研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4働き方改革で社員と約束することは何か ──大久保幸夫

いまひとつ腹落ちしない働き方改革

働き方改革関連法が施行されて、改めて各所から講演依頼をいただいている。いずれの企業も、働き方改革に取り組んでからしばらくの時間が経過しているが、経営者や人事から見て「うまく浸透していない」という感覚があるという企業だ。
その原因は何か?
もちろん企業によって状況は異なるのだが、社員とどのような視界を共有しているか、というあたりにひとつのポイントがありそうだ。
働き方改革の目的というと、経営者はよく「生産性の向上」という言葉を口にする。あるいは「イノベーションのため」という人もいる。しかし、これらのメッセージは残念ながら社員には届かない。

ワークス研究所で調査したところ(「働き方改革に関する調査」2017年)、会社で実施している働き方改革に対して、社員の56.3%が不満もしくはやや不満という回答だった。その理由は「早く帰れと言われるため仕事が終わらない」「残業代が減ってしまった」などである。つまり、生産性の向上というと、効率を上げて残業を減らし人件費を減らしたい、という経営者のメッセージとして受け取ってしまうのである。イノベーションの促進という言葉も、多くの社員からは、無理難題を言われている、という感覚に過ぎないのではないだろうか。

経営者が生産性やイノベーションを重視するのは当然のことだが、それはどちらかというと投資家に対して約束することであって、社員と共有する目的にはならない。
法律を遵守するため、というメッセージもうまくいかない。
もちろん企業は法律を遵守することを求められているのだが、それを働き方改革の目的にしてしまうと、政府から押し付けられたことであって、経営者が本心として考えていることには見えない。コンプライアンスは社会に向けて約束することであって、社員と共有する目的にはならないのである。

それでは、いったい何が共有すべき目的なのか

私は「働きやすい会社をつくる」「働きがいのある会社をつくる」ことではないかと思う。会社と社員がWin-Winになる、共有すべき目標はこれしかないのではないか。
少し古い調査だが、厚生労働省が平成26年に実施した「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査」によれば、働きやすい会社群と働きやすくない会社群、働きがいのある会社群と働きがいのない会社群を比較したところ、「意欲の高さ」においても、「勤務継続意向」についても、「企業業績の高さ」においても、圧倒的に前者が高かった。

2つの目標は、社員を大事にするというメッセージであり、社員にとっても反対する理由のない目的である。
働きやすさと働きがい。新しくもないこれらの言葉が、働き方改革で改めて輝いてくる。エンゲージメントというような言い方はしないほうがいい。エンゲージメントという言葉は、ロイヤリティを言い換えたようなニュアンスが漂い、遠心力を抑えて、離職しないようにグリップを強くするという経営側の論理が透けて見えてしまう。
働きやすさと働きがいは、会社の制度と現場のマネジメントの両輪によってはじめて実現できる。働き方のルールだけでなく、事業の現場でマネジャーがどのような組織運営をするのかがポイントになる。そこまでをシナリオに描き、実行した会社では、働き方改革は地に足がついた進展を遂げていると思う。

図表 働き方改革の3つの側面
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ストーリーがつながる

社員との約束は、未来の社員への約束にもなり、人材不足の環境下で優秀な人材を確保することにつながる。これは投資家に対するメッセージに加えることだろう。
働きやすい、働きがいがある、という言葉の前に「誰もが」とつけ加えると、働き方改革とダイバーシティ経営とが結びつくことにもなる。現場のマネジャーにも、そのような組織づくりを進めればよいのだという指針ができる。目標を明確にしてマネジメントの在り方を見直すことで、働き方改革を制度的側面から運用の側面へと誘う道が見えてくるはずだ。
ワークス研究所が実施している全国就業実態パネル調査(JPSED)によれば、昨年2018年は働き方が大きく進化した年だという結果が出た。すでに働きやすく、働きがいのある会社に向けて大きく踏み出した企業が多数あるという証左であろう。

大久保幸夫