研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3裁量労働は長時間労働を引き起こすか 坂本貴志

先の通常国会では、データ問題を端緒として、裁量労働制をめぐり激しい議論が交わされた。

裁量労働制は、業務の遂行方法に一定の裁量が与えられていることが条件となって適用されるものである。今回は、業務に裁量を持っている労働者について、その労働時間は長くなる傾向があるのかどうかを分析し、裁量労働と労働時間の間にあるメカニズムを解明したい。

使用するデータはリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」である。JPSEDには、労働時間や業務上の裁量の有無に関する質問がある。労働時間については平均的な1週間の労働時間を聞いており、業務上の裁量については、「昨年1年間における、あなたの仕事に関する以下の項目についてどれくらい当てはまりますかー(4)自分で仕事のやり方を決めることができた」という設問に「あてはまる」から「あてはまらない」まで5段階で聞いている。

まず、裁量の程度と労働時間の関係をみると、図表1のようになる。これをみると、雇用者全体でみて、裁量が大きい人ほど労働時間が長いという関係が見て取れる。

図表1 業務上の裁量と労働時間(雇用者)item_works03_sakamoto03_sakamoto09_02.jpg.png注:「自分で仕事のやり方を決めることができた」という質問に対して、「あてはまる」と回答した者を裁量が大きい労働者とし、「あてはまらない」と答えた人を裁量が小さい労働者とした。

ここで、労働時間は裁量の大小以外に、性別や年齢、家族構成といった個人属性にも影響を受けると考えられるため、ほかの要因をコントールした上でも同様の傾向があるのかを確認する。図表2では、被説明変数を労働時間に、説明変数に裁量の大小をとり、回帰分析(OLS)を行っているが、やはり雇用者全体でみて、裁量が大きい雇用者の方が労働時間は長い傾向があることがわかる(図表2(1))。一方、固定効果分析を行うと結果は異なる。すなわち、裁量の高低は労働時間に有意な影響を及ぼしていない(図表2(2))。

図表2 業務上の裁量と労働時間の関係
item_works03_sakamoto03_sakamoto09_01.jpg

この結果は、裁量の大小と労働時間の多寡には相関があるが、裁量が大きいほど労働時間が長くなるという因果関係があるとまでは言えないということを示唆している。たとえば、コンサルタントや弁護士など裁量が大きい仕事を行っている労働者は、労働時間も長いことが多い。しかしながら、これは、裁量が大きいという特性を持つ労働者が、偶然にも、労働時間が長いという特性をも併せ持っていたということを示しているにすぎない。要するに、彼らは裁量があるから長時間労働をしているわけではないのだ。

ここで、裁量労働制と労働時間の問題に立ち返ると、そもそも、裁量労働制の趣旨に照らして、それが引き起こす労働時間の増加は、本質的な問題と言えるのであろうか。

裁量労働制は、業務の性質上、その遂行方法を労働者の裁量にゆだねる必要がある場合に適用されるものであるため、たとえ制度適用者が長時間労働をしても、少なくとも理論上は、それは本人の意思で行われているものである。そう考えれば、仮に裁量労働制の対象者の労働時間が制度非適用者のそれよりも長かったとしても、それ自体が制度の要否に影響を与えるとは考えにくい。

裁量労働制をめぐる根本的な問題は、裁量労働制が適用されているにもかかわらず、実態として裁量を有していない労働者が多数存在していることではないか。労働基準法では、裁量労働制の適用に関して労使協定が必要であることが規定されている。しかし、現代において、労使の合意だけを前提に、企業の特定の職種の労働者に対して包括的に裁量労働制を適用することは、適切と言えるのであろうか。

労働者が業務を行う上でどの程度の裁量を有しているかは、その人が行っている業務の性質のほか、上司、同僚など職場環境によって大きく変動する。たとえば、上司が業務を事細かに指示するような人であれば、その部下は裁量労働制が適用されていたとしても、業務に十分な裁量を持つことはできない。現行の法令の規定では、裁量労働制が適用されている人が、ほんとうに高度な裁量を有しているのかということについて、十分な担保ができていないのではないか。

制度の趣旨を考えれば、実態として高度な裁量を有している労働者のみ、裁量労働制が適用されるべきである。そうでなければ、裁量がない人が残業代も払われず延々と仕事をさせられる、という事態は理論上起こりうる。

現代において、裁量を有する労働者に対してはみなし労働時間を適用する、という立法の趣旨を達成するためには、労使の合意だけでは十分ではなく、より個人の意向を重視した法規制へと転換すべきではないか。裁量労働制の在り方を考えるにあたって、裁量労働制の適用者がそうでない人よりも労働時間が長いかどうかといったことに、問題を矮小化するべきではない。

裁量労働制の適用対象者について、意図しない長時間労働を発生させないようにするためにどうすればよいか。裁量労働制は導入以来長い年月が過ぎており、その間に、労働者を取り巻く環境や個々人の就労観は多様化している。今、裁量労働制をより多くの人から信頼される制度とするために、制度設計そのものを議論するべきだ。

坂本貴志

[関連するコンテンツ]