研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4米国におけるフレキシブルワークの拡大──ケイコ オカ

コロナ禍で広まったフレキシブルワーク

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが米国を襲った2020年4月から12月、米国の事業所における労働者のテレワーク率は50%前後にまで上がった (※1)。その前年同時期のテレワーク率がわずか5%だったことを考えると、驚異的な伸び率である。多くの企業は、感染拡大を抑制するために対面での接触を避けて雇用を維持しつつ事業を継続する手段として、テレワークを導入した。

テレワークの様子提供:matsu/イメージマート

興味深いのは、圧縮労働時間制、フレックスタイムや時差勤務といった柔軟な労働時間制度とともにテレワークのオプションを従業員に提供する企業が少なくなかったことである。労働統計局のデータをみると、米国でフレックスタイムや時差勤務を導入している事業所は全体の24.6%で、そのうち56.8%がパンデミック下でテレワークの導入を拡大している (※2)。フレックスタイムや時差勤務の導入がない事業所(75.4%)ではこの割合は25.4%と低い。また、圧縮労働時間制を導入している事業所は全体の12.2%で、そのうちテレワークの導入を増やした事業所の割合は53.4%、圧縮労働時間制のない事業所(87.8%)における同割合は29.6%である。企業における柔軟な労働時間制の導入と、フレックスプレースともいわれるテレワークの導入の間には相関関係があり、パンデミックによってフレキシブルワークが拡大したといえるだろう (※3)。

フレキシブルワークの定義と形態

フレキシブルワークの定義と形態について確認しておきたい。定義には諸説あるが、Georgetown University Law Centerによると次のとおりである。①フレックスタイムや圧縮労働時間制といった代替的勤務制度やシフト制があり、労働時間の調整に柔軟性がある、②パートタイム労働やジョブシェアリングなど労働時間の長短に柔軟性がある、そして、③在宅勤務やサテライト勤務など就労場所に柔軟性がある (※4)。

フレキシブルワークの形態としては、おおむね次の9形態がある (※5)。

①フレックスタイム(flex time)
日々の始業時間、終業時間を自ら決めることのできる制度 (※6)。

②圧縮労働時間制(compressed workweek)
1週間の所定労働時間は変えずに、1日あたりの就業時間を長くして、就業日数を減らす勤務制度。週所定労働時間が40時間の場合、1日8時間勤務を5日とするところを、1日10時間勤務を4日とするケースが多いため、週4日勤務制度ともいわれる。

③短時間勤務・パートタイム勤務(reduced hours or part-time work)
標準よりも一時的または継続的に労働時間を短縮する制度。労働時間が短くなるため、賃金、各種保険や福利厚生の資格に影響を与える場合がある。

④年間労働時間契約制(annualized hours)
労働時間を週ベースではなく、年ベースで計算する方法。業務の繁閑などに応じて、年所定労働時間の範囲内で、週ごと、月ごと、あるいはプロジェクトごとに就業時間を変える。フレックスタイムと圧縮労働時間制を組み合わせる場合が多い。

⑤フレックスプレース(flex place)
テレワークやリモートワークのこと。

⑥ジョブシェアリング(job sharing)
1人のフルタイムの仕事を2人以上で分割すること。たとえば、通常のフルタイムの就業時間が午前8時から午後4時の場合、1人が午前8時から午後12時まで、もう1人が午後12時から午後4時まで働く。労働時間が短くなるため、賃金、各種保険や福利厚生の資格に影響を与える場合がある。

⑦ワークシェアリング(work sharing)
不況時に雇用主がレイオフを避けるために導入する制度で、労働者の雇用を維持しながら、労働時間と給与を一時的に削減する。

⑧段階的退職(phased retirement)
労働者が退職する数カ月または数年前から、労働時間と仕事の量を段階的に減らしていく制度。その間に後任のトレーニングや引き継ぎをすることができる。

⑨休暇・サバティカル(leaves and sabbaticals) 
労働者が雇用を維持しつつ、一定期間、休暇を取得できる制度。サバティカルは一般的に有給か、資金援助を受けることが多い。

これらのフレキシブルワークの形態の中で、労働者の人気が高く、導入する企業が多いのは、①のフレックスタイム、②の圧縮労働時間制、⑤のフレックスプレース(テレワーク、リモートワーク)だろう。特にフレックスプレースの導入は、パンデミックによって急速に広まったが、このまま定着する可能性もある。

労働者側のニーズが高いフレキシブルワーク

パンデミックが収束するとともにテレワークをする労働者は減ったが、ライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を希望する労働者は以前よりも増えている。就職、転職の際にフレキシブルワークがあるかどうかを応募の判断材料にしている労働者の割合は、2013年の25%から、2022年には48%に増加している(※7) 。そのため、求人広告に「柔軟性(フレキシビリティ)」を謳う企業も増えている(※8) 。

フレキシブルワークには利点と欠点がある。労働者にとってはワークライフ・バランスを図るのに好都合であり、バランスを図ることで仕事の満足度が上がり、労働生産性も上がる。米国の場合、子どものいる労働者が在宅勤務すれば、託児所やベビーシッターの利用を減らして、育児にかかるコストを削減できると期待される。また、通勤にかかる時間とコストが削減できるため、企業にとっても有益となる。リモートワーク、フレックスタイム、圧縮労働時間制などを活用すれば、遅刻や欠勤の削減も可能である。

一方で欠点としては、職場への出勤数が減ったり、勤務時間がずれたりすることで、上司や同僚との直接のコミュニケーションが難しくなるおそれがあること、チームワークが取りにくくなること、さらに、柔軟な時間を自己管理することに馴染めないと労働生産性が落ちるおそれがあること、などが挙げられる。

フレキシブルワークは万人向けの制度ではない。米国の場合、コンピューター関連、ウェブデベロッパー、法務、建築・エンジニアリングなどの職種では、リモートワークの導入率が高いが、保安、飲食サービス、小売りなどでは導入率は低い (※9)。看護師を始めとする医療関係職は、リモートワークの機会は限られているが、圧縮労働時間制のオプションを提供されているケースが少なくない。フレキシブルワークを重視する人が増えつつあることを考えると、企業は優秀な人材を引き寄せて維持するために、業種、職種、地域など、それぞれの条件や環境に適したフレキシブルワークのオプションを模索して導入を検討し、従業員が長く働きやすい制度を確立していく必要があるだろう。

(※1)U.S. Bureau of Labor Statistics, “Telework during the COVID-19 pandemic: estimates using the 2021 Business Response Survey,” Monthly Labor Review March 2022. https://www.bls.gov/opub/mlr/2022/article/telework-during-the-covid-19-pandemic.htm
(※2) 前掲注1
(※3) 前掲注1
(※4)Georgetown University Law Center, “Flexible Work Arrangements: A Definition and Examples,” March 2006. https://scholarship.law.georgetown.edu/legal/10/
(※5)Valentina Rangel, “Types of Flexible Working Arrangements,” LinkedIn, 2023.https://www.linkedin.com/pulse/types-flexible-working-arrangements-valentina-rangel
(※6)日本でもフレックスタイムを導入している企業は少なくなく、特に1,000人以上の企業規模では30%を超える企業が導入している(厚生労働省「令和4年就労条件総合調査結果の概況」)。
(※7)LinkedIn, “Global Talent Trends Report,” 2013 and 2022.
(※8)LinkedIn, “Global Talent Trends Report,” 2022.
(※9)U.S. Bureau of Labor Statistics, “Occupational Requirements in the United States News Release,” Economic News Release, 2022. https://www.bls.gov/news.release/archives/ors_11172022.htm