研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4成果主義の落とし穴~テレワークとノーベル経済学賞(1)──茂木洋之

新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークが急速に普及した。テレワークはコロナ禍でも就業を可能とすることもあって、誰がテレワークをしているのか、という問いが一層重要となった。筆者と東京大学の川口大司教授はこのような問題意識のもとで、テレワーク従事者の特徴を、職務の性質と人的資源管理論の視点から考察した(Kawaguchi and Motegi, 2020)。分析結果の一つとして、テレワーク従事者が、成果主義のもとで労働している可能性が非常に高いことが示されている。テレワークだと上司は部下の業務が観察不可能だ(これを経済学用語で、情報の非対称性という)。よって部下が仕事をサボる可能性がある(同じく、モラルハザードという)。そこで成果主義を導入しインセンティブをつけることで、部下の努力を引き出すわけだ。

コロナ禍でテレワークに関する議論と同時に、ジョブ型雇用への移行や、付随して成果主義関連の議論を見かけることが以前より増えたように思う。テレワークと評価制度が密接に関連している事実が、実際の労働の現場でも認識されている証左と言える。しかしテレワークだからと、安易に成果主義を導入すると、かえって生産性を低下させることがある――このことを鮮やかに示したのが、2020年のノーベル経済学賞受賞者のミルグロム教授だ。

組織の経済学を切り拓いたミルグロム教授

2020年のノーベル経済学賞はスタンフォード大学のポール=ミルグロム教授とロバート=ウィルソン教授が受賞した。受賞理由は「オークション理論の改善と新たな方式の開発」だ。両教授とも経済学を学ぶ大学院生なら誰でも知っている理論経済学の大家であり、納得の受賞である。特にミルグロム教授は後複数回ノーベル賞を受賞してもいいと言われるほど、その業績は多岐にわたる(※1)。その内の一つに、「組織の経済学」への貢献がある。

ミルグロム教授の組織の経済学における特に重要な業績に、マルチタスク問題と呼ばれるものがある(これはベント=ホルムストローム教授との共同研究であり、ホルムストローム教授も2016年に、契約理論への貢献、でノーベル経済学賞を受賞している。ミルグロム教授との共同研究が受賞理由の一つに挙げられている)。これは成果主義のインセンティブ契約のもとで業務が複数ある場合に、成果主義が機能不全になることを数理的に示した論文だ(※2) 。

成果主義により、個人の目的と組織の目的が合致しないことも

以下のような状況を考えよう。自動車の営業職の社員がいる。彼(彼女)の主な仕事内容は複数(マルチ)あり、自動車を販売することと、新入社員に営業のイロハを教えることである。会社としてはもちろんどちらの仕事も重要で熱心に取り組んでもらいたい。ここで何らかの理由で成果主義が導入されたとする。このとき彼の仕事ぶりはどのようになるだろうか?

営業は成果を測定することは比較的容易と言える。最終的には自動車を〇〇台顧客に販売したか、が重要と言えるからだ。一方で、新入社員の教育は成果の測定が難しい。そもそも入社して1年後に新入社員が優秀に育ったからといって、それが育成の成果とは限らない。もともと社員が優秀だった可能性がある。また社員は色々な人と関わるから、他の人の仕事ぶりに啓発されて熱心に仕事をした可能性もある。また相性の問題もある。そして何より、何をもって社員が成長したか、を測定することが難しい。つまり成果指標を見つけることは困難だ。ミルグロム教授達が示したことは、このような状況で、彼は営業に注力するようになり、新入社員の教育はおろそかになり、会社の意にそぐわない状況になるということだ。

このような状況はほぼ全ての仕事に見られると言っていいだろう。ほとんどの人が複数の業務に携わっているし、その評価の仕方も一筋縄にはいかない。仕事には量と質の二つの側面がある場合が多い。量の測定は、基本的には数えるだけなので簡単だ。一方で質の測定は難しい。何をもって質が高いとするかは主観的な要素が入るためだ。このような状況で成果主義を導入すると、人は量に重きを置くようになる(※3)。テレワークを導入し、それに合わせるように成果主義などの評価制度を取り入れると、社員教育(や人材育成)など、評価が難しい業務はおろそかになる可能性が否定できない。テレワーク下での社員教育が問題となっている。背景にはこのような理由もあると筆者は推察する(もちろん対面でのコミュニケーションが困難であることも大きな理由であろう)(※4)。

日本は90年代以降、成果主義を取り入れた企業も多い。一方で、それらはうまく機能しなかったという意見もある。しかし実証分析の結果を鑑みれば、テレワークを普及させるには成果主義やそれに代わる評価システムを入れなければならない可能性が高い。そこでやみくもに成果主義を良くないと主張するよりも、何故それらがうまく機能しなかったかを考察することが重要と言える。
次回はこのような状況での解決策を考えてみよう。鍵は信頼と内発的動機だ。

参考文献
Holmstrom, B., & Milgrom, P. (1991). Multitask principal-agent analyses: Incentive contracts, asset ownership, and job design. JL Econ. & Org., 7, 24.
Kawaguchi Daiji and Motegi Hiroyuki (2020): “Who Can Work from Home?: The Roles of Job Tasks and HRM Practices," CREPE Working Papers 82.
大湾秀雄(2011): 評価制度の経済学―設計上の問題を理解する, 日本労働研究雑誌2011年12月号 No.617 p.6-21.

(※1) ウィルソン教授もゲーム理論における遂次均衡と呼ばれる概念の提唱など、他にもノーベル賞クラスの業績を上げている。
(※2) Holmstrom and Milgrom(1991)。
(※3) 他にも、評価指標の操作(ゲーミングという)やバイアスの問題も存在する。詳細は大湾(2011)を参照されたい。
(※4) 社員教育の評価方法は多様であり、場合によっては明確な評価指標を設けることも可能かもしれない。一方で、より広範な人事業務がセールスの仕事よりも評価が難しいことは想像に難くない。