人事トップ30人とひもとく人事の未来カルビー 常務執行役員 CHRO 人事総務本部長 武田雅子氏

現場が内包する力を開放することで「全員活躍」を目指す

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 武田さんはカルビーに転職されて3年目になりますね。ご着任以来、様々な施策を打ち出していらっしゃいますが、まずはその原点をお伺いしたいと思います。武田さんは、人々が本当に力を発揮するために何が必要だと考えますか。

武田 私自身の話をすると、若い頃は自分で全部やって、そのすべてが完璧でなければならないと思っていました。でも、人には弱みもあり、独力でできることには限界もある。多様な経験を持つ人たちの集合体が会社であって、それぞれが得意分野を活かしていったほうが間違いなく変化に対応できますし、新しいアイデアが出てくる、と歳を重ねるにつれわかってきました。つまり、私の人事としての「一丁目一番地」にあるのは「全員活躍」なのです。

現場にこそドラマがある。だから現場の声を聞く

石原 全員活躍に向けた変化は、なぜ今、カルビーで必要なのですか。

武田 国内市場の成長は鈍化し、一人ひとりのライフスタイル、食を取り巻く行動にこれまで以上に向き合う必要があります。また、海外市場の拡大という課題もあります。今のカルビーはそのステージにどう移行するかが大きなテーマです。松本晃前会長のリーダーシップにもとづくトップダウン的な改革は非常に有効に機能しましたが、今のカルビーに必要なのは、多様な人たちが多様な意見を出せること、そして、そのアイデアが採択され、実現されていくことではないかと考えています。それがいたるところで起きる組織に変えていきたいのです。
そのために新しい取り組みをいくつも始めました。最も大きいのは2020年度にスタートしたバリュー評価です。1年以上前から準備を進めました。ネクストカルビーを実現するために必要な価値観と行動を現場との対話から見つけようと、人事でキャラバンを組んで、全国の営業所、支店、工場などを回り、私自身も参加して十数回のワークショップを開催しました。できるだけ若い人に参加してもらい、膝詰めでこれからのカルビーについてあらためて話し合いました。工夫したのは、問いの立て方です。「これができていない」というところから入るのではなく、未来のカルビーに対してみんなが何をしたらいいかを考える、というポジティブな問いを立て、皆の考えを引き出すことを意識しました。温かい、いい場になったと自負しています。ここで500以上のアイデアが集まり、それを煮詰めて「自発」「利他」「対話」「好奇心」「挑戦」の5つのバリューを定めました。

石原 社員の皆さんには、特別な体験になりましたね。

武田 松本前会長時代には「10のルール」という、全員が成果を出すために守るべきことがありました。それに対してバリューは“ガイドライン”の位置付けです。バリューにもとづいて自分で考え、どう行動すべきか判断することを、全員に求めています。
新たな評価制度では、バリューを基本給に反映します。バリューを実践するにはどのような行動が望ましいかを上司と部下が話し合い、行動目標を立てる。それを実践できたかどうかで評価するというものです。スキルチェックや定量評価ではなく、話し合いによって評価するので、この制度がうまくいくかどうかは評価者次第。新制度に移行した2020年4月はちょうどコロナ禍が拡大していた時期だったので、約500名の役職者や工場の班長などにオンラインで評価者研修を行いました。新しい制度なのだから課題はいくつも出てくるはず。今後、それをみんなで共有し、解決しながら、最低でも2、3年かけて一緒にこの制度を作っていきましょうと話しています。

石原 それにしても、武田さんはものすごく現場の方々を見ていますね。

武田 現場が好きなんです。「現場にしかドラマはない」ですから(笑)。

重要なのは自分で考えて自分で決めること

石原 2020年7月には、モバイルワーク無期限延長、単身赴任の解除などを掲げた「Calbee New Workstyle」をスタートされました。

calbee_sub.jpg武田 この新制度導入に際して重視したのが、「圧倒的当事者意識」です。
働く場所・時間にせよ、所属する組織にせよ、自分自身で選ぶということをポイントにしました。人が行動するとき、重要なのは内発的動機です。自分の内側から湧いてくるものこそが最高のエンジンですから。誰もが持っているものですが、普段は蓋をしてしまっている。それを取り払いたいんです。

石原 そこに会社や人事が気づくことは非常に重要だと思います。一方で、自分で選んでいいと言うには、相手を信頼していなければなりませんね。

武田 社長の伊藤秀二が常に力説しているのが、現場主義と性善説マネジメントです。これは私の考え方と完全に一致しており、この言葉を聞いたことが私自身がカルビーに転職を決めた理由の1つです。
性善説マネジメントとは、この人はやればできるという前提で相手と向き合うこと、つまり「グロースマインドセット」を持つことです。できないかも、と考えて任せる仕事のレベルを下げると、結果的にチーム全体のレベルが落ちてしまう。できるはずという前提で任せると、こちらが想定している以上の成果が「嬉しい裏切り」として返ってくる。私はこれを何度も体験しました。

一人ひとりが持つリーダーシップに期待

石原 現場を大事にしているからこそ、コロナ禍でのリモートの状況は歯がゆくはありませんか。

武田 歯がゆいですね。いつでもどこにいても集まることができるリモートの良さもありますが、お互いの熱量や雰囲気が伝わるリアルな場でのコミュニケーションも重要ですから。両方組み合わせていくことが大切だと考えています。Calbee New Workstyle導入後も、商品を挟んでの商談、新プロジェクトのキックオフなどはきちんと感染対策をした上で、リアルにやることも検討してくださいというメッセージを出しています。
1人で家にいて、自分の頭とパソコンだけで出せる成果にはどうしても限界があります。やはりリアルなコミュニケーションから得られる刺激や情報は圧倒的に多いですから。また、リアルな場に集まると、意識せずともお互いに影響を与え合う、という利点もあります。カルビーの社員として働いているのであれば、場を構成する1人として自覚を持ってほしいですね。
少し個人的な話をすると、前の会社で最初に役員就任を打診されたとき、実は男性ばかりの役員のなかに入ることに違和感があってお断りしたんです。しかし、私にとってのメンター的な存在で、ある企業で役員を務める女性に、「あなたがその席に座ることで、周りの人たちがいい影響を受ける可能性がある。それを忘れないで」とアドバイスをもらいました。自分の果たせる役割にあらためて気づいて、役員になる決意ができたのです。

石原 自分で意識する以外の貢献もあるということですね。それにしても、「あなたがそこにいるだけで価値がある」と言われたら幸せですね。

武田 それがベースだと思います。いるだけでも価値や役割がある、と意識してはじめて、それぞれが自分の「あり方」を考えるようになります。それが、一人ひとりのリーダーシップ、全員活躍へとつながっていきます。そのようにして、誰もが自分自身が主人公と思って働ける会社を、作っていきたいのです。

カルビー 常務執行役員 CHRO 人事総務本部長 武田雅子氏
1989年、クレディセゾンに入社。店舗責任者、現場の教育指導などを経て人事部門へ。人材開発などを経験し、2014年人事担当取締役に就任。2016年には営業推進事業部トップとして組織改革を推進。2018年、カルビーにCHROとして転職。

text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康