全国就業実態パネル調査(JPSED)「日本の働き方を考える」 女性の転職と収入変化―専門・技術職の転職でも収入は下がるのか? 山口泰史

女性は転職すると収入が下がる傾向にあるとされる。実際、転職後の年収推移を分析したリクルートワークス研究所(2023)では、転職直後に年収が下がり、かつ「仮に転職しなかった場合」と比べて、その後年収が上昇していない様子が確認できる。このような現象が生じる背景の1つとして、女性においては、子育てをはじめとする家庭の事情で転職を選択し、その結果として労働時間が短くなるケースが一定数存在することが挙げられる。加えて、労働時間を短くしようとしてそれまでの業務経験を活かせない仕事に転職せざるを得ず、それによってそれまでの仕事で積み上げてきた評価がリセットされた状態で働かねばならないことも多いと考えられる。

もっとも、だからといって、収入を考えると女性にとって転職はマイナスだ、と結論づけてしまうのは早計である。総体収入としての年収は下がるとしても、労働時間を短縮しながら一定の収入を得て働くことが可能であれば、収入を考えたうえでも良い転職だったとみることもできるだろう(1)。特に、専門性や高度な技術を必要とするような仕事に就いていた人は、その専門性・技術や職務経験を活かして、働きぶりはそれまで通り(ないしはそれ以上に)評価されつつ、労働時間は短くする、というような転職を実現できているかもしれない。それを踏まえると、転職が収入に与える影響を正しく把握して検討するには、1時間当たりの収入(いわゆる時給)に換算してみていく必要がある。そこで、本コラムでは、女性転職者全体と比較する形で、専門・技術職女性の転職とそれに伴う収入変化を確認する。なお、以降でみていく専門・技術職には、医者や教師、看護師のような特定の国家資格を要求される職業だけでなく、かならずしも資格が必要でない設計技術者やプログラマー、ライターなども含まれる(※2)。

1時間当たりの収入で比較する前に、まずは「年収」での結果をみておこう。図1の左が女性転職者全体の結果で、右が専門・技術職からの転職者に限定した場合の結果である。ともに、正社員からの転職に絞っているが正社員以外への転職も含めている。また、転職前とは異なる職種への転職も含んでいる。つまり、たとえば専門・技術職から事務職や営業職に転職したケースなども含まれる。それぞれのグラフには、統計的手法を用いて推定した「仮に転職しなかった場合」と20代、30代、40代転職者の年収の推移を示した。これをみると、女性全体だけでなく、専門・技術職からの転職者でも、転職する年代にかかわらず転職で年収が下がっている様子がうかがえる。専門・技術職では、仮に転職しなかった場合の年収が年齢とともに上昇する傾向にあることもあって、転職後の下降幅は女性全体と比べてより大きい。

図1 女性転職者の年収(推定値)の推移 (※クリックで拡大します)

図1 女性転職者の年収(推定値)の推移注1:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」の2015~2022年の各調査回答者かつ、前職正社員であり転職後1年以上経過した20~59歳の女性を分析対象とした。
注2:仮に転職しなかった場合の年収推移は、「前職年収(対数値)」を被説明変数とした最小二乗法の推定結果を基に算出。制御変数は「退職時年齢、退職理由、前職業種、前職企業規模、転職回数、学歴、中学3年時成績、調査実施年」である。
注3:転職後の年収推移は、転職時の年代ごとに対象を絞り、「現職年収(対数値)」を被説明変数とした最小二乗法の推定結果を基に算出。制御変数は「退職時年齢、退職理由、現職経験年数、前職業種、前職企業規模、転職回数、学歴、中学3年時成績、調査実施年」である。

では、1時間当たりの収入でみてみるとどうだろうか。図2には、図1と同じ方法で「1時間当たり収入」の推移を示した。この図からは、年収でみたときの結果と大きく違うことがはっきりと読みとれる。まず、女性全体でみても、専門・技術職でも、転職者の収入推移は、仮に転職しなかった場合と比べて遜色がない。本コラムの本筋からは外れるが、女性全体でみてもこの結果が得られたことは強調しておきたい。これに加えて、専門・技術職では、年齢に合わせて上昇している様子がみられる。もちろん、転職時期などによって多少の違いはあるが、仮に労働時間が同じだとすると、転職しなかった場合と同等の金額をもらいながら働くことができていることになる。また、その金額は年齢に応じて(つまり、経験年数や技術の蓄積に伴って)、転職しなかった場合と同等かそれ以上に上がっていくという傾向が、専門・技術職からの転職者で明確に確認できる。

図2 女性転職者の1時間当たり収入(推定値)の推移(※クリックで拡大します)
図2 女性転職者の1時間当たり収入(推定値)の推移

注:分析対象は図1と同じ。推定方法も図1と同様であり、被説明変数として、年収を年間労働時間(週当たり労働時間×52で算出)で割った「1時間当たり収入」を年収の代わりに用いている。

今回の分析では、専門・技術職という類型を対象にしているが、先に述べたように、これは特定の資格が必要な仕事だけを指すわけではない。資格があればもちろんだが、資格が無くても技術を活かして働いていれば、時間の融通を利かせるために転職する必要が出てきても、1時間当たり収入として表れる、働きぶりへの評価は維持したまま転職しやすい。また、その後も経験を積んで技能を高めて評価をいっそう上げていくことが可能だということを示す結果だといえるだろう。

※1 家庭の事情で労働時間を短縮せねばならないこと、そしてそれが女性に偏っていることこそが問題だという反論もあり得る。たとえば、2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディンは、女性が家庭の事情で労働時間を短縮せざるを得ないことが男女賃金格差の背景にあるとしてその変革可能性を論じている(ゴールディン 2023)。
※2 ここでいう専門・技術職に含まれる職業の詳細については、JPSED調査票を参照していただきたい(2022年の状況を尋ねた調査であれば、次のリンクのQ32である。https://www.works-i.com/research/works-report/item/jpsed_tyousahyou2023.pdf)。

参考文献
クラウディア・ゴールディン(2023)『なぜ男女の賃金に格差があるのか―女性の生き方の経済学』慶應義塾大学出版会.
萩原牧子・照山博司(2016)「転職が賃金に与える短期的・長期的効果―転職年齢と転職理由に着目して―」リクルートワークス研究所Works Discussion Paper Series, No.16.
リクルートワークス研究所(2023)『なぜ転職したいのに転職しないのか―転職の“都市伝説”を検証する―

山口泰史(研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。