<第1回>キャリアショックの時代

2024年10月07日

イントロダクション

私たちはキャリアショックの時代にいる。

近年、働く個人を取り巻く環境変化のスピードはますます速くなっている。予期せぬ異動や失職、仕事内容や必要なスキルの大幅な変化、事業からの撤退、所属組織の買収や合併、職場の上司や仲間の突然の退職、役職定年のルール変更など、働く個人を取り巻く環境変化のスピードは速く、予想もしていなかった衝撃的な変化に「直撃される」機会が増加している。このように個人のキャリアの過程で起こる予期せぬショッキングな出来事がその後のキャリアにもたらす影響について検討したのが、キャリアショック研究だ。

現代社会においてキャリアショックは、もはや限られた人に起こる特別な出来事ではなく、すべての人に起こり得る。そして、突然の変化によって、それまでに思い描いていたキャリア展望が失われてしまうと、個人は、大きな失望感・動揺・不安に見舞われることになる。ところが、これまでの研究によると、キャリアショックは一時的に大きな動揺をもたらすかもしれないが、乗り越え方によっては「あの時のあのショックがあったから今の自分がある」といったポジティブな影響をもたらす可能性を含んでいることが明らかになっている(Pak.,K他,2020)。

しかし、個人のキャリア形成に影響を与えるキャリアショックにはどのようなものがあるのか、キャリアショックをよい形で乗り越えるために必要な個人資源は何か、どのようなプロセスでショックからの回復に向かうのかなど、これまでのキャリアショック研究で明らかになっていないことは多い。

そこで、本コラムでは、キャリアショックについてこれまでに明らかにされてきた理論について、事例や定量調査の結果、インタビューデータを用いて紹介する。そうすることで、「キャリアショック」という事象をより具体的なものとし、キャリアショックを経験したとしても恐れることなく、未来のキャリアにつなげていくためのヒントを得たいと考える。

第1回の本稿では、アムステルダム自由大学経営学部教授でキャリアショックについての研究を進めるJos Akkermansが筆頭著者となり2018年に発表された論文、“Tales of the unexpected: Integrating career shocks in the contemporary careers literature“を参考文献としつつ、キャリアショックの定義について丁寧に確認した後、日本では具体的にどのようなキャリアショックが起こっているのか、データから明らかにする。

なぜキャリアショックに着目するのか

キャリアショックは悪いことだけを引き起こすのではない。キャリアショックが起こると、そのショックによって自分のキャリアについて真剣に向き合うようになることや深い内省を促進することがこれまでの研究から示されている。さらに、キャリアショックは、こうした短期的な影響だけではなく、中長期的なキャリア形成への影響が見られることも明らかになっている。

実際に、50歳以上の調査対象者に対して行われたインタビューの結果、キャリアショックが個人の考え方に作用して、仕事への適合感が変化し、そのことが仕事を継続する能力、意欲、機会に影響することが明らかにされてきた(Pak.,K他,2020)。

ワークス研究所においても仮説生成のために、2021年から2024年にかけて50代後半の男性に対して予備的なインタビューを行なった。インタビューでは個人のキャリアについて考えるようになった大きな転機について尋ねているが、「制度が変わり、雇用延長はないと言われた」「健康診断の結果で極めて重篤な症状を告げられた」「今の部署で上がっていくと思っていたのに急に別の部署への異動を打診された」「退職しようと思っていたのに別の役割を任された」など、その後のキャリア形成を考えるきっかけとなる経験が突然訪れた人が多い。

そしてキャリアショックをきっかけとして、自分のこれまでのキャリアについて振り返り、次の生き方を考えるための基軸を見いだしているケースも多く見られたのだ。これらのケースでは、当時はショックだったけれどもキャリアショックがきっかけで次のキャリアを真剣に考えるようになり、その後、本当にやりたかったことを実現している人もいれば、長期にわたりショックの中に居続ける人もいた。なぜこうした違いがあるのか、ショックの内容やショックの捉え方、回復に至るプロセスについて解明していく必要があると考える。

キャリアショックの定義

Akkermansら(2018)は、キャリアショックを以下のように定義している。

キャリアショックとは、
少なくともある程度は本人のコントロールの及ばない要因によって引き起こされ、自らのキャリアについて慎重に考えなおすきっかけとなる、破壊的で非日常的な出来事。キャリアショックの発生は予測可能性において様々であり、ポジティブな価値づけをされることもあればネガティブな価値づけをされることもある。

ただし、キャリアショックと一口に言ってもその内容は様々だ。このことについてAkkermansらは、キャリアショックは、出来事の頻度、予測可能性、制御可能性、動揺の大きさ、原因の所在などで分類されるショックの種類によってキャリアの転機に与える影響の違いがあるとしている。いったいどのような経験が、その後のキャリアに大きな影響を与えるのだろうか。次に実際のデータから、キャリアに影響を与える経験を見てみよう。

「その後のキャリア」に影響する経験

調査ではまず、社会人になってからの経験として以下のような経験があるかどうかを尋ねた。項目の作成にあたっては、事前に予備調査を行い、多くの調査対象者から出された社会人になってから経験した内容を項目化した。調査は総務省統計局「労働力調査」を基に割付けした全国の15歳から64歳の働いている個人1万1,839名に対して行われた。

図表1 社会人になってから経験したこと
図表1 社会人になってから経験したこと

このうち、「予測可能性」が低く、自分でコントロールが難しいことを意味する「制御可能性」が低く、「動揺が大きい」と一般に思われる職場での出来事としては、「仕事で失敗・挫折した」が67.2%、「会社が吸収・合併され経営陣が変わった」は17.7%、「リストラ(退職勧奨・解雇)にあった」は13.9%、「勤め先の会社が倒産した」は11.6%が「はい」と回答しており、これらの出来事も限られた人に起こる特別な出来事ではもはやないことがわかる。

次に、図表1のうち、「仕事をする上で、考え方や行動が変化するきっかけ」となった経験をすべて選択してもらった。その結果が図表2だ。

図表2 これまで経験した中で、仕事をする上での転機(考え方や行動が変化するきっかけ)
となったこと
図表2 これまで経験した中で、仕事をする上での転機(考え方や行動が変化するきっかけ)となったこと

ここに挙げられた以外に尋ねた自由記述の中には、「家族の介護」「配偶者との死別」「上司の不正」「震災」「パワハラ・セクハラ」などが記された。

図表2は、経験した人のうちそれが、「転機となった」と回答している比率が高いものから順に並べたものだ。「子供ができた」は経験した人が回答者中6,018人で、そのうち、43.1%が「転機となった」と回答している。転機となった経験に着目すると、「子どもができた」「離婚した」「結婚した」という家庭環境の変化が上位に並んでおり、考え方や行動が変化するきっかけとして捉えられていることがわかる。仕事に関することでは「リストラ(退職勧奨・解雇)にあった」が、転機として認識されている比率は最も高く、次いで、転職経験が続く。リストラは予測が難しく、自身がそれをマネジメントすることが難しいことから、ある種のショックとしてその後のキャリアにも大きな影響を与えている可能性が考えられる。

第2回では、この調査の分析結果から、こうした転機がいつ頃起こったのか、キャリアショックが何をもたらしたのか、引き続き見ていこう。

調査:『働く喜び調査』2014年12月11日~12月17日 インターネットモニター調査。
全国の15歳~64歳の就業者を母集団とし、性×年代(10歳刻み)×就業形態(3区分)×居住エリア(4エリア)で総務省統計局「労働力調査」を参照し、母集団構成にあうように回収した。


参考文献:
Akkermans, J., Seibert, S. E., & Mol, S. T. (2018). Tales of the unexpected: Integrating career shocks in the contemporary careers literature. SA Journal of Industrial Psychology, 44(1), 1-10.
北村雅昭(2022). 『持続可能なキャリアー不確実性の時代を生き抜くヒント』、大学教育出版.
Pak, K., Kooij, D., De Lange, A. H., Meyers, M. C., & van Veldhoven, M. (2020). Unravelling the process between career shock and career (un) sustainability: exploring the role of perceived human resource management. Career Development International, 26(4), 514-539.

辰巳 哲子

研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)