研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4「焦り」の中で一歩踏み出す。若手のキャリアづくりはどう変わっていくか──古屋星斗

「最近の若い連中は・・・」というのは、太古の昔からの決まり文句だが、昨今の日本においても若手人材のキャリア意識の変化を感じることが多くなっている。例えば、就職時に「安定している会社」であることを最重視する学生の比率は39.6%で前年より+6.6%と大幅に増加し調査開始以来、最高となっている(※1)。また、「人並み以上に働きたいか」という質問に対しては、「人並みで十分」という回答が63.5%となっており、こちらも過去最高値を更新している(※2)(1969年の調査開始以来)。こうした状況は『安定志向』や『草食化』として社会のなかで唱えられてきた。

他方、同時に多くの人気企業で異変が起きている。20代の若手社員の離職が増加しているのだ。日本を代表するような誰でも知っている製造大企業や、就活で一番の人気業種である総合商社、そして官公庁に至るまで、人事からは「若手がすぐ辞めてベンチャー企業に転職してしまう」、「20代の離職者が過去最多になっている」などの話を聞くことができ、いわゆる『安定志向』とはまた異なる大きな潮流であると言えよう。
これまでの価値観、そして行動とは異なる動きを見せる若手人材。今回は、若手人材の初期キャリア形成を取り巻く状況と展望について考える。

筆者は50人ほどの20代就業者に対して、キャリアにおける不安要素やリスク観に注目し、「自分の職業生活にどういった不安があるか」、「どういった活動をしてきたか」、「これまでの自身のキャリア形成の納得感は」といった項目からなるインタビューを行った。その中で出てきた語りを整理した3つのポイントについて、以下に述べたい。

いわゆる「安定志向」が包含する幅の大きさ

一点目のポイントは「安定志向」についてである。この点については、多くの者が“自分は安定志向”であり、キャリアづくりを“ローリスクにやってきた”、と答えている。他方、この「安定志向」「ローリスク」との答えをした者の中にも、“メガベンチャー営業職から地方で起業”、“超大手企業を蹴って数十人のスタートアップに入職”、“学生時代にベンチャー起業”など、外形的には到底「安定的」と言えないような行動をした個人が含まれていた。
これには、「大企業に入る=安定的なキャリアが送れる」という認識の衰退が背景にあると考えられよう。換言すれば、大企業に入ることは「自身のキャリア形成が外部要因により不安定化すること」と言える。転勤、異動、ジョブローテーション。こうした自分で決めることの難しい要因を「不安定」「リスク」だとして忌避する傾向があると言えるのではないか。つまりこの場合の「安定」は「企業の安定」を指すことはなく、純粋に「自身の職業生活の安定」を指している。

もう一方で、自己のやりたいことを追求するために、あえて安定的なキャリアをメインに据えている者も存在している。こういった現象は例えば、「ライフキャリア」、及び「ライスキャリア」と言われることもある。「ライフキャリア」として自分が一番やりたいことをする一方で、生活をしていく必要性から「ライスキャリア」にも励む。具体的には、ライスキャリアとして安定的な仕事(公務員、大企業など)で勤めつつ、自身のライフテーマとなることを副業やアフター5の時間で行う。こうした「ライス・ライフバランス」を整えることに注力する若手人材の話を聞くこともできた。このようなケースにおいては“コスパがいいか”(しっかり5時で上がれるか、休日は取れるか、なおかつ給料は平均的か)が重視されることにも留意が必要である。

このような傾向からは、単なる「一つの会社でずっと働きたい」というクラシカルな安定志向とは別に、「自分の名前で仕事をしたい」「専門性を身に付けたい」「自分のやりたいことのために安定的な企業に所属したい」という志向なども、現代において若者の『安定志向』として現出していると見ることができよう。

ココロと行動のくいちがい

二点目は、自分の本当に“やりたいこと”のために動くことの難しさである。就職活動においては「自分の軸」や「やりたいこと」、「人生のミッション」をまず考えよ、と指導される。多くの大卒者の就活においてはこのような自己分析を行うことで、業種の絞り込みや、エントリーシートの記載内容を考えていく土台を作る。

他方で、今回のインタビューからは、キャリアを振り返って、“本当はこれがやりたかったが結果としてできなかった”という語りが頻出していた。“学生時代に評価されてその道に進みたかったが・・・”といった際に、別の選択をするにあたって考慮に入れた要因として語られるのが、「親」「友人」など当人と関わりの深い他者と、「見栄え」「モテ要素」などの社会的地位に関わる要素であった。他者による介入、そして氾濫する情報による社会的地位のピラミッドのなかに否応なく若手人材は組み込まれることとなる。多くの介入と情報の中で、本当は就活の文脈と少し異なるところにあったのかもしれない“やりたかったこと”、を選択することは困難であろう。“会社選びは親孝行だった”、“内定を何社かとって迷ったが、最後は親がここが良いと言ってきたところに決めた”、こうした中で自身のキャリア志向と現実のキャリアの選択は徐々に食い違っていくこととなる。
AI・IoT・ロボットの時代、誰でもできる平均的な仕事に価値はなくなると言われている。自分が本当にやりたい仕事を見つけられるかがキャリア形成の最大のポイントになるときに、シンプルにやりたいことで力を尽くすことが難しい状況が浮かび上がってきている。

行動量と「ないものねだり」

三点目は“自分が今やっている仕事は本当に自分に向いた仕事ではないのではないか”、という「ないものねだり」である。「青い鳥症候群」や「隣の芝は青い」と言われるように、他者の仕事は時として魅力的に見えるものである。“同期は転職して活躍しているのに自分は何をしているのだろう”、“大学の同級生に追い付きたい”、こうした焦りの心情を多くの若手人材が持っている。もちろん、自身の今の仕事については良く知っている、そのために憧れなどは無くなっている。しかし他者がしている仕事の現実は知らない。この点に「焦り」や「ないものねだり」が発生する土壌がある。
「リアリティ・ショック」という概念がある。日本人のほとんどの新社会人が入職に当たってこのショックを受ける。ショックを受けて初めて現実と自分の認識がフィットするわけであるが、自身以外の仕事についてはリアリティ・ショックがまだ起こっていない状態であると言えるだろう。“本当は営業が向いているんじゃないかと思っている”、“ベンチャー企業を起業したいから3年前から友人とプランを練っている”、こうした願望を実現しようとして、初めて“前の仕事がいかに自分に向いていたかを痛感した”というケースは多い。
自身の適性や向いていることを見極めるためには一定の行動量が必要になるのではないか。行動が伴わない単なる情報は無益な焦燥感へと繋がり、「焦り」「ないものねだり」に繋がるのではないか。

図表:現代の若手人材のキャリア形成を取り巻くポイントまとめ
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モデル亡き社会で、キャリアをどう作るか

以上のように、若手人材と話をすると多くの人が「いまの自分の仕事を続けていても良いのか・・・」という不安を抱えている。その背景にあるのは「専門性」や「自分の名前で仕事をする」ことへの希求であり、企業にしがみつき続けることが不可能であると感じ、しがみつく職業人生に魅力を感じていないことがあると言えよう。さらに、情報化社会のなか、SNSなどで発信される身近な人の成功体験などに、強い「焦り」を感じているのも確かである。「課長のようになりたいと思えない」、モデル亡き社会で、若手人材はどのようにキャリアを作っていけば良いのだろうか。

ヒントはいくつかある。リクルートワークス研究所で行った『マルチサイクル・デザインの時代』プロジェクト において、35歳以上の社会人のライフキャリアの大規模な分析を実施している。キャリア展望の高い個人の初期キャリアに注目してみると、いくつかの共通の傾向が浮かび上がってくる。
例えば、初期キャリア選びで重視すべき事項である。企業の大小でも仕事の中身でもない、初期に仕事の「やり方」を決められる仕事をしていた人ほどキャリアの展望が高まっている。

図表1:キャリアの最初のステージの状況と、現在のキャリア展望の関係(概念図 (※3) )
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同時に、「師匠」や「メンター」などの影響を受けた人を多く見つけられているほど、キャリアの展望は高まることも判明している。(なお、図表1・2においてはキャリアの「最初のステージ」を分析しており、最初のステージとは学校卒業後の就職直後の時期のことを指している)

図表2:最初のステージで「影響を受けた人」の数と、現在のキャリア展望(※4)
furuya1908_03.jpgもちろん、こうした「仕事のやり方」の決められる企業や、「師匠」「メンター」となる人物には、待っているだけで出会うことはない。この点において、行動を基点にしたキャリア形成が重要となってくるだろう。「こんなはずじゃなかった転職」などキャリアにおけるミスマッチを防ぐためには、自分のフィールドから半歩出てみる「コミットメント・シフト」が必要である。「コミットメント・シフト」とは、転職に代わる新たな移行形態として、部分的なコミットからの職業移行をしようとする活動について筆者が提唱した概念だが、行動して考える、行動しながら考える型のキャリアチェンジが、キャリアが多様化し情報が溢れかえっている社会において有効性を増しているのではないか 。

情報化社会だからこそ、逆に行動が生きる、行動して結果として得られた“生きた情報”の価値が高まる。そして一歩踏み出そうと思ったときに、共通の目的を持つ社会人と知り合ったり、副業やボランティアをする、朝活、社内での勉強会に関わるなどなど、業務外の活動を行うための場やツールは急速に整っているのである。

いま、産業社会は大きな変化の時代を迎えており、初期キャリアのつくり方についても変化せざるを得ない。新卒一括採用、企業による一括研修、そして終身雇用。これら全てが変わっていく。そして、これから社会の若年人口が急激に減少していくことが確実ななか、新たな時代の若手のキャリアづくりについての議論はいままさに焦眉の急であると言えるだろう。

(※1)マイナビ,「2020年卒マイナビ大学生就職意識調査」
なお、調査開始の2001年卒から2019卒まで最重視されていた項目のトップだったのは「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」であった。
(※2)日本生産性本部,「平成31年度 新入社員働くことの意識調査」
なお、「人並み以上」は29.0%で過去最低値となっている。
(※3)現在のキャリア展望を被説明変数とする多重回帰分析の結果を概念化したもの。
詳細については、https://www.works-i.com/research/works-report/item/190329_multicycle.pdf P.32など
(※4)上記レポートP.33を参照