「共創人口」の在り方を考える—壱岐市エンゲージメント・コミュニティ・ラボの取り組み

2025年06月30日

今回のコラムでは、第1回にて「自治体の役割を転換するための3つのアジェンダ」の2つ目に挙げていた「地域の外からの支援の獲得」について、壱岐市が政策の在り方を探究するために行った取り組みを紹介する。

「関係する」から「共に創る」へ

人口減少が進む時代、地域社会にとって喫緊の課題は、「いかに人を呼び込むか」から、「いかに人と共に創るか」へと移行しつつある。壱岐市が中心となって2022年10月から約1年間取り組んだ「エンゲージメント コミュニティ ラボ(以下、ECL)」は、まさにその問いに真正面から向き合った実験的プロジェクトであった。

ECLは単なる政策アイデアの創出ではなく、「エンゲージメント=主体的な関与意欲」を切り口に、いかに社会の異なる主体同士が自律分散的に協調して、新しい社会の形を形成することができるかを模索する実践型のラボであった。全10回のプログラムには、壱岐市をはじめとした自治体、企業、研究機関、社団法人が参加し、産官学の枠を超えた多層的な共創が試みられた。

自治体間視察から見えた、関与の形

ECLの初期フェーズにおいては、4つの参加自治体で既に起こっている共創の現場を訪れ、当事者の話を聞くフィールドワークが実施された。視察側にも受け入れ側にも産官学のメンバーが混在している多様な状況の中で、参加者にはそれぞれの立場からの気付きや学びがもたらされた。そして、各地域には独自の “関わり方のデザイン”が存在していることが認識された。

例えば福岡市では、大都市の強みを活かして、起業家や若者が地域課題の解決につながる取り組みを通して事業を育んでいくエコシステムが整えられていた。横須賀市には、地元に本社を置く大企業との共同事業として、スマートスクール化や人材育成を推進する取り組みが展開されていた。

一方、東川町では「写真の町」として知られる文化的な取り組みをきっかけに、互いに顔が見える中での小さな共創の輪が次第に魅力を帯び、地域外の人々を惹きつけて持続的な人口増加を実現している様子が見受けられた。壱岐市には、市民対話会によって地域の課題を共通認識化し、解決に向けた取り組みへの参加を促す仕組みが存在していた。

これらの視察を通して浮かび上がったのは、「関与の仕組み」は多様だが、共通して必要なのは“わかりやすい関わりしろ”であるというインサイトだった。そしてその関わりしろをどう設計するかこそが、ECLが取り組むべき社会システム設計の核であると位置づけられた。

プロセスの設計:関与の3段階モデル

議論が深まる中で、ECLの活動の中心に据えられるようになったのが、「関与の3段階モデル」である。
1. 体感(Feel)
地域に実際に触れる・感じる機会を通じて、接点を持つ。

2. 発信(Express)
感じたことを発信・共有し、他者と関係を深める。

3. 創出(Create)
地域との関わりの中から、新たな価値やプロジェクトを共に創り出す。
このモデルは、単に「人を呼ぶ」「関係を持つ」にとどまらず、「共に手を動かす」段階へと進む関係人口像──すなわち“共創人口”の形成を目指すという目的を反映している。そしてまさに、4つの自治体でのフィールドワークを通してECL参加者自身が感じたエンゲージメントの高まりに基づいて構築されているものであった。

ECLでは上記の3段階モデルを前提に、共創人口が継続的に生み出される仕組みの具体化に向けて、イベント・制度・広報の3チームに分かれてさらなる検討を進めていった。

Null Café:市民との偶発的な出会いを生む場

イベントチームは、地域外の多様な人や組織が地域住民との関係性を育んでいく場としてNull Café(ナルカフェ)という企画を検討した。自分の「好き」をテーマに発表し、共感した地域住民と対話を行い、関係を育んでいく「お立ち台」として機能する仕組みを構築することが狙いだ。

Null Caféの“Null”は、空(から)・余白・未定義を意味し、「何も決まっていない」状態から始まることで、多様な可能性を受け入れる開かれた場であることを意味している。

壱岐島内で開催された第1回Null Caféでは、地元高校生と福岡市内の大学生、企業人、移住希望者らが集い、それぞれの「好きなこと」や「関心のある問い」から交流が始まった。特徴的だったのは、Temiという遠隔操作ロボットの活用により、現地に来られない参加者も「身体性を伴った参加」を可能としていたことだ。

また、第2回Null Caféでは、福島県大熊町の職員が東日本大震災以降の新たなまちづくりの取り組みを紹介する会、写真家と雑誌編集長によるワークショップ、移動販売による地域課題解決を考える対話会、都内の私立中高一貫校の生徒達による壱岐市の課題研究発表会など、9つの団体による多彩な場が設けられた。

e市民制度:仕組みの力でつなぎ続ける

Null Caféのような「出会い」を継続的な「関係」に転化する仕組みとして検討されたのが、エンゲージメント市民制度(e市民制度)である。

これは、壱岐市に住民票を持たなくとも、市民のように関わることができる仮想的な市民資格であり、地域との関与度に応じてステップアップしていく“関係の階段”を生み出すデザインとして設計された。具体的には、以下のような仕組みが議論された。

観光やふるさと納税等で接点を持った非居住者へのe市民証の発行

• 地域通貨と紐付いたステータス制度
• 壱岐市についての継続的な情報発信や、非居住者が情報発信できるSNS等のコミュニケーションチャネル
• Null Caféをはじめとした地域外の参加者を求めるイベントや地域活動の取りまとめと、それらの活動の参加者への移動・滞在費の補助
議論は、実際に壱岐市とエンゲージメントを深め共創を行いたいと考えている個人や団体、そして同じ共創社会の実現を目指している他の自治体職員が一緒になって行われた。

ワーク・エンゲージメントの枠組み(第2回参照)を援用して、非居住者のエンゲージメントについて分析するワークを行いながら、双方の立場から、何があれば人は動くか、どのような建て付けであれば自治体の制度として成立するかなど、活発に意見が交わされていた。

広報:共創は何のために行うのか?

広報チームが向き合ったのは、広報活動そのものの前に「Null Caféやe市民制度は何のために存在するのか?」「そもそも共創は何のために生み出されるべきなのか?」といった問いであった。

Null Caféチームやe市民制度チームの議論とも連携を取りながら検討が進められた結果、一連の取り組みは「地域と地域に関わる人のしあわせの総量を増やすこと」が目的(Why)であり、そのための「しあわせの連鎖を生み出すこと」が方法論(How)、それらを実現するための具体策(What)としてNull Caféやe市民制度が位置付けられた。

私はこういった形で目的や方法論が設定されたことに大きな意味を感じていた。もし行政だけで議論されていたら、目的には「地域の持続性の向上」等の客観的な言葉が据えられていただろう。それが間違っているわけではないが、ECL参加者が見出した文言には、一方には自分たちが、もう一方には市民という“主体者”が意識されており、充実した人生を求める“人”が中心に置かれている。

そして方法論には地域外の主体から地域への一方向の矢印ではなく、関わり合いや協働を通して、互いに影響を与え合い、互いに自分達のしあわせに気づいていくという、共鳴とも呼べる運動が見出されている。

私はこれらのシンプルな文言の中に、約1年かけて4つの地域を訪れ、多様なバックグラウンドを持つ参加者での議論を重ねた末の学びが凝縮されていると感じた。

「制度」から「つながり」へ

ECLの成果は、政策アイデアを創出し具体的なイベントを実現したこと以上に、人が人とつながる理由に向き合い、つながり方のデザインを追求した点にある。

Null Caféのような偶発性に開かれた場の設計、e市民制度のように関与の段階をデザインする仕掛け、そして「しあわせの連鎖」という発想に着目したこと。これらは、自治体が制度による損得で人を動かすということだけではなく、人がつながりを求める理由やその力を基盤に社会を編み直そうとした小さな実験だった。

実際にECLに参加した企業や団体、自治体と壱岐市の共創は継続し深まっている。この試みから、共創人口という概念は制度や目標値といった枠組みではなく、人の心が動く瞬間をいかに創り出せるかということによって意味を持つものだと言えるだろう。



執筆:中村駿介

中村 駿介

2006年株式会社リクルート入社、以来一貫して人事関連の業務に従事。2019年に新たな人事のパラダイムを模索する実証実験組織「ヒトラボ」を立ち上げる。2020年に長崎県壱岐市に移住、地域活性化企業人として政策立案と実行、市役所の組織改革に取り組む。2023年3月、慶應義塾大学大学院・政策メディア研究科を修了、同年、北海道東川町との2拠点生活を始め、同自治体の政策アドバイザーを務める。合わせて、現在は壱岐市政策顧問、慶應義塾大学SFC研究所上席所員としても地方創生に関わっている。

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