研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4海外では標準搭載。働く人のスキルを可視化するテクノロジー──石川ルチア

先月、3年ぶりに海外のHRテクノロジーコンファレンス「Unleash」に参加した。ラスベガスで行われたコンファレンスの展示ブースでは、人材のスキル情報を自動収集して可視化するプラットフォームの存在が際立っていた。eightfold.ai、Reejig、retrain.aiのほか新規参入する企業も多く、サービス内容の差異化が難しい。海外では「スキル」に焦点を合わせたサービスが増えているとの情報はあったが、現地でその多さを実感した。WorkdayやSAP SuccessFactorsなどの大手人材管理プラットフォームもすべて、従業員のスキルを可視化する機能を搭載している。

世界のリスキリングの潮流と、スキルの可視化に対するニーズの高まりは相関性が高い。企業がリスキリング後に従業員の配置転換をするには、学生時代やこれまでの業務で培った、あるいは発揮したスキルを把握する必要がある。従業員が保有しているスキルと、新たに配置する職務で不足しているスキルを正確に知ることで、スキルの再開発を迅速に実行できる。米国をはじめとする海外企業は、必要な人材を早急に確保するために、採用や育成、評価などの人事戦略全般を「スキル重視」のものへと変更している。企業への取材やコンファレンスへの参加を通じて、「日本ではスキルを可視化する技術への関心が低い」と、海外との温度差を感じた。

さまざまな形態で記録されている従業員のスキル情報を、自動で集約する技術

図1  Reejigがスキルプロフィールの作成に使用するデータとその用途日本企業では、新卒採用や人事異動が多いことなどから、担当する業務の内容や難易度、必要なスキルなどをまとめた職務記述書を作成することは少なく、雇用慣行が異なる海外のプラットフォームを利用できないとの声を聞く。しかし、従業員のスキル情報は社内外のさまざまな場所に記録されており、人材のスキルを可視化するプラットフォームを活用する際に、必ずしも職務記述書を必要としない。プラットフォームは、社内システムにある応募時の職務経歴書や資格、人事考課、アセスメント結果や、LinkedInのようなビジネス系SNSのプロフィールなどに保管されているスキル情報を自動収集し、個人のスキルを統合・整理してデータベース化する。従業員がこのデータ上で自分のスキルの補足や修正を行ったり、同僚や上司などが評価を追加したりすることで、スキルプロフィールが完成する。

スキルを可視化するプラットフォームには、4つの共通機能がある。

  • AIが各所に散在する従業員のスキル情報を取り込んで、スキルプロフィールを作成する。
  • 従業員が編集したり、同僚・上司が評価したりすることで、スキルプロフィールを完成させる。
  • AIはスキルプロフィールを基に、その人に適した社内の職務やキャリアパスと、不足しているスキル、そのスキルを習得するための学習コンテンツを表示する。
  • AIは従業員が新たに習得したスキルを実践する職務やプロジェクトを提案し、プラットフォームを介して応募できる。

従業員が保有するスキルは日々変化するため、企業はスキルプロフィールを定期的にアップデートしなければならないことが、これまで運用上の難点であったが、プラットフォームは、動的データをリアルタイムで収集する技術を備えている。SkyHiveやeightfold.aiは、オンライン上にある一般公開データ、たとえば求人・求職サイトや企業の年次報告書、専門家のネットワークサイトなどを日々クローリングしてトレンドを分析し、今後市場で需要が上昇するスキルを予測する。また、Degreedは、従業員がオンラインで閲覧したコンテンツ、フォローしている専門家、受講したコースなどをトラッキングして、習得中のスキルを捉えることができる。

スキルを可視化するプラットフォームにはすでに大量の人材データが蓄積されているため、AIが自動で作成するスキルプロフィールの精度は高く、たとえばSkyHiveの精度は85~90%という。SkyHiveとDegreedはWorkdayと提携しながら、単体でも日本でサービスを展開している。

今後は労働市場にいる個人のスキルの可視化も

個人が保有するスキルを可視化する技術は、企業のリスキリングを効果的・効率的に進める助けになるだけでなく、個人のキャリア設計にも役立つ。労働市場にいる誰もが利用できるオープンな仕組みがあるとよいだろう。

米国では、業職種を超えて転職しやすくするために、教育機関、職務、ボランティア、軍隊などで経験を積み培ったスキルをデジタル化して個人が持ち運べる仕組み、Learning and Employment Records(LER、学習・雇用履歴)を構築している。商務省が主導して、2020年からさまざまな業種の企業や教育機関を巻き込み、試験プロジェクトを実施している 。米国では、スキルの可視化は人材不足の職種への労働移動を促進するとともに、自分に適したキャリアを知った個人が自律的にキャリアを設計し、新たなスキルを習得する原動力になると期待されている。

日本では、政府のプログラムでも企業向けにスキルを可視化する民間のツールでも、Unleashで見たプラットフォームのような高い機能のものは見当たらない。海外のAI搭載のプラットフォームのように、個人がすでに持っている資格や職務経歴書をアップロードするだけで、ビッグデータを基にスキルプロフィールを自動作成できれば、ツールの利用が進むだろう。スキルを可視化する技術の発展は、人材不足解消や個人のキャリア形成促進といった課題解決の糸口になるはずだ。