機械化・自動化で変わる働き方 ―接客調理・販売編RFIDを活用し付帯業務を圧縮、販売員は接客や売上戦略に注力(ワコール)

【Vol.8】ワコール 人事総務本部 ビューティーアドバイザー戦略室 店舗運営企画課  発田 和哉(はった かずや)氏

RFID(Radio Frequency Identification)とは、電波を用いてRFタグのデータを非接触で認識するシステムのこと。日本では1980年代に製品化され、導入コストが下がるにつれて近年では小売や製造、ロジスティクスなどの分野を中心にRFIDを活用する企業が増加している。なかでも積極的にRFIDを導入し、RFID市場を牽引しているのがアパレル業界である。インナーウエアを主力とするアパレル大手、ワコールの発田和哉氏に同社のRFID活用の現状と展望を聞いた。

棚卸作業にかかる時間が従来の5分の1に。販売員の心理的負荷も大きく軽減

ビューティーアドバイザー(BA)といわれる販売員の付帯業務は多岐にわたるビューティーアドバイザー(BA)といわれる販売員の付帯業務は多岐にわたる

ワコールがRFIDを導入したのはコロナ禍前の2019年。同社は百貨店やチェーンストアなどに売場を設けているほか、それとは別に同社の直営店を有しており、その中の代表格「アンフィ」約80店舗にRFIDを先行導入している。販売店で最も重視されるのは言うまでもなく売上につながる接客だが、「それまでは“非接客業務”がかなり多く、コロナ禍前に行った店頭調査によると、販売員が1日に行う業務のうち接客は平均して4割。残りの6割が付帯業務と呼ばれる接客以外の業務でした」と発田氏は振り返る。

付帯業務の中身は、商品の陳列、レジ関連業務、売上報告、在庫の棚卸、返品作業、接客トレーニングと多岐にわたる。「販売員が接客に注力するためには、これらの付帯業務を縮小し、接客と非接客業務の割合を4対6から7対3に、理想は8対2にしていきたい。既に付帯業務の見直しや廃止、またテスト的に内勤者が販売員の事務業務を分担するなどの取り組みを進めていますが、このうちRFIDに関しては棚卸作業と返品作業、売上報告の簡略化を期待しています」と発田氏。

RFIDはICチップとそれに接続するアンテナを埋め込んだタグ(RFタグ)と、その電波を送受信するRFIDリーダーで構成されている。従来のバーコードシステムと比べてRFIDの優れた点は、複数の商品を同時に読み取れることをはじめ、読み取り可能距離の長さ、読み取り時間の速さ、また梱包や汚れが読み取りの妨げにならないことがあげられる。当然ながら導入店舗ではレジの処理速度が向上し、客のレジ待ち時間も短くなった。目に見える変化だけにRFIDの効果として報じられることが多いが、「販売員の声で最も多いのは、『棚卸作業が格段に楽になった』という感想です」と発田氏は指摘する。

タグ(RFタグ)の導入で売場データの確認が容易にタグ(RFタグ)の導入で売場データの確認が容易に

「バーコードの時は商品を一つひとつスムーズに読み取るため、販売員があらかじめバックヤードの在庫を品番とサイズ順に並べるストック整理という作業が必要でした。これは棚卸予定日の数日前から通常業務と並行して取り掛かります。棚卸当日は朝一番から閉店後まで、販売員全員が丸一日かけて作業します。ところがRFIDになるとストック整理が要らないので、作業は棚卸日だけで済み、スタッフも2名ほどで最大でも5時間くらいで終わるようになりました。今までは1店舗あたり5〜6名のスタッフが3日間かけて行っていたのが2名で1日になったのです。総労働時間にすると50時間が10時間、すなわち5分の1に削減された計算になります」(発田氏)

また、労働時間の削減だけでなく正確性の向上という効果もあった。「手作業で棚卸作業をすると、この棚にある商品の箱を取り忘れたとか、または二重に取ってしまったという人為的なミスがどうしても発生します。データ上と実際の数字を突き合わせて差異が出ると、また数えてチェックしなければならず、やり直しにかかる時間やスタッフの負担感も相当なものでした。RFIDによって人為的ミスが起きなくなったため、正確さの追求と作業時間の削減、両方が実現できました」と発田氏。店舗の棚卸は概ね半年に1回、取引形態によっては3カ月に1回ほどのペースで行われる。「年間の総労働時間からするとごく一部ですが、準備に何日もかかり、当日は接客もしながら棚卸作業もやらなければならないという現場の心理的負担感からするとRFIDのインパクトはかなり大きかったようです」(発田氏)

一方で、RFIDを導入するなかで課題も見えてきた。「最初は、棚卸も魔法みたいにリーダーをかざしたら全部読み取ってくれると思っていましたが、そこまではいきません。例えば、近くに他社さんのショップがあったりするとそれもまとめて読み取ってしまったりします。また、直営店や製造小売の場合はやりやすいのですが、得意先に卸して売ってもらうという形式の場合はレジの管理なども含めて卸先のシステムに依存することになるため、さらに難しくなります。そのほか途中に大きな柱があったり、タグの向いている方向が違っていたりすると上手く読み込めないなど、細かいところでも気になる点はいくつかあります。最終的な目標としては、全業態にRFIDを導入し、棚卸なども瞬時にできるような体制に持っていきたいとは思っています」(発田氏)

現在は商品切り替えの過渡期。数年後には全業態でRFIDを活用

箱の外側から中身を識別するRFIDは、返品作業にも威力を発揮している。これまでは返品する商品を店頭ですべて数え、明細と合計額を確認・記録してから箱詰めしていたが、今ではそのまま箱に詰めるだけ。RFIDリーダーで読み取れば一瞬で記録が完成する。また、ワコールではグループ会社が運営する滋賀県の守山流通センターで自社商品の在庫を一元管理している。通常、店舗から返品が届くとパート社員が箱を開封して検品と仕分けを行うが、RFIDを使用するショップからの返品に関しては、箱を開けずにコンベアラインにそのまま流してスキャニングする。「99%の確率で箱の中身が正確にスキャンされるので、店頭だけでなくこの段階でも省力化につながっています」と発田氏。「ただし現在はバーコード店舗との取り扱いが混在しているので、センターでの棚卸作業もまだハンディ式バーコードリーダーでスキャンしている状態です。丸2日かけて総動員で作業するため、その間は商品が出荷できずに流通がストップするのですが、全商品にRFタグが付くと、理想としては夜間にすべての棚卸作業を終えることも可能です。店頭のオペレーションはもちろん、当社の在庫管理においてもプラスに働く発展の形を今考えて進めているところです」

売上報告も同様に簡略化された。これまでは商品が売れるたび、そのタグの半券を点線から切り取って保管し、1日の終わりに一つひとつパソコンに読み込ませていたが、RFタグだと商品から外したタグを店内のボードなどに貼り付けておけば一度にまとめて読み込める。直営店のレジは同社独自のものでRFIDの情報はレジを通して売上や棚卸、在庫のデータとも連動するので、手作業によるミスが発生する余地はない。「社内的には売上報告の漏れもなく、時間も短縮されました。今後は得意先の報告業務をさらに効率化するなどの改善を進めていく予定です」(発田氏)

現在、RFIDを本格的に活用しているのは、直営店の「アンフィ」のみだが、ほかの直営店「ワコール・ザ・ストア」「ワコール ファクトリーストア」でもシステムは導入済み。ほかにグループ会社の「ウンナナクール」では一部の棚卸作業に活用している。また、同社は直営店の他に百貨店やチェーンストアに商品を卸し、売場を借りて販売員を派遣する形で展開している。販売員数も売上面でも卸のボリュームのほうが大きく、「今は店頭の商品が既存のバーコードからRFIDに切り替わる過渡期のさなか。2022年あたりから守山流通センターに入荷する商品はすべてRFIDになっており、百貨店やチェーンストアにも卸しています。数年後にはRFIDに一本化する見通しで、そうなれば全業態でRFIDを活用できます。卸の場合は売上を得意先様のレジに入金しているため、売上データのシステム連動はまだ先の話になるかと思いますが、棚卸作業や返品作業は全業態、一気に数時間で終わらせる方向に持っていきたいと考えています」(発田氏)

3Dボディスキャナーと接客AIによるワコールの新店舗「ワコール 3D smart & try」3Dボディスキャナーと接客AIによるワコールの新店舗「ワコール 3D smart & try」

接客サービスのDX化が客層を広げ、少数精鋭のスタッフで高い顧客満足度を実現

インナーウエアの高級ブランドとして名高いワコールは、そのブランドイメージを維持するためにも現場の接客はあくまで「人」が前提。棚卸作業をはじめRFIDによる効率化を進めているのも、人を減らすためではなく販売員がより接客に集中できる環境を作るためである。

3D計測サービスとAIを活用した「3D smart & try」一方で接客サービスに関しては、店舗とECの連携を推進しており、その一環として3D計測サービスとAIを活用した「3D smart & try」を開始している。特に一瞬で客のサイズを測定する3Dボディスキャナーは話題を呼び、「当社の客層は40代以上が多いのですが、人の手で身体を計測されることに抵抗を感じる若い世代のお客様が3Dボディスキャナーを体験するために多く来店されています」と発田氏。自らのサイズを把握するとWebでも注文しやすくなるので、なかには意識的にECサイトでの注文を誘導する接客手法の販売員も見られるという。ECの購入でも、その販売員の店舗の売上につながる仕組みを構築している。

一瞬で客のサイズを測定する3Dボディスキャナー一瞬で客のサイズを測定する3Dボディスキャナー

この手法は販売員が決済まで関与しないことから、接客時間の短縮にもなる。3Dボディスキャナーによる計測も同様で、客のサイズを販売員が測る場合は、その後、最適な商品を提案してフィッティングし、会計処理のクロージングまで含めるとトータルで平均40分ほどかかるが、3Dボディスキャナーを使うと早くて20分程度で済むという。将来的にはアバターを使い、販売員の少ない店舗で別店舗のスタッフがアバターを遠隔操作して接客を行うスタイルも視野に入れている。「そうなれば接客の質を落とさずに、人手不足をカバーできます」と発田氏。ひと頃はビューティーアドバイザーとして憧れられた販売員も、同社に限らず今は決して人気職種とは言い切れない。アパレルメーカーの中でも「DX注目企業(※1)」として評価されるワコールが、接客・販売面と業務改革の両輪において、今後どのように先端技術を活用していくか注目される。

(※1)経済産業省と東京証券取引所、情報処理推進機構が選定する「デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄」における「DX注目企業2022」「同2021」に選定。

(聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子