研究所員の鳥瞰虫瞰2015年は働き方改革元年になるか? 石原直子

2014年の後半あたりから、世の中で「働き方」について語られることが増えてきたと思う。多くのメディアで、「働き方改革」「残業しない働き方」といった特集が組まれ、オフィスでの長時間労働を削減するための工夫をしている企業や、在宅ワーク・短時間勤務をしながら成果をあげている個人に注目が集まるようになった。

そして、2015年。元旦から始まった日本経済新聞朝刊での「働きかたNext」という連載はまだ記憶に新しい。また1月30日には、厚生労働省が「働き方・休み方改善ポータルサイト」を開設した。日本人の働き方を変えていこうというのは、いまや社会的なムーブメントになりつつあるのかもしれない。

「残業できる人が主力メンバー」
という価値観からの決別を

日本の正社員ホワイトカラーの労働時間は長い。特に男性では、週50時間以上働く人の割合はホワイトカラーの約38%と多く、年間総労働時間は2300時間になる(注1)。これまでの日本企業では、多くの場合、残業をいとわず会社と仕事に奉仕できる人が中核人材であると考えられ、その働き方ができない人は無言のうちに戦力外とみなされてきた。そのため、特に、会社の中での出世競争に参加する男性正社員は、「残業するのは当たり前」の働き方を余儀なくされてきたといえる。

しかし、「残業を前提にした働き方」ができる人だけに頼って組織を運営することは、労働力が減少していく社会である日本では、今後たちゆかなくなる。時間に制約がある人、体力に制約がある人、仕事以外に時間を使いたい理由がある人…。こうした人々にも活躍してもらえる働き方を提供できなければならないのだ。

このように説明すると、「制約がある人が柔軟な働き方をできるようにすることには賛成だ。しかし、長時間働くことができる人、働きたい人が(法定労働時間を越えない程度に)残業することには、なんの問題もないはずだ」というご意見を頂くことがある。

問題は、あるのだ。制約のある人には特別な働き方を認めるという「例外措置」を整備して、基本の価値観と行動様式にメスを入れなければ、組織の中には残業する人と残業しない人の壁ができてしまい、結局「残業しない人は主力メンバーではない」という意識は変わらない。

どんな組織やグループにも当てはまると思うのだが、「あなたは主力メンバーではありませんよ」と宣告されていながらなお組織のために貢献しよう、頑張ろう、と思える人はそんなに多くはないはずだ。つまり、今のまま、柔軟な働き方を「例外的に」、「弱者」に対してのみ認めている状態では、この人たちの能力や貢献を本当の意味で引き出すことはできないのだ。

これからの人口減少社会で、企業が本気で多様な人々の力を頼っていこうと考えるなら、「残業できない人は主力メンバーではない」という価値観から決別し、「組織を構成するすべての人を、貴重な戦力としてリスペクトする」「価値観やおかれている状況の異なる多様な人々の総力で成果をあげる組織」に変容していく必要がある。こうした考え方が「ダイバーシティ」の先にある「インクルージョン」の要諦である。

イノベーションを起こすためには
「仕事を捨てて街に出よう」

もうひとつ、企業が働き方改革を進めるべき理由がある。それがイノベーションである。どの企業も、「より長い時間働いて、より多くのモノやサービスを生み出せば儲かる」という構造でこの先戦い続けることはできない。「他の企業はしていないこと」「この世の中にまだないモノ」を生み出すイノベーションの必要性は、かつてないほど高まっている。

イノベーションは「人とは異なる着眼点やアイディア」がぶつかり合う中で生まれる。社員がみな、並んだ机の前で遅くまで目の前の仕事に追われている状況のもとでは、異なる視点もアイディアも生まれようがない。つまり、こうした組織からはイノベーションは生まれるべくもない。

いかに社員一人ひとりが異なる経験を深めていけるか、各人が体験から得た知識や考え方を持ち寄って、化学反応を起こせるか。イノベーションを起こしたい経営者やマネジャーは、それを考える必要がある。家庭に帰って育児や家事にいそしむ人がいても、趣味の音楽や映画に没頭する人がいても、週に3回はパーティに参加するという人がいても、いいのだ。是非、仕事を捨てて、街に出ることの重要性に気づいてほしい。

注1
リクルートワークス研究所「ワーキングパーソン調査2012」より試算した値。ホワイトカラーは、管理職、事務職、営業職、専門職・技術職の合計である。年間総労働時間は年間50週働くと仮定して週当たり労働時間から計算した。

石原直子

[関連するコンテンツ]