研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4鍵は「信頼」と「内発的動機」~テレワークとノーベル経済学賞(2)──茂木洋之

前回のコラムではテレワークと成果主義の相性が良いという結果を紹介した。その上で安易に成果主義を適用すると、マルチタスク問題、つまり成果が見えにくい(が重要な)業務への努力が減少し、意図せざる結果を生むことになることを述べた。今回のコラムでは成果主義を導入しなくとも、テレワークをうまく機能させるための方法を考える。鍵は信頼の形成と内発的動機だ。

解決策1――信頼の形成

我々の論文(Kawaguchi and Motegi, 2020)では、業種・職種や企業規模を制御した上でなお、正規労働者の方が非正規労働者よりもテレワークをし易い、という結果が出ている。これをどう解釈すればいいだろうか?

一つの解釈として、正規労働者を長期雇用者とみなせば、労働者と雇用主の間に関係的契約が結ばれているものと理解できる。関係的契約とは、契約書などで明文化された契約ではないが、長期的関係によって維持される口約束のような合意のことを言う。正規労働者は企業と長期的関係を結んでいるため、テレワークでサボって信頼を失う場合に、将来関係が悪化し、そのコストが後々まで続き高くつくというわけだ。一方で非正規労働者は短期契約であることを考えると、サボっても短期で転職する可能性が高いから、そのコストは大きくない。また、正規労働者の方が、賃金が高いことを考慮すると、彼らの方が非正規労働者と比較して、サボることによって失うものは大きいとも言える。このような背景を考えると、正規労働者はサボるインセンティブが低いため、テレワークを適用しやすいというわけだ(※1)。

他にも成果主義でなくとも、働き易い環境を整備したり、高い報酬を与えることも有効だ。労働者は雇用主へのお返しとして、サボらずに成果を上げるということが考えられる。このような特徴は互恵性と呼ばれ、経済実験でも確認されている。
ここから得られるインプリケーションとして、成果主義がなくても、長期的契約に代表される、信頼を形成するためのメカニズムを利用すれば、テレワークを導入し易いと言える。

解決策2――内発的動機

二つ目の解決策は内発的動機に訴えかけるということがある(※2)。経済学は外的なインセンティブの視点から現象を考察することが主流であるから、意外に思われるかもしれない。一方でこのような研究も2000年以降徐々に増えている(※3)。
これは一言でいうと、職業倫理のようなものに頼るということである。例えば、多くの研究者にとって金銭的報酬は重要であるが、独創的で社会的に価値のある研究をすることによって得られる「喜び」のようなものも同じくらい重要だろう。この状況で「質はいいから、とにかく本数を書けば評価されるようなシステム」を導入すればどうなるだろうか。一部の研究者はモチベーションをそがれてしまう可能性がある。やる気を引き出すためのインセンティブが、かえってモチベーションをクラウドアウトしてしまう好例と言える。

研究者のような専門職ではなくとも、自分の職業にプライドを持つことの重要性を否定する人はいないはずだ。テレワーク中のサボりを防ぐには、基本的なことではあるが、その仕事の重要性を丁寧に伝える、職業のプロフェッショナル精神を養う、また教育するなどが方策と言える。

テレワークが機能しない原因を考えることが肝要

以上駆け足になったが、テレワークと成果主義の関係、成果主義の弊害、そしてテレワークを導入し易くするための解決策を述べた。コロナ禍でテレワークは一時的に普及したが、またもとの働き方に戻りつつある。事実、内閣府の調査によると、テレワーク実施率は2020年5月時点で27.7%だったが、12月時点では21.5%と低下した。これは一部の企業はテレワークをうまく適用できなかったということを示唆する。やみくもにテレワークを推進するのではなく、なぜテレワークが機能しないのか、機能させるにはどうすればいいのかを一つ一つ考えることが重要であり、その際には先人の知が有効となる。

参考文献
石田潤一郎・玉田康成(2020)『情報とインセンティブの経済学』,有斐閣.
伊藤秀史・小林創・宮原泰之(2019)『組織の経済学』,有斐閣.
Benabou, R., & Tirole, J. (2003). Intrinsic and extrinsic motivation. The review of economic studies, 70(3), 489-520.
Kawaguchi Daiji and Motegi Hiroyuki (2020): “Who Can Work from Home?: The Roles of Job Tasks and HRM Practices,” CREPE Working Papers 82.

(※1) 他にも論文中考慮されていないこととして、正規労働者の方にIT機器などが優先的に貸与されていることなどが考えられる。
(※2)ここからの議論は石田・玉田(2020)と伊藤・小林・宮原(2019)の説明をベースに記述している。
(※3) 例えば2014年のノーベル経済学賞受賞者である、フランスのティロール教授の研究がある。Benabou and Tirole (2003)が原論文である。