしの状況である。具体策としては医師の意識改革や労働時間管理のほかに、看護職やほかの専門職へのタスク・シフト/シェアやICTなどの技術を活用した効率化を掲げる。医師から他職種へのタスク・シフトの対象としては、厚生労働省の検討会で6分野・284の医療行為が提案され、うち78業務は看護師へのシフトを想定している。例えば呼吸器管理、薬剤臨時投与、胃管の挿入・管理、救急車での患者移送の同伴などがある。

一方で、他職種へのタスク・シフトを進めるためには看護師の臨床業務が増えても、結果的にトータルの負荷が増えないようにする必要がある。そこで医療現場では非臨床業務をロボットやIoTで代替する動きが始まっている。

薬剤師は2020年時点で32万1982人就業しており、勤務先は薬局が18万8982人、医療施設が6万1603人、医薬品製造販売業・製造業が2万7331人などとなっている。日本の人口1人あたりの薬剤師の数は、国際的にみても突出して多く、薬剤のピッキングなど対物業務の在り方を抜本的に見直していく必要がある。現在は地域によって人口あたりの薬剤師数に差があり無薬局町村もあるが、全体としては、処方箋数の伸び率がこれまでの右肩上がりから人口減少とともに徐々に横ばいにシフトし、今後は業界内の競争激化が予測される(厚生労働省「第8回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会<ペーパーレス・Web会議>資料」)。加えて2023年の電子処方箋運用開始を機に、アマゾン薬局などによる薬のインターネット販売解禁が目前に迫っている。放置すれば、書店が街からどんどん消えていくのと同様に街から薬局が徐々に消えていくかもしれない。日本の薬局としては、先んじて調剤のロボット化を図り、店舗や薬剤師の付加価値を高める必要に迫られていると言えよう。


■医師から看護師、薬剤師などへのタスク・シフトが進む

看護師は今後、医師とメディカルスタッフを結ぶチーム医療の要として期待がかかる。2014年には医師の手順書があれば看護師も薬剤投与など医療行為の一部ができる特定行為研修制度が創設され、術中麻酔の管理や集中治療、在宅医療などできることが広がっている。また、2024年の医師への残業規制の適用を機に、病院では医師から看護職へのタスク・シフトが進む。看護職が麻酔や透析、救命関連などについて携わるようになれば、看護職の専門性は今よりさらに発揮できるようになる。その前提条件として、看護職から他職種へのタスク・シフト、例えば薬剤管理を薬剤師へ、採血・検査の説明を臨床検査技師へシフトすることや、非臨床業務のロボット代替を進める必要がある。

ロボット化のトライアル事例としては、神奈川県の湘南鎌倉総合病院の取り組みなどがある。入退院時の説明やストレッチャーでの患者の搬送、院内の清掃などのテストで成果を得ている。看護師のタスクにはバイタルチェック時の結果入力や服薬管理、電子カルテへの入力などのほか、病床管理や人員配置などのタスクもあるが、滋賀県の淡海医療センターではこうした作業の一部を自動化し、看護師の時間外労働を削減した。同院では今後、配薬業務における照合作業の自動化や病院食の配膳・下膳についてのロボット化も検討していくという。一方、臨床業務についても徐々にロボット化の動きが始まっている。例えば失敗しがちな見えにくい血管への穿刺(せんし)をロボットが行う「自動採血ロボット」の開発が弘前大学で進む。

医師については、現状の働き方が「過労死ライン」にある人も多い。タスク・シフトを円滑に進めていくなかで、医師の業務を効率化し本来業務に関わる割合を増やしていく必要がある。これと並行して「医療DX」や「AI医療」も進んでいくだろう。例えば、診断の領域では胸部X線画像から肺がんなどのリスクを検出する病変検出ソフトウェアが発売されており、安定した精度で医師を支援する。手術領域では、手術支援ロボット「ダビンチサージカルシステム」が知られるが、2023年には国内外各社の新型手術支援ロボットが日本市場に登場する。遺伝子異常による難病の治療には遺伝子治療の開発なども始まっているがかなり高価で、導入はまだ先になるだろうが、こうしたツールの活用により医師は診断やそれに伴う意思決定から施術に至るまでのスピードを上げることができる。オンライン診療が広がれば離島などの患者にも最先端の診断や手術が実現できるようになるだろう。

薬剤師については、2023年の電子処方箋運用開始を機に、業界が薬のインターネット販売解禁へ進むとみられ、薬局の統廃合が進むだろう。調剤のスピードが重視されるようになりロボット調剤が当たり前になる。薬剤師は医師のタスク・シフトの担い手として、事前に取り決めたプロトコールに沿って行う処方された薬剤の投与量の変更等や医師への処方提案等の処方支援など、一歩踏み込んだ薬物治療を担うようになるだろう。

後編では、「臨床業務」「非臨床業務」「調剤業務」のタスクごとにそれぞれの領域での自動化や働き方の進化について解説する。

キーとなる思想とテクノロジー
・AI医療        ・手術支援ロボット
・遠隔診断・遠隔治療  ・自律搬送ロボット
・入退院説明ロボット  ・ストレッチャー搬送ロボット
・清掃ロボット     ・調剤ロボット
・EHR(医療情報連携基盤) ・自動薬剤受取機
・タスク・シフト/シェア        
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(執筆:高山淳、編集:坂本貴志