研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4国家公務員の働き方改革なるか―組織文化を変革する防衛省の挑戦──橋本賢二

典型的な日本型組織で堅い印象がある防衛省・自衛隊も、民間企業と同じく安全保障環境を巡る複雑化や技術の高度化、ますます困難になる人材確保に悩んでいる。そんな防衛省・自衛隊が、「防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会」(以下、人的基盤強化会議)(※1)をテコにして、組織文化の変革に動き出している。内部部局、陸海空の自衛隊員、合わせて約27万人を擁する大組織の脈動から、組織文化を変革するヒントを探る。

外部の力を活用した危機感の浸透

防衛省・自衛隊の取り組みは、予算額の大きい施設や装備品に関することが注目されがちだが、それらを運用する担い手が枯渇すれば、宝の持ち腐れとなる。自衛官の実員は、任務遂行に必要とされる人員数を満たしていない状態が長く続いている上に、自衛官等の応募者数は減少傾向が続いている(※2)。このような人材確保の厳しい状況に対処するため、防衛省・自衛隊は、2023年2月に外部有識者を招いた人的基盤強化会議を立ち上げ、同年7月に報告書を取りまとめた(※3)。

報告書のポイントは、第1に自衛隊員が安心して働き続けられる環境の整備として隊員のライフサイクルを意識した施策と、第2に技術の高度化に対応できるよう部外を含めた多様な人材確保策を取り上げたことにある。さらに、報告書では、これらの施策について魔法の特効薬があるわけではなく、取り上げた幅広い施策を一つひとつ実践することが大事だと強調して、防衛省・自衛隊に施策実行への覚悟を迫っている。

国の行政機関が有識者会議の提言を受けると、その内容に即して法令改正や予算要求を行い、承認を経てそれを実行する。しかし、防衛省・自衛隊では、人的基盤強化会議の議論をきっかけに、人材確保への危機感が組織の共通認識となって様々な部署に浸透した。その結果、防衛省・自衛隊は、有識者会議の提言を実行するだけに留まらず、提言内容を超えた取り組みにも挑戦し始めている。

変わり始めた組織文化

報告書の取りまとめから半年後にフォローアップとして開催された第7回人的基盤強化会議では、防衛省・自衛隊に芽吹き始めた変化に触れた「齋野座長談話」が公表されている。

(略)防衛省・自衛隊内部において、人的基盤の強化に向けた議論が活発化し、新たな取り組みにも挑戦する風潮が広がってきていることが窺われる。(略)こうした前向きな変化を継続維持し、組織文化として定着させ、今後のさらなる政策立案とその実施に一丸となって取り組むことを望みたい。(以下、略)

(出典)第7回人的基盤強化会議 座長談話

上意下達の印象が強い防衛省・自衛隊において、新たな取り組みにも挑戦する風潮が広がっていることは、硬直的な組織文化が変わるための心強い追い風となることが期待できる。

報告書で取り上げられた施策は、法令改正や予算措置を伴うものから、現場での工夫を求めるものまでかなり幅広い内容になっている。それにもかかわらず、フォローアップでは組織のなかから自発的に提案された取り組みも報告している。たとえば、これまでに十分なアプローチができていなかった層をターゲットにした新たな採用区分として幹部任用制度を創設することや全国の採用活動の拠点となっている地方協力本部を募集に効果的な立地に移転することを検討するなどが挙げられている。これらの取り組みは、法令改正や予算措置が必要なものであり、報告書にとらわれない柔軟な検討が現場で行われている様子が窺える(※4)。

多くの企業が直面している人材確保の困難という課題に対して、これらの取り組みが寄与する効果は限られているだろう。しかし、特効薬がない課題に対しては、打てる手を着実に打っていくしかない。小さな挑戦すらできない組織には、大きな挑戦も難しい。大小にかかわらず、自らできることを考えて実行しようとする姿勢を外部に宣言したことは、防衛省・自衛隊という巨大組織が退路を断って組織文化を変えようとしている覚悟が示されているのではないだろうか。

良い習慣を根付かせる

組織文化を変革する動機付けには、何かが上手くいっていないという「生き残りへの不安」を認識し、変革への抵抗や自己防衛的な否定を生み出す「学習することへの不安」を軽減しなければならない(シャイン,2016)。外部から常に存在意義を問われ続けている米国海兵隊は、海兵隊自身が課題を察知して、反省して、盛んに論争しつつ行動につなげようとしているという(野中,2023)。まさに、生き残りへの不安から、学習することへの不安を乗り越えて、組織を変革し続けている模範のような組織である。防衛省・自衛隊は、人的基盤強化会議を通じて、生き残りへの不安を認識することができた。さらに、現場の自発的な提案を実行しようとする姿勢には、学習することへの不安を超えた挑戦を前向きに捉える変化が垣間見える。

組織にとって望ましい実践が繰り返されることで新たな習慣となり、組織に根付くことが期待できる。新しいことへの挑戦が組織のなかで繰り返されることで、より広く大きな動きへとつながり、防衛省・自衛隊が米国海兵隊を超えて、自ら変わることのできる組織へと生まれ変わることも叶う。しかし、組織のなかに芽生えた前向きの変化も、巨大組織のなかでは小さな萌芽に過ぎず、組織文化を変える力としてはまだまだ弱い。新しい組織文化のきざしをさらに浸透させるためには、別のアプローチも必要である。

多様な人材も活用した「開かれた組織」へ

旧日本軍を対象に組織の不条理を研究した菊澤(2017)は、閉ざされた組織では、①勝利主義、②集権主義、③全体主義(※5)という思想の特徴によって完全合理性の妄想に陥り、組織内の非効率や不正といった不条理が助長されると指摘する。防衛省・自衛隊は、安全保障という職務の特殊性と独自の組織文化から、閉鎖的な組織としての印象が強い。残念なことに、防衛省・自衛隊では、セクハラやパワハラなどのハラスメントに関する事案が報道されている現状がある。このような組織状態では、せっかくの萌芽も潰されてしまう。

防衛省・自衛隊に閉鎖的な組織の特徴があるのであれば、それを打破しなければならない。菊澤(2017)は、組織が不条理を回避できるようになるためには、組織内部に不条理が生まれる可能性を認めて、それを批判的に議論できる「開かれた組織」となることが必要だと指摘する。つまり、誤りうる可能性を認めて、その誤りから学ぶ姿勢が重要になる。幸いにして、防衛省・自衛隊には、自発的に組織文化を変えようとする動きが芽生え始めている。しかし、自分たちだけの力で行動を反省し、それを改めることは難しい。そこで、期待されることが、報告書でも取り上げられた外部人材の活用である。

報告書では、転職者も重視した採用や高度な専門性をもつ人材を柔軟に採用することにも言及している。外部人材の新鮮な目線が加われば、組織内部に生じている不条理を認識しやすくなり、組織に芽生えた変わろうとする自覚が伴えば、不条理を批判的に議論することが可能になる。人的基盤強化会議で触れた組織文化の変化と、報告書でも取り上げられている外部人材の活用が進めば、防衛省・自衛隊が「開かれた組織」となることが期待できる。防衛省・自衛隊による組織文化の変革は、まだ緒に就いたばかりだ。その成否は、組織に芽生えたきざしを組織文化として定着させることができるかにかかっている。

引用文献
シャイン, E. H.(2016)『企業文化 改訂版』白桃書房
野中郁次郎(2023)『知的機動力の本質』中公文庫
菊澤研宗(2017)『組織の不条理』中公文庫

(※1)人的基盤強化会議には、リクルートワークス研究所所長奥本英宏が委員として参加しており、筆者は、奥本の随行として会議に参加している。
(※2)防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会 第1回 会議資料1
https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/meeting/kiban/pdf/20230222_01.pdf
(※3)防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会 第6回 会議資料
https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/meeting/kiban/pdf/20230712_01.pdf
(※4)防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会 第7回 会議資料
https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/meeting/kiban/pdf/20240118_01.pdf
(※5)菊澤(2017)では、それぞれ以下のとおり説明される。勝利主義とは、勝つことが最重要であり、そのためには部下の犠牲も仕方がないとする考え方である。集権主義とは、変革や効率的な方向を導くには強力なリーダーシップが不可欠とする考え方である。全体主義とは、全体のために個人は犠牲になるべきとする考え方である。